10-7 コーレッド家からの帰り道 その一

 俺は、側室のケリーと子たち三人をコーレッド伯爵領に送り届け、伯爵の本宅に一泊して翌日には辞去して王都に向かった。

 王都でも一泊してヴォアールランドの本宅に戻るつもりである。


 滅多に無いこととはいえ、コーレッド伯爵のところでは歓待を受けた。

 まぁ、それなりの土産も持参したので伯爵の懐具合としては傷んではいないはずだ。


 むしろ金銭的にみるならば、俺の土産の方が高いはずだ。

 俺の領内では左程高価なものではないけれど、領外に出ると値段が跳ね上がるのは商人が介在する以上当然のことなのだ。


 まして流通手段の問題もある。

 シタデレンスタッドから王都までの道路については、途中の領主とも話をつけて、俺がしっかりと整備したので、王都まではまだよい方だ。


 しかしながら、ジェスタ王国の中でも王都以遠の地では、道路整備も不十分なために俺の領内の産物の価値はさらに上がる。

 商人で馬なし馬車を持っている者は今のところ居ない。


 一応貨物輸送車については塩の専売を行っている王家のお声掛りで二台ほど納品してはいるのだが、他の輸送に回すほどの余裕はない。

 従って、コーレッドで特産品を手に入れようとすれば俺の領内の三倍以上の値段になるから、それを大量に持って行けば伯爵の目尻も下がろうというものだろう。


 コーレッド伯爵領を出て、隣のアルムガルド子爵領に入ったのだが、俺のセンサーが異変を感じ取った。

 アルムガルド子爵は中道派閥に属して中堅どころの貴族だ。


 俺も二、三度王宮で会ったことのある四十がらみの人物だ。

 まぁ、すれ違う際に挨拶を交わす程度で、特別親しいわけではない。


 デュホールユリ戦役の際にも、彼は主力軍に入っていたから戦場で会う機会も無かった。

 アルムガルド子爵にしても、実際問題としてほとんど実質的な戦闘が無かった出陣だったのだが、それなりの戦費は消耗したはずだ。


 王家にとっては期せずして貴族の経済力を削いだ形になり、三年に一度の王都参詣以上に散財効果があったとは秘かに宰相から聞いた内緒話だ。

 中道派故に王弟派の領地召し上げに伴う再配分、戦役での恩賞も一割か二割程度の戦費補填ぐらいで左程多くを与えられなかったはずだ。


 俺が配置しているゴーレムからの報告では、この子爵領は堅実な施政によってジェスタ国の中では中の上ぐらいの繁栄をしている様だ。

 俺が異変を感じたのはそうした経済活動や生産活動ではなく、人の生気の問題だ。


 たまたまその地域にはゴーレムを配置していなかったので、早速に最寄りのδ108号をして俺が異変を感じ取った地域に移動させて調査させたのだが、大当たりというか村一つがほぼ壊滅しているのが確認された。

村の名前は、マルローであり、俺の記憶では200名ほどの住民が住む農村だったはずだ。


 そうして、昨日は同じ道を通過した時には何も感じなかった異変なのである。

 つまりは昨日から今日にかけて200名ほどの住民が死んだということになる。


 死因は不明で外傷等は認められないという。

 つまりは野盗や魔物に襲撃されたわけではないようだ。


 可能性が高いのは流行り病だが、それほど即効性の高い流行り病があるというのはこれまで聞いたことがない。

 昨日の通過時点で何らかの兆候があれば俺が気づいたと思うのだ。


 とすれば、毒物か?

 生憎と俺の帰路からは脇に10キロ近く離れているんだが、無視するわけにも行くまい。


 俺は、王都別邸の家宰であるジャックに連絡し、マルロー村の異常を確認するために到着が遅れるかもしれない旨の連絡をしておいた。

 その上で、俺は50キロほども離れたアルムガルド子爵領の領都スティルハーゲンへ急いだ。


 何をするにしても、俺の領地ではないから、先ずは子爵への通報が先である。

 伝令を走らせることも考えたが、俺が直接現場に出張るよりも、子爵にやらせた方が良いだろう。


 その日昼前にスティルハーゲンに到着した俺は、子爵に面会を求め、マルロー村の異変を知らせたのだった。

 貴族の面会とは結構面倒なものなのだ。


 先触れをしていても即日というのは中々できないのが普通なのだが、アルムガルド子爵は慣行に囚われずにその日の内に会ってくれた。

 まぁ、多分に俺の爵位と名声が影響はしているだろう。


 それでも会見は午後になり、俺はその日スティルハーゲンに一泊することになったのだ。

 俺の方からは、周辺を俺の能力で索敵していたところで異変に気付いたこと、手の者を差し向け確認させたところ、マルロー村の住民が外傷がないまま死亡していたこと、流行り病の恐れもあり詳細な調査はしていないことを伝えた。


 子爵はすぐさまに調査のために手勢を差し向けたのだった。

 俺は子爵邸を辞去しようとすると、アルムガルド子爵が言った。


「今からの出立であれば、如何に馬なし馬車とはいえ王都に明るいうちに着くのは無理かと存ずる。

 もし、宿を取られるおつもりならば、どうか我が邸にてお泊り下さい。」


 俺はアルムガルド子爵の好意に甘えることにした。

 無論、アルムガルド子爵にしても、これまでどちらかというと俺とは疎遠であったけれど、今現在、最も勢いのある俺とよしみを通じていれば何らかの利があると踏んでの判断であるはずだ。


 俺としても特段の利害関係は無いとは言え、俺の縁戚に当たるコーレッド伯爵の隣の領主と親交を結ぶことに異存はなかったのである。

 アルムガルド子爵の歓待を受け、子爵邸に泊まったその夜半、マルロー村から急使が駆け込んできた。


 マルロー村の異変の詳細を知らせるものであり、住民二百余名の内生存者はわずかに幼き者二名のみ、この両名も治癒魔法が効かず、持参した薬等も効果なく、命が危ぶまれる状況にあるとの一報だった。

 礼を失するかもしれないが、子爵の背後から俺から申し出た。


「私も治癒魔法が使えます。

 或いは、その両名の命を救うことができるやもしれませぬ。

 一宿一飯の恩義も有之これあり、子爵の了解があればこれからマルロー村へ参りたいと思いますが如何でしょう。」


「いや、それは、ファンデンダルク卿にご迷惑がかかりましょう。

 それに、流行り病の疑いは晴れてはいません。」


「確かにその通りですが、そこな伝令殿を見る限りは流行り病の兆候は少ないかと存じます。

 失礼ながら伝令殿の健康状態を秘かに確認させていただいた。

 従って、現段階で予想できるのは毒物の可能性が高いと思われます。

 但し、現地に行かねばその特定もできません。

 或いは毒物を特定できれば解毒もまた可能かと存じます。

 念のため、村にある井戸の水は決して飲まぬようにせねばなりません。

 伝令殿、調査隊はその点抜かりは無いでしょうか?」


「はっ、隊長から、村にあるものは一切の食物及び水を口にしないようとの命令が出ております。

 念のため、調査に当たるものは手袋をし、顔には布を巻き付けて口鼻を暴露しないよう塞いでおります。」


 俺は頷いた。

 結局は俺を現場に行かせてアルムガルド子爵が領都にとどまることもできないので、子爵他数名が同道することで子爵も了承した。


 その代わり俺の随行数名が子爵邸に居残ることになった。

 夜間、殆ど明かりの無い道は非常に暗い。


 その中を馬なし馬車に取りつけた光魔法の魔道具でありライトビームが夜陰を切り裂く。

 そういえば夜間走行は初めてのことだった。


 運転する者も経験がないので、速力は30キロ程度に抑えているが、それでも騎馬で遠距離を走るよりは相当に早いはずだ。

 道は結構曲がりくねっていたが、それでも出発から二時間後、夜更けにはマルロー村に到着した。


 先乗りしていた調査隊の案内で、最初に向かったのは生存者二名のところである。

 生存者は二人とも5、6歳の女児であった。


 呼吸が異常に早く、発熱は無かった。

 すぐさまに俺は鑑定を掛けた。


 そこで判ったのは地球では生物由来の毒とされるものだった。

 化学式はC₁₁H₁₇N₃O₈で表される毒で、地球ではテトロドトキシンと呼ばれているはずだ。


 ジェスタ国は俺の領地であるウィルマリティモ以外に海には面してはいないからフグなど海に生息する生き物の毒とは考えにくい。

 イモリやカエルの一種もこの毒を持っているそうだが、毒々しい警戒色を持ったイモリやカエルだし、これほど小さなものをわざわざ食べる奴はゲテモノ食いか食通以外には先ずいないだろう。


 但し、ここは、地球とは違って植物相も動物相も違うから或いは別の動植物が持っている毒なのかもしれない。

 テトロドトキシンについては解毒剤がないとされている。


 だが俺のチート能力はテトロドトキシンさえ無力化する。

 身体の中に入っているテトロドトキシンを分解してしまえば、解毒できるんだ。


 テトロドトキシンは体内に残存している間、神経系のマヒを起こさせ最終的には呼吸不全で死亡に至る。

 毒を食らった本人は手足がしびれて身動きすらできないのだが、意識はあるらしい。


 因みに、幼い女児二人も意識はしっかりとあり、未知の恐怖で恐れおののいているが、テトロドトキシンを分解すれば大丈夫だ。

 テトロドトキシン分解は無詠唱で行えるが、傍でアルムガルド子爵も観ていることだし、如何にも魔法を使ってますという状況を作って見せた。


 両の掌を広げ、光魔法で淡い金色の光を二人の女児に浴びせるようにした。

 輝度に強弱をつけて掌から女児に向かっているように見えればそれだけでいい。


 ものの三秒で解毒は完了、二人の女児がもそもそと起きた。


「おじちゃんが助けてくれたのね

 身体が全然動かなくって、息もどんどんできなくなるし、とても怖かった。

 でもおじちゃんの掌から光が出て、それを浴びたら急に息が楽にできるようになったし、手足も動かせた。

 ありがとう。」


 その女児のお礼だけで俺の超過勤務には充分のねぎらいだったよ。

 で、他の住民を調べたが、生きている者はいなかった。


 原因はすぐにわかった。

 井戸の中にテトロドトキシンが多量に含まれていたのだった。


 動物由来のテトロドトキシンが、所有生物が死んだからと言って水に簡単に溶けるとは思えない。

 そもそも時間を置けば分解するものなのだ。


 人の身体の中に入っても分解はするのだが、分解が終わる前に呼吸が止まるので死に至るだけなのだ。

 極論を言えば、この毒はマヒの開始と同時に人工呼吸器をつけていれば自然に治る。


 井戸の中にはイモリも含めて生物はいなかった。

 いずれにしろ、自然発生で起きたとは考えにくいので、或いは人為的なものかもしれない。


 今後とも注意を要する話だ。

 女児に誰か最近この村に訪ねてきた人はいなかったかと尋ねると、旅人がこの村に一泊していったそうだ。


 俺がコーレッド伯爵領に向かっている日のことだ。

 そうして女児が確認した限り、件の旅人の姿は遺体の中には無かったのである。


 旅人は村長の家に泊めたらしく共同井戸は、その傍にある。

 生憎と女児はその男の姿を表現できなかったが、俺は女児の意識を読み取り、正確にその旅人の男の風体と顔を確認していた。


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 6月29日及び7月29日、一部の字句修正を行いました。


   By @Sakura-shougen

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