バトルシンデレラ

日生佳

プロローグ

彼女はその手に剣を取る

 王都と国境のちょうど中間に、なだらかな描線をゆるゆるとえがく丘陵地帯がある。


 小高い丘から見下ろすと、そこはまるで緑の絨毯を敷き詰めた箱庭に見えた。その真ん中辺りに、ぽつぽつとまるでドールハウスのように小さな家が集まった、集落がある。

 住民は僅かに百人もいない。小さな村だった。のんびりと羊を追ったり、麦を育てたりして暮らしている。どこにでもあるような田舎の、どこにでもあるような村だ。


 ただひとつ、どこにでもない、のは、この村の自警団では他の地では中々見られない光景が常日頃から繰り返されている、ということだ。


「右が甘い!」


 キィン、という鋭い音が宙空へ響き渡った。研ぎ澄まされた鉄と鉄との、ぶつかり合う音だ。


「利き手側は対処がし難いだろうけど、それなら盾を使ってみて。このままじゃやられるよ! 次!!」


 よく通る高い声が、厳しい口調で檄を飛ばしている。おおっ、とそれに応える太い声が、いくつもそれに重なった。


「胴体がガラ空き! 振りかぶりが大きい、動きは最小限に!」


 キィン、キィン、と金属音が重なる。鉄の弾かれるその音は、どこまでも澄んでいて、どこか楽器の音色のようにも聞こえる。踏み固められた練兵場の地面を、質素な布靴の爪先で軽やかに蹴り上げながら、一人の少女が迫り来る男たちを蹴散らしていた。


 姿だけを見るなら、それは、どこにでも居そうな少女だった。

 足首までのスカートに、重ね合わせた薄桃色のコット。動く度、裾がひらひらとひるがえる。手足がすらりと伸びやかではあるが肉の薄い、華奢な身体つきも、ありふれた村の娘の枠からはみ出るものではない。


 ただ、ほとんど金に見える色の浅い亜麻色の髪が、珍しいと言えば言えるか。そうして、揺れる前髪の下からキッ、と見据えるやわらかな若葉の色の瞳が、燃えるような強い輝きを宿していることだけが、他と違った。


「だらしないなぁ。いいよ、まとめてかかっておいで!」

 

 それまでも、入れ替わり立ち替わりに掛かってくる男たちを軽くいなしていた少女だったが、とうとうしびれを切らしたようにそう宣言した。練兵場には、その中央に少女が一人、抜き身の剣を持って佇んでいる。それの周囲を、六、七人の男たちが、これも手に手に武器を持って取り囲んでいた。


「ケガしても知らないぜ、アーシェ!」

「させてから言ってみるのね!―――ほぅら、足元がお留守ですよ!」


 飛びかかって来た一人の足下を、重心を低くして蹴り抜く。うお、と呻きながらつんのめった男の背中を踏み台にして跳び上がった少女は、ただ自分を見上げるだけで動きに付いて来られない一人の、剣を握る右手首をしたたかに打ちのめした。これでもう一人。


 着地と同時に、まるで踊るようにターンを決める。コットの裾が花びらのようにふわり、と開いて咲いた。

 振り向きざまに、首の後ろへ柄を叩き入れる。三人目。くるり、手首ごと腕をひるがえして正面へ。四人目。


 誰一人として少女に近付けないまま、男たちは膝をついていく。土煙がうっすらと立ち上る中、彼女の淡い薄桃色のコットだけが、ひらひらと鮮やかに舞い踊っていた。

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