11ー3 ガランディア帝国との紛争 その二

 私はガランディア帝国海軍提督のレーリッヒ・ズーゲンだ。

 宰相の命令でジェスタ王国の大型交易船アーレマイン号を拿捕してから既に五日が経過している。


 船長以下乗組員全員を捕縛し、バルマラード市内の国事犯を収容する地下牢に収容したのは五日前のことだ。

 ここまでは順調に進んでいたが、遺憾なことに拿捕した船が一切動かなくなったのだ。


 元々錨を打って、沖がかりしている船だから動かないのが普通ではあるのだが、船内の設備自体が一切動かないのだ。

 前日まで艀に荷下ろししていたクレーンでさえ動かないのだ。


 我らが使っている手動巻き上げのクレーンと異なり魔道具による巻き上げを行っているらしいことはわかるのだが、我が配下の海兵が如何に頑張っても全く動かせないでいる。

 そうしてこの船は帆が無くても動ける船であって、魔導機関らしきあものがあるのに関わらず、これもまた一切動かない。


 要は船の機能自体が一切失われているのだ。

 私は直接見たわけではないから良くはわからぬが、拿捕して乗組員全員を捕縛するまでは何やら奇妙な魔道具で明るい照明があったのだそうだがそれすらも消えたという。


 要は大量の貨物を自力で運べる筈の船がただのはしけに成り代わってしまったらしい。

 おまけに沖がかりのために入れた錨が非常に重いのである。


 船の錨が重くできているのは私も良く知っている。

 多少の風では動かないようにするために我らは重い大石を使っているのだが、この船は鉄製の大きな錨を使用しているらしい。


 今は左舷側の船首付近から錨とそれをつなぐ鎖が伸びているのだが、右舷側にももう一つあり、そいつは船首部から半分空中に突き出しているので形状が良くわかるのだ。

 如何にしたら鉄の塊をこのような奇怪な形に加工できるのが不思議でならない。


 鍛冶師に言わせるとこのような形状のものを作ることはできるだろうが、鍜治場からこのようなでかいものを運ぶ方法が無いと言って居るそうな。

 確かに造船所で造らねば町の鍛冶師が造ったものを遠くまで運ぶのは不可能に近い。


 このような鉄の塊を荷馬車に積めば荷馬車が壊れるからだ。

 そうして錨自体だけでなく、それを船につないでいる紐代わりに鉄の鎖を使っているのだが、その鎖一つで大剣が二本ほど作れそうな鎖なのである。


 それが数百から千個ほども使われているらしいと聞いて驚いた。

 それほど大量の鉄など中々に無いからだ。


 しかも一個一個が重いから、到底人力では錨を引き上げることさえできそうにない。

 つまりは動かせない巨大な艀に成り代わってしまったということだ。


 ついでに言うと、この大型交易船自体が鉄に似た金属でできているらしい。

 外見上は木造船のように見えたが、そう見せているだけで、船全体が金属製であるらしい。


 金属でできた船が海に浮かぶなど私の理解が及ぶところではないが、仮にこの大型交易船が全部鉄でできているとしたならば、我がガランディア帝国内の鉄製品全てを集めた以上の鉄からできているに違いない。

 ジェスタ国とは左程に鉄が溢れている国なのか?


 それだけで何となく怖気を感じていた私だった。

 そうして三日前から更に事態が悪化し、大型交易船の船内に入ることができなくなったことだ。


 海兵の知らぬところにまだ人が居るのかも知れぬが、船の内部に入るためのドアの全てが施錠されて開けられなくなったのだ。

 船内には幸いにして海兵はいなかったので閉じ込められるようなことは無かった。


 船内の照明が使えないために魔道具のランタンを使ったのだが、なぜか船内では魔道具のランタンが使えないのだ。

 止むを得ず松明たいまつを持ち込もうとしたのだが、船内に入った途端松明の火が消えるのだ。


 従って、灯りが取れない通路などでは真っ暗なのだ。

 そんな気味の悪いところに兵士が寝泊りするはずも無く、ほぼ半日だけで明り取りのある場所以外に兵士が調査に入ることは無くなった。


 今現在は、甲板上に何とかテントを立てて寝泊りしている状況だが、実際のところ甲板上を歩き回って調べるだけで何もできてはいない。

 そのために船内に残っている兵士は一個小隊の15人だけにしている。


 目下の懸案は船の秘密をいかにして解き明かし、若しくは聞き出すかである。

 そのために捕らえた船員に拷問を続けているが、船長以下24名の乗組員は口が堅く、この大型交易船の秘密については一切語らないのだ。


 魔法師によって暗示にかけても話をしないことから、ギアス呪いを掛けられて話すことができないのではないかと推測されている。

 正直なところ手の打ちようがない。


 そもそもが、この大型貨物船を使ってアルミディ半島の味方へ武器・食料の大量輸送を為そうと考えていたのが裏目に出た。

 拿捕してすぐに、船長に対して我らの意向に応じて輸送するよう命じたのだが拒否されている。


 まぁな、拷問されても話そうとしない者が、素直に言う事を聞くはずもないし、そもそもがそうした輸送依頼はジェスタ国の商会に為すべきであり、商会から指示の無い輸送は禁じられているらしい。

 彼らが許されているのはガランディア帝国での交易だけのようで、特に戦に関わる輸送は厳禁されているらしい。


 こいつも闇属性魔法で何とかなるかと思いきや、魔法をかけられた者が意思を失った抜け殻のようになり、船員として働くことは無理のようだった。

 ガランディア帝国では使用をかなり制限されている隷属の首輪も使ってみたが同じく効果が無かった。


 効いているのかもしれないが、本人はこちらの命令を理解しない程度にまで思考が落ち込んでいるのだ。

 確かにギアス呪いのようであり、このままでは食べることすらしないので衰弱死するだろう。


 既にそうした状態から三日ほど経っている者もおり、水さえ飲まないのでいずれ遠くない時期に死ぬことになろう。

 そんなこんなで大型交易船の拿捕関連で振り回されている最中に、大いなる災厄が出現した。


 バルマラードの港は、細長い湾の奥に設けられている天然の良港である。

 その湾奥部にまで他国の軍船が三隻侵入して来たのである。


 湾の入り口付近の桟橋には大型戦列艦1隻と中型の戦列艦2隻が常時配備されており、湾内に入るものの見張りをしている筈だが、それが突破されたようだ。

 遠距離攻撃型の魔法師40名が乗り込む大型戦列艦は、甲板長が32イード(52.9m)、全幅9.2イード(15.2m)、吃水3.6イード(5.9m)の大きさを有し、同じく魔法師25名が乗り組む中型戦列艦は、甲板長が24.2イード(40m)、全幅6.5イード(10.7m)、吃水2.7イード(4.5m)の大きさを有する。


 それぞれが魔法攻撃に長けた魔術砲艦であり、滅多なことでは後れを取ることは無い筈なのだが、それらの姿が無いということは既に敗れたのか?

 直ちに海軍の桟橋に停泊中若しくは沖がかり中の戦列艦12隻に対し出撃命令を出したが生憎と湾口から吹き付ける風により湾奥部の港から出撃ができないでいる。


 最寄りまで来た海軍旗らしきものを掲げた軍船が、まるで巨人の声かと思うほどの大声で怒鳴った。


「私は、ジェスタ国海軍元帥リューマ・フルト・アグティ・ファンデンダルク侯爵である。

 我が国に属するアーマレイン号を不法にも拿捕した責任者は直ちに我が艦隊に出頭し、その理由及び現在の状況を説明せよ。

 さもなくば、我が国に対する宣戦布告と受け取り、ガランディア帝国に対して宣戦布告も辞さず。

 出頭期限は明日日没までとする。

 その間に我が艦隊に対する攻撃があれば直ちに応戦する。

 その場合、このバルマラードの市街地は全て破壊されるものと心得よ。

 期限は明日夕刻までである。」


 バルマラードの周囲は三方が山に囲まれているのでこだまが跳ね返ってきていたが、それでも相手の意図は十分に伝わった。

 この内容は二度反復された。


 三隻の軍船は船が出港できないほどの強い風の中で錨も下ろさずにほぼ停止している。

 しかもこの軍船らしき船は我らが拿捕した大型交易船を凌ぐ大きさなのである。


 長さはおそらく大型交易船の1.5倍ほどはあり、塗装は施されているが間違いなく船体の全てが金属でできているように見える。

 彼の国は、本当にいったいどれほどの鉄を持っているのだ?


 そうして我らの交易船では、気象海象の良好な時でさえアルバンド大陸まで最短で半月を要するというのに、この軍船は何故に拿捕から五日でこの港に到達したのだ?

 仮に拿捕した直後に何らかの方法で本国に知らせたにしても、僅かに五日で大洋を横断してきたというのか?


 いずれにしろ対処を急がねばならぬ。

 既に、事は私の裁量範囲を超えている。


 早馬で帝都に事態を伝え、如何様に処すべきかを問い合わせたのだ

 連合国と交戦中のこの時期に更なる他国との交戦はできれば避けたいところである。


 このバルマラードの港に在泊している戦列艦も実は平時の半分以下なのである。

 サプラン若しくはその近傍に派遣中なのだ。


 やれと言われれば戦うのが私の任務であるが、一方で戦端を無暗に開くべきでないことも承知している。

 将兵も有限なのだ。


 特に海兵は船に乗って戦うのだから熟練が必要とされる。

 海を知らぬ者が集まっても烏合の衆にしか過ぎない。


 一人前になるには少なくとも三年から五年の訓練と経験が必要である。

 万が一にでもそれらの熟練兵を失えば、数年は制海権もままならないことになる。


 帝都までは40ケールほど、早馬を乗り継げば概ね四時よんとき程で帝都に到着するはず。

 その返書で指示がやって来るのは、早くても九時きゅうときほど後になるだろう。


 遅ければ明日の昼頃になるやもしれぬ。

 その返事如何では、私も正念場を迎えることになる。


 夕刻には風が変わり、12隻の戦列艦は出港し三隻の異国の軍艦と対峙することになったが、手出しは控えさせた。

 我が国の鉄の総量を超える大型交易船を建造する国である、如何なる武器を持っているかわからないまま、拙速で戦端を開くのはまずい。


 特に軍艦の前部甲板に配置されている長い筒を突き出している亀の甲羅のようなものが私としては気になっている。

 或いはわが国でも秘密裏に研究中の魔導砲なのかもしれぬと疑っているのだ。


 担当する魔道具製作師の想定では、1ケール先の目標に向かって炎の球を発射し、中程度の大きさの家ならば一撃で吹き飛ばす威力を有するはずとされているのだが、未だ魔法陣の開発に手間取っているし、発砲に際して使用する魔力が半端ではなく十名単位の魔法師を使って発射することになるだろうと推測されている。

 それがあれば目の前にいる軍艦など一撃で吹き飛ばせるかも知れないと思うのだが、逆に相手がそれを持っているとなれば話は別だ。


 こちらが全てを吹き飛ばされかねない。

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