10ー14 閑話 地球とガルドクルトディーヴァ その一

 私は、ガルドクルトディーヴァ、アズベルディラ世界にその名を知られ、ある意味で恐れられた魔族の王だ。

 だが今は、異界から来た勇者に追い詰められている。


 我の膨大な魔力も、勇者が率いる討伐軍への対応で徐々に減少し、残りは少ない。

 まさか四天王の一人ワームストラルパが、裏切っていたとは知らなんだ。


 そのために緒戦で四天王の二人までを失ったのは大きな痛手だった。

 残った四天王の一人イルパンディスが逆賊ワームストラルパを倒したものの、イルパンディスも深手を被り、にっくき討伐軍の数の暴力にしてやられた。


 人間どもにこれほどの討伐軍を集められるとは信じられない思いじゃった。

 勇者を召喚したヨークフェスト王国を始め、実に十数か国が連合して討伐軍を編成、怒涛のように我ら魔国に押し寄せたのだった。


 我が配下はよく戦った。

 なれど数の暴力には勝てず、次々と傷つき倒れ、今や残るは我一人となった。


 我が結界も、勇者たちの強力ごうりきによる四方八方からの魔法攻撃に耐えられるのもあと僅か。

 我の魔力が潰えたとき、我と我が率いた魔国の終焉となろう。

 

 何故、魔族がこれほどに嫌われればならぬのかは、ついにわからなんだ。

 忌まわしき人間どもと諍いを起こすことなく、我らは大陸の中でも熱砂の砂漠とボルスト山脈という要害に囲まれた安息の地で静謐に過ごしていたはずだ。


 にもかかわらず、勇者トウスケとその仲間が出現して以来様相が変わった。

 我らは人間どもには干渉はしないものの、奴らの動向を探るために間諜を送り込んでいた。


 それらが不穏な動きを伝えてきたのが三年前、勇者トウスケら一行が各国を渡り歩き、何やら画策をしている様だが、一行の中にいる賢者が遮音結界を張っているので、盗聴もできなかったようだ。

 その後、訪れた各国の監視を続けたが表立った動きは無かったのだ。


 しかしながら一月前、ついに人間どもが一斉に蜂起した。

 持てる勢力全てをつぎ込んで、我らの魔国に攻め込んできたのだった。


 本来であれば砂漠に面した大要塞で人間どもの軍など簡単に防げるはずだったのだが、ワームストラルパが大要塞の主門三つを秘かに破壊、人間どもを中に侵入させたばかりでなく、四天王が二人、ムダカとルーズケルディの二人を騙し討ちにしたのだった。

 それに気づいたイルパンディスがワームストラルパと死闘を演じ、奴を倒したものの大怪我を負ったところを雪崩込んできた討伐軍により殺されたのであった。


 大要塞の三つの主門を抜かれると、魔国の防備はほとんどないも同然なのだ。

 我は勇者一行とそれに率いられた各国の最強のつわもの共と対峙していたために、魔国の住民が阿鼻叫喚の中で殺戮されて行くのを止められなかった。


 今は、悔悟の念しかない

 イルバンディスがかつて提案してきたように、人間どもをこの大陸から追い払っておくべきだった。


 そうしてついに我の魔力が底をつき、結界が弾け飛んだ。

 その瞬間に勇者トウスケが我の眼前に飛び込んできて、その剣を振るった。


 首を切られたのやもしれぬが、我は瞬時に意識を失った。

 次に気づいたとき我は煙を上げて炎上する魔国の上空にいた。


 我の身体は無い。

 幽体とでもいうべきか?


 恐らくは死後の世界に居るのであろう。

 その視点が徐々に上空へと向かっている。


 それも徐々に速力を上げ、我が住んだ大地が丸いということを初めて知った。

 そうして更に速力を上げ、どれほどの時が立ったのかはわからない。


 我は深淵の大宇宙の中をひたすら突き進んでいた。

 しかしながら何事にも終わりはある。


 我は猛烈な速度で青い星の地上をめがけて落ちていた。

 何やら星の周囲に結界のようなものがあったやもしれぬが、一瞬のうちに突き抜けて我は何かに入り込んだ。


 次に目覚めたとき、我は青空を眺め、短く刈られた草地で寝ていた。

 戸惑った。


 我は死んだはず。

 半身を起こして周囲を見渡すと、そこは公園なのだろうか?


 多くの人間どもが笑いながら小径を歩き、子供が広場で遊んでいる。

 のどかで平和な風景ではあるのだが、我は怒りが込み上げてきた。


 何処の世界かはわからぬが、人間どもは我の敵だ。

 我は復讐のために大魔法を発動しようとして、できなかった。


 我の魔力が底をついているほか、この世界は異様に魔素が少ないのだ。

 大魔法どころか簡単な生活魔法ですら発動できないのがわかった。


 そうして我の身体の異常にも気が付いた。

 我の身体は魔族の証であるくすんだ灰色なのだが、この身体の手は白い肌。


 つまりは人間の肌なのだ。

 我の姿形(すがたかたち)を見ようとして、ふいに気づいた。


 我の身体の中にもう一人の人格が居るのだ。

 アルベルト・オーエンス、それが彼の名だが、どうやら我が居るために彼の人格は隅っこに追いやられているようで、彼の意のままに身体は動かせないようだ。


 つまりは我の魂が彼を乗っ取っている。

 忌まわしき人間の身体を持つなど全身に鳥肌が立つ思いだが、今の我としては如何ともし難い。


 それよりも、このアルベルトを従えてこの世界のことを知るのが先だと思いなおした。

 彼の記憶情報により、公園のトイレの中に鏡があることを知り、そこに向かった。


 鏡の中にいる我は、間違いなく人間であった。

 アルベルトによれば人間の中では身長は平均よりもやや高い方、体重はほぼ平均、顔は人並み以上と自負しているらしいが我にはその感覚はわからぬ。


 まぁ、普通の人間の顔だな。

 アルベルトの情報では、やはり、この世界の人間は魔法を使えぬらしい。


 魔法使いなる言葉はあるのだが、そもそもアルベルトは魔法を見たことが無いらしい。

 何やら演劇や小説ではそのようなもあると彼はそう言った。


 の意味が良くわからぬが、彼が言うにはこの世になさそうな不思議な事象のことだという。

 魔法が人間の空想の中の産物であることはわかった。


 なれど、何故、我が魔法が使えぬのかわからん。

 魔素は少ないが、全く無いわけではないのだ。


 微量ながら我に魔力が戻りつつあるのが判る。

 しかしながら、この様子では、この世界の魔素の濃度が魔国の千分の一程度もあるかどうか判らぬほどじゃ。


 それほど希薄なのであり、我の魔力が完全に戻るのを待つとすれば、数百年単位、否、千年かかるやもしれぬ。

 魔族の身体なれば千年も生きられようが、この人間の身体では百年生きるのが精一杯ではなかろうか。


 そもそも魔法が使えるかどうかもわからぬ。

 私は一旦トイレを出て、公園のベンチに腰を下ろした。


 初夏の日差しが柔らかく、木立の緑が青々しく、町の中に居ながらにして樹木の香りがしていた。

 どのぐらいそうしていたかよくわからない。


 死の直前の動乱が嘘のような平穏が満ち満ちている。

 我は今一度トイレに向かった。


 我は目の前の、洗面台の水道から水を出し、それに紛れてわずかな水を手の先から出そうと魔法を使ってみた。

 子供にでもできる魔法のはずであったが、僅かにコップに半分ほどの水量を出したところで眩暈がしてしゃがみこんだ。


 明らかに魔力の枯渇である。

 一応魔法は使えるものの、余程魔力を貯めてからでないと魔法は使えぬと改めて認識した。


 アルベルトは23歳、UCLAの大学生なるものであるらしい。

 我には理解できぬが23歳にもなって働かず親の脛かじりをしながら大学と言うところに通っているらしい。


 ここはロサンゼルスというカリフォルニア州の大きな町であるらしい。

 アルベルトは、隣の州であるアリゾナ州のフェニックス出身、車という乗り物で半日以上かかるというから遠いのかもしれぬ。


 車は一日の24分の1の時間の間に80マイルほども走るそうであり、一マイルはアルベルトが歩くと1800歩ほどになるというから、恐らくは魔国の単位で言えば1.2ケロスほどの距離かと思う。

 アルベルトの知識により、時計を観測した時間の感覚で言うと、1時間はおよそ半刻ほどの時間であろう。


 我が、暇に飽かせて乗った騎竜が、一刻で走れる距離は概ね30ケロス前後で、一刻走れば半時は休ませねばならぬから、半日で移動できる距離は最大でも120ケロス程度にすぎぬ。

 だが、フェニックスからロサンゼルスまでは380マイルほどもあるようで、それを精々三~四刻程度で走り抜けるとは、恐ろしく速い乗り物と言うことになるが、アルベルトの話では飛行機なる空を飛ぶ乗り物があってそれなら半時で到着できるらしい。


 この世界に魔法は無いようだが、何やら科学という力で魔法と同様の効果を得ることができるようだ。

 確かに公園の四方にあるビルディングなる建物は途方もない高さの建物じゃ。


 全盛期の我が魔法でもさすがにこれを造るのは中々に骨が折れようと思う。

 そうして非常に大事なことじゃが、アルベルトの知識によれば、この世界に人間以外の亜人や魔族は居ないようだ。


 忌まわしき人間どもの世界ながら、この世界で生き抜くためにはしばし、この身で我慢せずばなるまいと思う。

 まずは色々と情報を集め、しかる後に如何に動くべきかを算段しようと思う。



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  多分、出番は短いとは思いますが、元魔王さんの登場です

  次回をお楽しみに。


   By @Sakura-shougen

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