たんぺん

沙魚川

あの時

 鐘が鳴る。

 鳥たちが飛び立つ 。

 私は歩みを進める。



 足を一歩踏み出す度にしゃらしゃらと鎖は音を立てる。

 石畳の街道を歩く足取りはおぼつかない。

 もたもたしていると首の鎖を引っ張られるからいつも通り堂々と歩いているように装って、気付かれてはダメ。


 大衆は私に釘付けだ。眼には怒りが籠っている。

 私のことなど知りもしないのに、ほっといてくれれば良かったのに。

 そうしてほしくてずっと森の奥に隠れて暮らしていた。



 私が悪い魔女と噂されたのは数年前、迷子の少年を匿ったのが運の付き。数年後、街人たちが怒りと恐怖を帯びた目で私を捕らえに来た。

 私が匿った彼は少年から青年に成長し、街人たちに紛れ私の元に再び姿を現した。憂いを帯びた瞳で、私が教えた魔法も知恵も全てを持って捕らえに来た。


 断頭台が近づいている。ギロチンで楽に死ねるなんて、あの子の采配かしら?

 鈍い斧じゃなくってよかった。


 母さんは鈍く錆び付いた斧で何度も打たれ、結局死にきれなくて苦しんでたっけ。


 嗚呼、終わりが近づいている。空はこんなに青くて、澄み渡って、綺麗なのに。大衆は絶えず私に罵声を吐いている。


 何がいけなかったのかしら。

 ただ、困っている者に手を差しのべただけなのに。純粋で穢れない真っ直ぐな瞳に生き抜く知恵を授けただけなのに。


 最後の鐘が鳴る。

 終わりを告げる最後の鐘が。


 ねえ、あの時彼を殺せば良かったの?


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