12ー21 嫁s達への処置 その二
私は、シレーヌ・ファンデンダルク。
ファンデンダルク侯爵の第二夫人と言うところでしょうか?
嫁入りしても、名前の後ろにファンデンダルクの家の名が付くだけですので、ほかの嫁と変わりは無いように思えますよね。
でも正室は、元王女であったコレット様お一人で、これは動かしようがありません。
私とコレット様は、ベルム歴725年中秋後(月)の27日に旦那様のもとへ嫁いで来ました。
つまり私は、旦那様の側室ということになります。
その後、色々な事情と経緯があり、旦那様が多くの側室を抱えるようになりましたので、正式な形では第二夫人というような呼称は無いのですけれど、側室が嫁いだ順に第二、第三というような序列がついてしまいました。
序列の方はともかく、私の嫁入り当時、旦那様は伯爵でした。
無位無官であった旦那様が、あれよあれよという間に、男爵から子爵へ、子爵から伯爵へと陞爵したのです。
初めてお会いしたときは一介の旅人、風来坊に過ぎなかったのです。
当時は、冒険者の登録も未だ為されてはいなかったとか。
でも私とコレット様の危機を三度にわたって救ってくれた大恩人でした。
男爵のままですと、私の父から縁談を拒絶された可能性が大であったのですけれど、伯爵になれば何の問題もありませんでした。
尤も、コレット様が旦那様をお慕いしているのは薄々知っていましたから、私は好意を持ってはいても、陰に回って、その感情を隠していました。
でもコレット様からお誘いがあって、一大決心をしてコレット様と一緒に旦那様に嫁ぐことにしたのです。
それからもう10年ほどが経ちます。
アグネスが来春には10歳になりますもの。
私も三十路に入りました。
ここ二、三年前ほどから、随分と肌艶が悪くなりましたねぇ。
目元には小じわが見え隠れしますし、薄目ながらシミも若干増えたような気がします。
ファンデンダルク領特産の化粧品で何とか隠してはいるものの、もう五年もすれば老いの兆候は隠せなくなるでしょう。
歳をとって老いるのは、エルフでもない限りは止むを得ないことと諦めていますが、旦那様の容姿や顔つきが出会った頃とさほど変わらずに若々しいのに、私だけが老けるのはある意味悔しく、何となく劣等感に苛まれます。
ある時、旦那様が嫁達全員を呼んで「人払い」をしました。
人払いがなされると、私付きのメイドも含めて、従者たち全員が部屋から出てまいります。
人払いは滅多に無いことではありますが、特に
つまりは、ここに集まった嫁限定の話ということなのです。
そうして、旦那様が驚くべき話をされました。
若返りの処方を見つけたのだそうです。
コレット様と私以外の嫁にも内緒にしている死後数年経ってから蘇生をさせたリサの話と同様に、衝撃的な内容です。
もしそれが真実であるなら・・・。
いえ、旦那様は私たちに嘘を言うような方ではありません。
言えない時には言えないというお方なのです。
然しながら、一方で旦那様の
そうしていみじくも旦那様が指摘したように、これが万が一広まってしまうと、この世界での争いを助長することになります。
処方を得ようとする者が力づくで奪おうとする場合もあるでしょう。
処方ができるのは今のところ旦那様お一人だけ。
今のところというのは含みがありました。
普通の方では無理ですが、将来的に同じ処方を扱える者が出て来るとそう断言されたのです。
後で教えてくださりましたけれど、子供たちが多分できるようになるそうですし、子供たちは旦那様の子である限り、若返りの処置を施さずとも長生きをするそうですよ。
その話は別として、人が若返りをして長生きをするようになれば、その分、経費も食料もより多くが必要とされます。
旦那様曰く、人は成人であれば、一日に浴室で使う湯桶に一杯の食糧を食べるのだそうです。
何となく随分と多いような気もするのですが、本当にそんなに食べているのかしらねぇ。
でも、仮に60年食べ続けていたら相当の量になりますわね。
普通に70年もすれば老いて死にますけれど、その間に食べる量はその60年分の量より多いぐらいの食糧になるでしょう。
私が三倍長生きして、子供たちやその子孫も三倍長生きするとなれば、間違いなく私が寿命でなくなる頃には、これまでよりも三倍の食糧が必要とされるのです。
この長寿を一般の人に広めると、間違いなく食糧不足が発生します。
今でさえ、裕福でない人たちにはなかなか食糧が回らずに飢えている人たちが多数いるのです。
幸いにしてファンデンダルク領ではそうした人を見かけることは少ないですね。
他の領から逃げるようにやってきた人たちが、当座、困窮している場合もありますけれど、幸いにしてファンデンダルク量では、失職者がほとんどいません。
職を求める者は真面目である限り、身にあった職を得ることができるのです。
あら?
余計な話に脱線してしまいましたから、もとの話に戻しましょう。
いずれにしろ、多くの人々が若返りを求めたなら、確かに食糧不足と物資の不足も招くことになるでしょう。
人一人が生きていくうえで食料も大事ですけれど、それ以外の物資の消費も行うのです。
例えば衣類ですね。
着るものは必要ですけれど、大事に使っても10年、20年と着古せばどうしても傷んで新しいものを手に入れなければならなくなります。
住む家だって必要ですけれど、建材が必要となって山から木を切り出した場合、増えた人口に見合った樹木の生長があればよいのですけれど、それが追い付かなくなれば山がはげ山となり、木材は不足することになるでしょう。
寿命が延びるのは良いことではあっても、そのことでほかに種々の問題を惹起することになります。
旦那様は、秘密が漏れると世界中の住民が死ぬという言葉で代弁されました。
それゆえに、秘密は絶対に漏らすなということでもあります。
そうして、私たちにその若返りの処方を受けるつもりはあるかと尋ねられました。
その問いかけに、その場にいた全員が固まったと思います。
正直に言って、私は、老いを正に感じていますから、是非にも受けたいと感じていますが、不安もあるのです。
旦那様が言うには、死刑囚を使って一応の予備の検証は行われたのだとか・・・。
死刑囚を使ったという意味は、ある意味で、死んでも構わない者たち・・・・。
あるいは、それほどにこの処方は危険があるということなのでしょうか?
その若返りの処方のリスクがどれほどあるのかを私は訊きました。
検証の方法は明らかにはしてもらえませんでしたけれど、少なくとも最後の被験者4人については一切のリスクも失敗も無かったとのことです。
それまで4回の被験者16名はいずれも男性のみでしたが、男性一人とともに女性の死刑囚3人を最後に残していたそうです。
そうして男性でも女性でも、間違いなく若返りの処方ができると自信を持っておられるようですね。
結局、旦那様はそこに居合わせた嫁達全員について、希望があれば若返りの処方を施すと仰いました。
その場で色々話し合いをしましたけれど、取り敢えず、試験を兼ねて私が最初に試すことになりました。
正室でもあり、元王女のコレット様を最初にというのは、いくら安全と言われても問題があると判断したからです。
最終的に私が一番、コレット様が二番、後は嫁いできた順番で若返りの処方をしてもらうことになりました。
処方と言いながら、特段の難しい処置は為されません。
旦那様の寝所でベッドにうつ伏せになり、薄手の夜着の上から旦那様が背骨のあたりを上から下へと愛撫をするだけのことです。
時間は少し長かったかもしれません。
多分半時ほどもかかったような気がします。
でも痛みも何もありません。
旦那様が言うには、例えば擦り傷を負った場合、その皮膚を再生するための人の身体に備わっている機能がある「
旦那様曰く、処理をする回数が多いのでこの処置そのものが結構大変なんだと言っていました。
その割には疲れた様子も見せない旦那様です。
若返りの処方が終わった後は、いつもの睦事でしっかりと愛されました。
やや子ができないように、旦那様も私も避妊していますけれどね。
その日から暇さえあれば、旦那様が手ずから作られた鏡台に向かって座り、飽きもせずに顔を眺めています。
ほんのちょっとした小じわが見えにくくなっただけでうれしいものなんです。
十日経ち、二十日経つと、徐々に肌艶が蘇ってきたのがわかりました。
一か月経つと肌のくすみが完全に消えました。
そうして食事療法も一月後には始められました。
旦那様が作られるチーズに似た食べ物を、夕食後にいただくだけなのです。
この食べ物も秘密ですので、誰もいないところでいただくように言われています。
大きさは小指の指先と同じ程度の大きさの丸薬状のものです。
固くはなく、口に入れるとさくっと嚙み切れますし、チーズよりも少し酸っぱい味がしますが、甘みがついているので美味しいのです。
旦那様曰く、一日の必要量は一粒だけで、それ以上は無駄になるから食べないようにと言われています。
この丸薬状の食糧を食べだしてから、更なる変化が生じました。
私の顔の輪郭が少し丸顔になったのです。
歳を経るにしたがって面長になっていたのですけれど、若い時のように少し丸みを帯びた顔つきに変わっていました。
然しながら、これはちょっと工夫をしなければなりません。
髪型を変え、化粧法を工夫することにより丸顔があまり目立たないようにすることにしました。
嫁入りに際してバイフェルン家からついてきてくれた侍女のファネッサが、誰よりも私の顔を見知っているわけですので、その変化にも気づいたようです。
ファネッサは私の変化に少し疑念を抱いているようですけれど、ファンデンダルク家はとても秘密や不思議の多い家なので、彼女が私の顔や肌の変化をよそ様に話すことはありません。
実は、その辺が一番心配していたことなのですけれど、旦那様が魔法で従者たちがそうした秘密を洩らさないようにしているとのことです。
無意識のうちに制約を掛けられて、他人に家の秘密を話すことができないようにしているのだそうです。
でも私も社交で人に会う機会も多いですので、それなりの努力をしなければなりません。
3か月が過ぎて、肉体的には最盛期の自分に戻ったような感じがしましたので、侯爵家の騎士を相手に武芸の真似事も始めちゃいました。
稽古をするとすぐに往年の剣裁きができるようになりました。
これならば、いつでもコレット様の警護の任に着けそうです。
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