第3話 『クレオメ』

高校2年7月末


「いってきまーす!」


「いってきます」


「はい、いってらっしゃい」


母さんに見送られながら僕と綾音は登校のため家を出た。


「あっついー、あついよーお兄ちゃんー」


「夏だからね、朝とはいえ確かに暑いね」


「夏かぁ、夏といえばもうすぐ夏休みだ!」


「その前に期末テストがあるけどね」


「うぅ、嫌なこと思い出させるなぁ。そういうお兄ちゃんはどうなの?」


「僕?僕は最近放課後に学校で勉強してるからね。自信はないけどいつもよりは点数取れるって確信はあるよ」


「自信はないのに確信はあるの?へーんなの」


他愛のない会話を歩みと共に進める。


「…。…………。で、ところでおにいちゃん。パパとはいつまで喧嘩してるの?居心地悪くてかなわないよ」


父親と将来の夢で揉めて2ヶ月、未だに和解せず我が家は冷戦状態となっている。


「あはは、ごめんね。何度が話し合ってみてるんだけどなかなか父さんが首を縦に振ってくれなくてね。僕としてもなんとか許しが欲しいから折れるわけにもいないしね」


そう。2ヶ月の間何度か話し合ってみたが、互いに互いの主張を譲らないのだ。


蛙の子は蛙


親も頑固であれば子も頑固。


まったく、嫌なところは似たものだ。


「いい加減仲直りしてよねー。おにいちゃんがパパに顔会わせたくないからっていつもより早起きしてるせいで私も早起きしなくちゃいけなくて大変なんだから。これ以上喧嘩するようなら期末テストの成績、ぜんぶおにいちゃんとパパのせいにするからね!」


「綾音…それとこれは」


関係ないんじゃあないか?


そう言おうと思ったが綾音は完全に聞く耳を持たない姿勢になった。


こうなった綾音に逆らえた記憶がない。


困ったものだと僕は苦笑するしかなかった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「ね〜ね〜、華〜。今日一緒に帰ろ〜」


「ごめんねー私今日も用事があって一緒に帰れないの」


一通り期末テスト前最後の授業を終え、帰りのホームルームをした後、クラスメイトの女子が高嶺さんを帰路に誘っている様子が見受けられた。


「え〜、華ここ最近ずっと用事あるね〜。一緒に帰れなくて寂しいよ〜」


「あはは期末テスト前だからね、先生とかに色々頼まれちゃって」


「う〜ん、それなら私も手伝おうか〜〜?」


「いいや、いいのよ。そんなに大変な仕事じゃないし。奏美(かなみ)もテスト勉強大変なんじゃないの?」


「あぁ〜、そうだった〜〜。私早く帰って勉強しなきゃ〜〜。バイバ〜イ、華〜」


「うんバイバイ、奏美」


小岩井 奏美(こいわい かなみ)


いつも気だるげでマイペースなクラスメイトの女子だ。


高嶺さんと一番仲が良く、よく一緒にいる姿が見られる。


「バイバイ!華!」


「華ちゃん、またね!」


「うん、また明日ー」


次から次へと彼女へ別れの挨拶をするクラスメイトたちに対応する高嶺さん。


人望の高さが目に見える。


そんな光景を見ていると太一が席を立ち、僕に別れの挨拶をしてきた。


「ほんじゃ、明日がんばろうな遍」


僕に別れの挨拶をしてくれるのはせいぜい太一くらいだが、僕にはそれで十分だった。


「あぁ、また明日」


いつもは期末テスト前で図書委員の活動もなくなると帰路に誘ってくれる太一と共に帰るのだが、僕が一度「今回のテストでは点数取れないとまずくて放課後勉強している。太一もどうだ?」という旨の話を伝えたら太一はあからさまに嫌な顔して、それ以来僕を帰路に誘ってこないのだ。


そしてクラスメイト達が1人を除いて全員教室を後にした。


「ふぅ、さ・て・と。じゃあ今日も始めよっか、不知火くん」


「よろしくお願いいたします、先生」


そして今日も帰路につかなかったクラスメイト、高嶺 華との放課後の個人授業が始まった。


「明日から期末テストだからねー、大方不知火くんもできるようになってきてるし今日は確認テストだけで十分だと思うの」


「確認テスト?」


「んふふー、じゃん!高嶺 華特製テスト!」


彼女は嬉々として僕によくできた印刷物を渡してきた。


「…もしかしてこれ高嶺さんが作ったの?」


「そうだよー。あっ、誤字脱字があったらごめんね?」


「えっ、いやそれはいいんだけども…」


ここまで甲斐甲斐しく世話をされると逆に不安になってくる。


なにか裏があるんじゃないかと。


「これすごく手間がかかったんじゃあないのかい?」


「ううん、別にパソコンでちょちょっと作っただけだよ」


ちょちょっとでこんなによくできたものが作れるのか?


「なんだか申し訳なさすら感じてきたよ、僕のためにわざわざ…」


「いやいやほんとに簡単に作っただけだから気にしなくていいんだよ?」


「本当にありがとう、高嶺さん。このプリント無駄にしないようしっかり解かせてもらうよ」


「えぇ、どういたしまして」


そして確認テストプリントを受け取った僕は発言通り、無駄にしないよう感謝の気持ちと僅かな罪悪感を胸に問題を解いてゆくことにした。




書いては止め、悩み、書いては止め、悩む。




その繰り返しを十と数回繰り返した後、僕は胸にある小さな罪悪感のもとを取り除いてみることにした。


「高嶺さん。本当にごめんね」


「ん?」


「今日高嶺さんが小岩井さんに帰路に誘う様子が見えたんだけど高嶺さんの人付き合いっていうのかな、そういうのを僕は邪魔をしているんじゃないかって思ってね」


「えぇー!全然そんなこと思わなくていいのに。私がやりたいからやってるの。不知火くんは罪悪感なんて感じなくていいの」


「うーん、そうかい?あの様子だと僕に勉強を教えるようになってから何度も断ってる様子に見受けられたけど…」


「本当に気にしなくていいのよ。奏美も分かってくれるわ」


そういって彼女は僕に柔らかく微笑んできた。


「…高嶺さんは」


「ん?」


「高嶺さんはどうしてここまで僕に尽くしてくれるんだい?」


胸の奥で燻っていた疑問。


「どうしてって、不知火くん。私に素敵な物語をみせてくれたじゃない」


なんの躊躇もなく、歯痒い言葉をこの少女を言ってのける。


「…す、素敵かどうかは置いといて。逆に言ってしまえばそれだけだ、僕のやってあげれたこと」


「私だって勉強教えてるだけよ」


「労力が違うよ」


「労力で言ったら、小説書くほうが大変よ?」


「僕は好きでやってるから大変に感じてないさ」


「私も好きでやってるから大変に感じてないよ」


「僕に勉強を教えることがかい?」


「ええ、不知火くんに教えることが」


ーーーーーかなわない。


素直に僕はそう思った僕は


「…優しいんだね。高嶺さん」


こんな陳腐な台詞しか言い返せなかった。


すると彼女はガタッと音を立て


「私、お手洗いにいってくるね」


無理矢理に話を中断するようにその席を離れた。


「…。なにかまずいこといったかな」


ここ数日放課後に彼女から勉強を教わり、わずかながらも高嶺 華という人が分かってきた気もしていたが、その一握りの自信を崩すには十分な行動だった。



僕はひょっとして鈍いのかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。


卑屈になっていてもしょうがない。


彼女から貰ったプリントの解答を進めることにした。


それから最後の問題までは順調に解いていったが、その最後の問題が文字通り「問題」となっていた。



『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』



「…、…、…は?」



一体なんなんであろうかこの問題は。


突拍子もない質問が目の前に飛んできたものだから僕は何度もプリントが間違ってないか確認した。


自分の眼がおかしくなったんじゃないかとも思ったがそこには確かに



『問24 あなたは高嶺 華に対してどのような印象もしくは高嶺 華がどういう人間だと思うか。答えよ』



と記載されていた。


ーーーーー頭を抱える。


「これは一体なんの質問なんだ高嶺さん」


今まで勉強してきたことは忘れるような、そんな質問をそれでも僕は答えようと結局プリントの解答欄に手を伸ばした。


ここまで勉強を見てもらい尚且つ、せっかくプリントを作って貰った身分である自分が問題を無視する立場にないと思ったのと、高嶺さんがお手洗いで離席中の今が書きやすいのではと思ったからだ


「高嶺さんの印象か…」


ーーーーーー『容姿端麗、天真爛漫、才色兼備』


真っ先に思いついたのは、この学校の生徒10人に聞いたら10人が答えるような印象だった。


思いついたそれを回答しようと思ったが、筆をつけた時点で手が止まる。


このままこれを答えたらまるで僕が彼女を口説いているようにならないか?


実際のところそんな風には捉えられることなぞないのだろうが、一度よぎった思案はなかなか拭えない


やめよう、別のことを書こう


そう考えもう一度筆を紙につける。


そして止まった。


僕は一体彼女のことをどう思っているんだろう。


「…悩んでるね」


「うわっ!」


すっかり思考に耽っていたので彼女が僕の方から解答を覗き込んでいることに気がつかなかった。


「驚かさないでよ高嶺さん」


クスクスと彼女は笑う。


「不知火くんが勝手に驚いただけでしょ?」


少なくとも驚いたのは僕だけのせいじゃないと断言できる


そういえば…


僕は何度か彼女に驚かされてきた。


はじめの頃は心配する素振りなんてしてたが今ではこうやって僕を笑う始末


ああ、そうか僕は『才色兼備』なんて誰でも答えられる答えじゃなくて僕にしか答えれない答えを求めていたのかもしれない。


そう思うと自然に筆が動いていた。


筆を置くと彼女はプリントを僕から取り上げて読み上げた。


「『悪戯好き』…?」


「うん。だって高嶺さん、驚いた僕を見て笑ってたでしょ」


「うん、でも『悪戯好き』ってなんだか子供っぽくない?」


「子供っぽいってのは思ってないさ。でも高嶺さん誰かを驚かせるのが好きなのかなって。今の僕の高嶺さんへの印象」


「悪戯好き…、…へぇそっかぁ、…ふぅん」


彼女は唇に手を当て興味深そうに目を細めた。


「…やっぱり、不知火くんは面白いや」


「え?」


「予想の斜め上の回答をしてきたものだからそう思っちゃった。…ところで問題全部解けた?」


「あ…、うん」


「よし採点してあげるね」


そう言って彼女はおもむろに採点を始めた。


僕が面白い?


まぁ確かに人間予想の斜め上のことをされると面白く感じるかもしれない、それはいい。


やっぱり面白い?


やっぱりってことは僕のこと前々から面白がっていたのか?


……分からない


「うん!全問正解!これなら明日のテストは大丈夫だよっ」


彼女のその綺麗な指先からプリントは返された。


「あのね、不知火くんに謝らないといけないことがあるの」


「?」


なんだろうか


「わたし実はこの後、その…告白の呼び出しがあってね、……行かなきゃいけないの」


「なんだ、そんなことか」


胸がざわつく


「行ってきなよ、僕ならもう大丈夫だよ。明日のテストは高嶺さんの期待に応えてみせるよ」


「ほ、ほんと?ごめんね…」


「高嶺さんは悪くないよ、ほら待ってる人がいるんでしょ?早く行かなきゃ」


この胸のざわめきの原因も正体も知ってる。


だからにも雑にも感じられるような送り方をしてしまった。


「じゃあ、明日。がんばろうね不知火くん」


「うん、ありがとう」


彼女は僕を背に教室を出て行った。





…が、またひょっこり顔だけ教室に戻ってきた。


「不知火くん!私っ、別に誰かに悪戯するのが好きなんじゃなくて不知火くんのびっくりする姿が好きなだけだから」


「へ?」


「またね!」


……開いた窓と扉の間を、蝉の音と湿った夏風が通り過ぎて行く


胸のざわめきはもう消え、今では踊り出しそうなくらい高鳴っている。


この高鳴りの正体と原因も知っている。


こんなにも簡単に彼女は僕の心をかき乱せる。


頭を抱える。


「……苦手だ」


特に何かをするわけでもなく、僕は机に突っ伏した。


あとで気づいたことだが、問24にはマルでもバツでもなく三角がつけられていた。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


教室に忘れ物がないか確認し、扉を施錠した。


僕のクラスというか、僕の学校は生徒一人一人に係が与えられる。


そんな僕は『施錠係』になっている。


放課後に教室で執筆したい僕にとってはうってつけの係であったし、クラスメイトが全員帰らないと帰れない『施錠係』をやりたいと思う人もおらず、なんの競争もなくこの係を取れたことも大きかった。


「失礼します。2年B組、不知火 遍です。教室の鍵を返しにきました」


職員室の扉を開け、いつものように鍵を返しにきた時、そこには担任の教師 太田(おおた)先生がいた。


「おう不知火、お疲れ様。こんな時間まで残って勉強か?」


「はい」


「そうか、精がでてるな。おまえ入学してから成績が右肩下がりだったから少し心配してたんだぞ」


「あはは…、今回はなんとか負の連鎖が打ち切れると思ってます……」


「そうか、なら期待して待ってる。ほら明日はテストなんだから早く帰りなさい」


「はい、失礼しました」


職員室を後にし、廊下を歩き、昇降口に着き、靴を履き替え、学校を出て、校門を抜ける。


その間に巡る思考は一つ。


彼女の言い残した言葉の真意だけだった。


だがいくら逡巡しても答えなんてものは見つからない。


「さっさと答え合わせしてくれよ……」


明日から期末テスト。


そんな答えの出ないものをいくら考えても時間の無駄だし、そもそも考えるべき時間じゃないというのは分かっている。


分かっているが…


「駄目だ、頭から離れない」


誰かに聞いてみるか?


誰に?


父さんは喧嘩してるから聞けないな。とすると義母さんか綾音か


…そういえば綾音は好きな人あるいは彼氏はいるんだろうか


そこら辺も含めて綾音に聞いてみようか


その結論に至った時には自宅の前までたどり着いていた。


「ただいまぁ」


ーーーーガタッ


「ん?」


僕の部屋の方からなにか大きな物音が聞こえた。


綾音がなにか物でも落としたのか


そのまま自室へ向かい、扉を開ける


ガチャ


「ただいま」


「お、おかえり…お兄ちゃん。は、早かったね…」


「ん?あぁ確かにいつもよりかは早いかもね。…なにしてたんだい?」


「へ?あ、あたし?あたしはーそのー、なにもやっていないというか、なんというかー」


「綾音、顔赤いよ。夏風邪かい?」


綾音の頬はこれ以上ないくらい紅潮しており、少しばかりの汗をかいていた。


「う、ううん大丈夫だよお兄ちゃん。あたしは別に風邪ひいてないし熱もないよ」


「うーん、それならいいんだけど」


本人が大丈夫と言っているとはいえ、無理している可能性も無視できない。


綾音に相談するのはまた後にしよう


「じゃあ綾音、僕着替えたいから出て貰ってもいいかい?」


「うん。はい。分かった。自分の部屋に戻るね」


いつもと様子の違う綾音は、わざとらしく僕に視線を合わせず部屋を後にした。


「…やっぱり体調悪いのかな?」


我が義妹の心配をしつつも手短かに部屋着に着替えた僕はリビングへと向かった。


「あら、おかえりなさい。遍くん」


「ただいま義母さん」


リビングには洗濯物をたたむ義母の姿があった。


「手伝うよ」


「あら、助かるわ」


洗濯物を畳んでゆく


なにか作業をしているとゆっくりと思考ができる。


そういえば義母さんの恋愛経験ってどうなんだろう。


というか前の旦那さんってどんな人だったんだ?


もう家族になってから10年経つが今まで一度も聞いたことなかった事実がふと気になってしまった。


それもこれも全部、一人の少女のせい


「ねぇ、義母さん」


「ん?」


「義母さんって今までどんな恋愛をしてきたの?」


普段活字にしか興味のない息子から突飛な質問が投げられたのが面白かったのか、目を見開いた後に義母は優しく微笑んだ。


「恋愛話?遍くんって結構堅い子だからまだ女の子に興味ないかと思ってたなぁ、ふふ。そっかぁそんな年頃かぁ」


どうやら突拍子のない質問で全てを察した様子だ。


「んーそうね。遍くんの期待に応えられそうな話は1つくらいしかないわよ?」


「それって前の旦那さん?」


「ええ」


そう言うと彼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。


「前の夫に出会ったのはもう今から30年近く前になるかしらね。中学生の頃よ、出会いはねーーーーーー」


そこから語られたのは僕の小説なんかよりよっぽど酸っぱい物語だった。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「ーーーーでね、いよいよプロポーズされたわけなの。もちろん私は受け入れたわ。そこからは両家の両親に挨拶して、結婚式開いて、結婚して、そして綾音が生まれたの」


物語はいよいよ、僕の義妹の誕生まで語られた。


しかし僅かに義母の顔に影が刺さった。


「…だけどね。綾音が生まれた年と同じに年に夫が癌て宣告されたの。余命3年って」


初めて知る義母の元旦那の末路。


「最初はこの残酷な運命にこれでもかというくらい神様を恨んだわ。でも彼は少しでも綾音といたいって運命に必死に抗おうとしてたの。その姿を見て私も恨む暇があるなら支えてあげようって、そう思ったの」


でも、と義母は続けた。


「必死の抵抗も虚しく余命宣告通り、綾音が3歳になった時に彼はそっと息を引き取ったわ。綾音はまだ幼かったから人が亡くなるってことがわからなかったみたい。私もその当時は悲しみに暮れなかったわ。覚悟はしていたしそれよりも綾音の将来の方が心配だったからね。亡くなった彼にも綾音を頼む言われたしね」


義母と家族になってから10年目にしてようやく知った真実がそこにはあった。


「彼が亡くなってからしばらくは遺産なんかでやりくりしていたわ。でもお金なんかより綾音に父親がいないことを憂いたわ。なんとかしてあげたいって思って過ごしてた中、元旦那の両親から紹介したいひとがいるって聞いてそこで遍くん、あなたの父親と出会ったのよ」


とうとう彼女の悲しい物語から僕たちが登場のようだ。


まさか元旦那の両親と父さんが知り合いだったとは驚いた。


すると影を指していた義母はふふと微笑んだ。


「おかしな人だったわ。私と出会って開口一番「息子に母親が必要だ。結婚してくれ」って。いきなりそんなこと言われても私も困るから「いきなりは無理ですのでまずはお付き合いしてみましょう」ってそういったの」


「いきなりお付き合い?断ろうとは考えなかったの?」


「んー、自分の子供に親が必要ってのは共感できたし元旦那の両親からの紹介だし無下にはできなかったわ。とはいってもね、知らない人にいきなり大事な娘を預けるわけにもいかないわ。それでしばらくお付き合いすることにしたの、信用に足る人なのかどうなのか」


「そうか、じゃあそれで…」


「そうよ。お付き合いをしばらく重ねて剛さんの人となりも分かってね。堅い人だけどその分真面目な人なんだって。この人なら娘を預けられるってそう思ったのよ。遍くんもそういうところは剛さんにすごく似ているわね、ふふ」


「はは、自覚してるよ…」


「それで剛さんと結婚したわけなんだけども、これで綾音に父親ができたって安心した途端ね…。涙が溢れてきたの。前の旦那が亡くなった悲しみが押し寄せてきてね。なんていうのかな、再婚してやっと悲しむ余裕ができたって感じかしら」


「義母さん…」


「でもひと通り泣いたらすっきりしたわ。2児の母親にならないといけなかったし、強く生きようって決心したわ。でもねぇ、血の繋がらない息子って思ってたより大変だったのよ。平等に愛そうと思っても無意識のうちに愛が偏っちゃって。たぶん遍くんなんかそういうのに気づいたのかあの頃は随分距離を置かれたものだわ」


そう言われて僕は初めて気づいた。


僕の距離を置いた態度は義母を傷つけていたのだ、と。


「だけど綾音は私の思ってた以上にお兄ちゃんができたのが嬉しかったのかな、すごく遍くんに懐いちゃって。私も少し嫉妬したわ、ふふ。なんだか仲のいい二人を見てたら本当の兄弟なんじゃないかって思っちゃって、なさけながらそれが遍くんを本当の息子と思えるきっかけになったの。剛さんも同じじゃないかしら」


「…義母さんって大変な人生だったんだね」


「あらそうよ。大変じゃない人なんていないわ。遍くんも剛さんを説得するのに苦労しているんじゃないの?」


「う、それは…」


「でもそれを乗り越えられないようじゃやっていけない職業だと私は思うから頑張って説得しなさい、応援してるわ。ってこんな話をしたいわけじゃなかったんだわよね。遍くん、恋の悩みでもあるんでしょう?」


「…恋かどうかわかんないんだけど、相談したいことがあるんだ」


「言ってみなさい」


幼い頃から見てきた義母の優しい笑みにつられるように僕は頭を悩ませてる一人の少女

について語った。


ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー


「………。なんだ遍くん自分で分かってるじゃない、それは恋よ」


自分ではそうであって欲しくなく目をそらし続けた事実を義母をあっさり言葉にしてしまった。


「い、いや確かに彼女に自分の小説を褒められたりすると嬉しいけども、それと同時に彼女に苦手意識があるんだ」


「苦手意識と恋心、それは決して矛盾しないわ。だって遍くん、その娘の前でボロ出さないように緊張しているのよ。…それで、どんな娘なの?」


「…その、分かりやすく言うと学園のマドンナってやつかな…」


「あら意外に遍くんって面食いなのかしら?」


「い、いやそんなつもりじゃ…」


「あらあらいつも大人しい遍くんが狼狽えちゃって。でも話を聞いた限りでは彼女もなにかしらの好意をあなたに抱いてるからもしかしたら可能性はあるんじゃないかしら」


「なにかしらの好意…」


『不知火くんのびっくりする姿が好きなだけだから』


脳裏で繰り返されるあの台詞


「これを機に遍くんに彼女できるといいんだけどね。綾音のためにもね」


「ん?どうして綾音がでてくるの?」


「どうしてってあの娘、年頃だっていうのに未だに遍くんにべったりじゃない。兄妹仲良いことには越したことはないと思うのだけれど綾音くらいの歳で兄にべったりってのも考えものだと思うわ。少しくらい反発する方が年頃的には正常よ」


「そう…かな」


「まぁわざわざ遍くんから突き放すこともしなくてもいいけど、彼女でもできて少しは兄離れできたらいいなってそう思ったのよ」


さて、と言って義母は立ち上がった。


「だいぶ長話したわね。そろそろ夕飯の支度するわ。遍くんも明日テストでしょ?夢を追うのも恋をするのもいいけど勉強もしないとダメよ?」


「あっ…」


期末テストのことすっかり忘れてた。


「夕飯できたら呼ぶからそれまで勉強してらっしゃい」


「分かったよ。ありがとう義母さん、話せて良かった」


「どういたしまして」


恋。


僕は彼女にまだ惚れているんだろうかーーーー


いやまた否定しようとしている自分がいる。


認めろ


彼女に惚れていることくらいはいいんじゃないのか


ーーーーーでも………。


こんな思考を繰り返し、この後の勉強に身が入らなかったのは言うまでもないことだった。

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