12ー16 クィンテス その二

 ロバーナ連邦の貿易港ジャコダルでバスティアーノ・ルバーシュとして医療・薬剤師として活動を始めてから2か月余りになる。

 このクィンテス世界は、例によって1か月も長い。


 この世界では、1年は約1063日なんだが、1か月を45日又は44日とし、1年を24か月にして帳尻を合わせている。

 小数点以下の端数は、数年に一度うるう年を設けて調整しているようだな。


 因みにクィンテスには月(衛星)はないので「月」ではなく、「モーサム(旬?)」という区切りにしているが、俺は「月」という意訳にしている。

 今後この世界ではこのモーサムを月と言うようにするよ。


 この一か月で俺のルバーシュ医療・薬剤所への来客が増えた。

 最初に診た少年の傷を治療したのが口コミで広がり、今ではコンスタントに一日に十人以上の患者が来所している。


 最初は外科が主だったんだが、ケガをした主婦の胃潰瘍もついでに治してあげたことから、こいつも口コミで広がって、今では怪我だけではなくって病気も診るような羽目になっている。

 まぁな、困っている人を見るにつけ、おせっかいを焼いてしまうのは俺の性分だから仕方がない。


 できる範囲のことはやってやるが、限度はあるぜ。

 一応、常識(??)の範囲内で活動している状況だ。


 そんな中、ジャコダル市内で奇病が流行りだした。

 ジャコダルは貿易港であり、検疫システムもそれなりに機能はしているんだが、そもそも医療技術は明治の初めぐらいにしか進歩していないから、検疫もおざなりのところがある。


 特に動物検疫はほとんどなされていないような状況だった。

 「サフィ・レイゴアンジー」と呼ばれる小型の猿がクレボナス大陸北部から密輸され、そこから蔓延した感染症だった。


 最初に発症したのは猿を運んできた船員だった。

 船員は市内に住む商人に猿を売りつけた後で発熱し、二日後には亡くなったのだが、その時点で当該商船の乗組員に感染が広がっていた。


 この時点で検疫がようやく機能し始めたのだが、遅きに失した。

 この感染症の潜伏期間は五日ほどあり、商船「ザッハビル」の船員全員がしている状態であったほか、商船の乗組員と接した者から市内への感染が広がって行ったのだ。


 特に歓楽街で接触した女達から広がったように思われる。

 ルバーシュ医療・薬剤所に運ばれて来た女も、近所に住む売春婦の一人だった。


 高熱を発して倒れた女を、売春宿の者が俺のところに運び込んだのだが、見てすぐに感染症と分かったので、直ちに市内の役所に通報する一方で、患者も運んできた者も隔離した。

 運んできた者は、用事があるとか騒いでいたが無視して、二階の病室に監禁した。


 むろん関係者には事情を説明し、隔離した旨を通報するとともに、接触者には極力外出を控えるようアンドロイドの看護師から伝えさせた。

 多少でも感染拡大を防げれば良いのだが・・・・。


 俺の生体スキャナーでスキャンした結果では、グラム陰性菌による感染症と判断した。

 グラム陰性菌で有名な感染症では、ペスト、コレラ、腸チフスなどがあるが、この世界でも発熱、悪寒、リンパ節の腫れ、頭痛、心拍数の増加、せき、呼吸困難、嘔吐、下痢などの症状を呈するようだ。


 残念ながら俺が地球で仕入れた知識の中に同じ細菌は見当たらないが、その辺は世界の違いによる偏差の範囲内なのだろう。

 運ばれた女は高熱を発し、急性肺炎と下痢の症状を呈していた。


 感染症の場合、接触感染が主であるが、飛沫感染もあり得る。

 おそらくはジャコダル市内でも予想以上に感染者が広がっているのだろう。


 俺は早速にδ型ゴーレムを増強し、関連情報の入手に努めた。

 治療方法としては、グラム陰性菌は抗菌薬耐性が元々大なので、抗生物質の大量投与で対処することにした。


 患者からのサンプル採取により、最終的に猿に起因する変性赤痢と断定した。

 生憎と地球から持ち込んでいる抗生物質には対抗できるモノが無かったので、アジスロマイシンの分子成分を魔法で組み替えて新薬を開発、ルバマイシンと名付けた。


 本来であれば臨床治験を繰り返してから、採用するのが一連の流れだろうが、そんな悠長なことをしている余裕がないと思われた。

 市内各所に配置したデルタ型ゴーレムの情報では、すでに市内の発症感染者は千人を超えており、保菌者はその10倍程度と見込まれた。


 俺は直ちにジャコダル市役所に働きかけて、市外に野戦病院様の臨時隔離所設置と抗生物質投与による治療の開始を申請した。

 決して無駄な作業ではないのだが、この説明だけで半日が潰れたよ。


 役人というのは危機に瀕しても頭が固いよな。

 だが、役所という大量の労働力を抱える公的機関が動いてくれなければ流石に俺だけで活動するのは難しい。


 手遅れになればジャコダルが壊滅する。

 ジャコダル市街地に幕舎仕様の隔離所が作り始められたのは翌日のことだった。


 非常時なので、待機中のアンドロイド12名もつぎ込んで、作業に当たらせ、同時に抗生物質の大量生産と合わせて予防薬も製造した。

 アンドロイドは病気にならないから大丈夫なんだが、俺の方は人外とは言え、一応生身だからな。


 俺もアンドロイドたちも感染症対策を十分に行った防護服に身を固めている。

 市内にも医療院的なものはあるんだが、生憎とボランティアで来てくれる医療従事者は少なかったな。


 全部合わせても10名に満たなかった。

 それよりも、近所の人たちがボランティアをやってくれたので大いに助かったよ。


 因みに役所にも多数の防護服と注意書きを配っておいた。

 感染症を防ぐにはとにかく衛生環境の維持と接触を防ぐことが大事だ。


 手洗い、マスク着用、不要外出の禁止を励行した。

 最終的にこの疫病の死亡者は、数百名に及んだが、発症者5千名余りの命は助けることができた。


 この対応で、一時期には俺も徹夜に近い状態が5日程続いたが、何とか感染症の拡大を食い止めることができた。

 潜伏期間が長いので、ジャコダル以外の都市へもかなり拡散したが、予防薬と抗生物質の投与で最小限の被害に抑えられたのじゃないかと思う。


 最終的に終息宣言がジャコダル市当局から発表されたのは、ルバーシュ医療・薬剤所に最初の患者が運ばれてから59日目のことであった。

 この一件で、バスティアーノ・ルバーシュとルバーシュ医療・薬剤所の名前が、一躍、ロバーナ連邦中に広まった。


 感染症対応のために一時的にルバーシュ医療・薬剤所を休業していたんだが、感染症の騒ぎが収まってから、再開すると来所患者が一気に数倍に増えたよ。

 この時代の宣伝は口コミが主なんだが、新聞に俺の名と医療・薬剤所の名がジャコダル市の表彰案件として公表されたことで一気に知られることになったようだ。


 これまでの来所者は、ルバーシュ医療・薬剤所が在るジャコダル市内北西部の住民が多かったのだが、これ以後は市内全域から患者が訪れるようになり、ジャコダル市以外の近隣住民も訪れるようになった。

 商売繁盛で喜ぶべきかどうかは微妙だな。


 医者なんてものは暇な方が本当は良いのだがな。

 表彰案件としては、ジャコダル市だけでなく、ジャコダル市が含まれるファルナ州及び連邦政府も検討中のようだ。


 俺としては別に表彰なんぞは要らないんだが、まぁ、断るわけにも行かないかな。

 州都ファルナボルまでは鉄道で3時間、連邦政府のあるガルナダまでは鉄道で二日がかりになる。


 この時代いまだ航空機は出ていない。

 蒸気機関車があり、自動車がディーゼルエンジンとともにそろそろ大量生産に入りそうな気配だが、ジャコダル市内での交通機関は馬車と人力車がメインだな。


 流石に駕籠かきはいない。

 いずれにせよ、俺の医療・薬剤所に来る患者も増えたんだが、公的機関であるジャコダル市庁、ファルナ州政庁それに連邦政府のお役人との接触が増えたのは間違いない。


 緊急事態だったのでルバマイシンの活用は認められたのだが、それに関連する医薬品の製造販売に関することがメインの話だった。

 民間からみるお役所への対応ってのは、いつも面倒なんだよね。


 とにかく手続きが多いからそれだけで手間暇がかかる。

 安全確実のために作り上げられているお役所のスタイルではあるけれど、小さな王国なんかではその辺の裁量権がもっとあったように思うな。


 まぁ、分業化されてしまうとどうしてもそうならざるを得ないのが大きな組織のデメリットなんだろうね。

 あぁ、そうそう、接客が増えたことからここでの色恋沙汰を避けるためにアンドロイドのマリを俺の女房としている。


 俺が所帯持ちと知っていても粉をかけてくる女がいるからな。

 油断も隙もあったもんじゃないぜ。


 あ、このクィンテス世界の住人は美男美女が多いな。

 混血が進んだせいかもしれないが、ジャコダルに限って言えば、概ね6割から7割が美男美女と言える類だな。


 醜男ぶおとこ醜女しこめが居ないわけではなんだが、その確率がかなり低いんだ。

 異世界ゆえの種族性なのかもしれんな。


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 6月2日、一部の誤字修正を行いました。

 

   By @Sakura-shougen


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