10ー4 ヘイエルワーズ家 その二

 儂は、ベンジー・スミットソン。

 謀反を企み、捕らえられて西の塔に幽閉、最後は自裁して果てた王弟エクソール公爵の下で第二騎士団の元副隊長だった男だ。


 富裕商人を狙った儂らの襲撃活動は、フェイルオール地方における貧民の噂に上り、オレ・フィル義賊団と称されるようになっていた。

 儂らの主たる構成員は、旧エクソール公爵領の騎士団に所属していた浪人だが、情報を聞きつけて入ってきた破落戸ごろつきもいる。


 しかしながら、急速に膨れ上がった人員の中にはなかなか統制の取れない者もいて、北部の町で商家を襲ったグループの中に一般人を殺し、なおかつ、金品を欲張って漁っていたために領軍との戦闘に陥り、結構な数の死傷者が出た。

 これも加わっていた破落戸ごろつき共がリーダーの命令に従わず勝手に動いたためだと聞いている。


 そいつらで生き残った者については、他の連中の見せしめのためにも処分した。

 放逐?そんな温い処置ならば、しない方が余程ましだ。


 儂らにも止むを得ず盗賊になり果てたという零落感はあるものの、我らは依然として騎士としての誇りは失っていない。

 彼らを斬首の刑に処したのだ。


 ところで情報で仕入れたファンデンダルク卿の来訪に伴う暗殺計画だが、襲撃場所はほぼ決まっている。

 王都方面からヘイエルワーズ子爵領の領都リノベルンに至る道は、サリントン街道を南下、ゾーイ侯爵領、レイズ伯爵領を経て、このフェイルオール地方を抜けるしかないのだ。


 サリントン街道を南下してフェイルオール地方に入ると間もなく丘陵地帯に入る。

 ここは決して難所と呼ばれるような場所ではないのだが、緩やかな上り坂と曲がりくねった道が続き、道の両脇が高くなっていて馬車などには逃げ場がないために、この場所は襲撃にもってこいの場所だった。


 もう一つ襲撃場所の候補としては、旧ヘイエルワーズ領に入る直前の峠道もある。

 但し、生憎とこの峠に至る道は、両脇の斜面が険しいため、前方と後方にしか伏兵を配置できない場所である。


 直線状に兵力を配置するのは強力な魔法を使えると云うファンデンダルク卿の格好の的になりかねない。

 しかも万が一にでも急を知らされると、旧ヘイエルワーズ領からの援軍が予想される場所でもある。


 そのため峠道を避けて、周囲が比較的開けており、全周に渡って兵力を分散配置できる丘陵地帯の方が戦術的に向いていると思われたのだ。

 作戦としては至って簡単である。


 丘陵地帯にファンデンダルク卿の一行が入り次第、前方で立ち木を切り倒して通行を妨害し、なおかつ背後も同じく立ち木を倒して馬車の足止めをすれば袋のネズミである。

 そこを前後左右から攻撃する作戦だ。


 槍、弩弓を含め相応の武器は揃っている。

 ヘイエルワーズ子爵領に居る貧民のシンパがファンデンダルク卿一行の陣容を知らせてきており、傲慢にも馬鹿高い馬なし馬車七台を連ねての旅行だそうだ。


 そう言えばエクソール公爵は、国王派閥と敵対していた所為なのか、馬なし馬車を購入しようとしてできなかったと聞いている。

 購入者は貴族に限られている様だが、今でも生産台数が少ない為に、二年先三年先まで予約が詰まっているという話を聞いたことがある。


 まぁ、生産しているのがどうもファンデンダルク卿のようだから、7台もの馬なし馬車を持っていても不思議ではない。

 通常ならば辺境伯ほどの貴族が領外に赴くとなれば相応の警護が付くものだ。


 王都参詣の場合でいうと、貴族の見栄の張り合い的な要因が重なるので、伯爵で200名以上、辺境伯も同様の規模が要求されことになる。

 今回のように身内に近い貴族を訪ねる場合は若干軽減されるのだが、それでも通常ならば百名前後の騎士が警護につくはずなのだ。


 情報によれば今回の旅行に警護の騎士はわずかに二十名ほどという。

 如何に馬なし馬車の移動速度が速く、騎馬ではついて行けないにしても、警護の騎士が少なすぎるのだ。


 ひょっとして儂らをおびき寄せる罠かとも思ったが、一月前に訪れたというバイフェルン伯爵領でも同じ陣容だったという情報が追加で届き、罠ではないと判断した。

 希代の魔法師としての評判から自信過剰になり、危険に対して少し鈍感になっているのではないかと思うが、我らとしたならば勿怪もっけの幸いだ。


 既にヘイエルワーズ子爵領到着の予定日はわかっており、粛々と準備を成し、辺境伯の王都出立に合わせて、王都と途中の村々に潜ませた密偵から鏡による伝達方法で予定通りであることを確認できた。

 後は襲撃の決行だけである。


 我らの陣容は、この場に居るものだけで124名、たかが二十名程度の騎士なんぞ恐るるに足らず。

 我らの中には魔法攻撃のできる魔法師も5名ほど含まれている。


 そうしてついにその時が来た。

 丘陵の高所で監視をしている者から連絡が入った。


 ファンデンダルク卿の車列が丘陵地帯の入り口を入ったようだ。

 直ぐにも指示を出して、丘陵地帯の道の中ほど両脇にあった巨木数本を切り倒して道路を通行不能にさせた。


 元々切り込みを入れておいたものだけに、指令を発するとすぐに切り倒され狙い通りに道を塞いだのである。

 この巨木をけない限り、前には進めないし、入り口方向でも車列通過後に同じように木を切り倒して通行できないようにした。


 罠は閉じられた。

 車列が倒木の前で止まったのを確認して、一斉攻撃の指示を成した。


 最初に魔法師による狼煙の打ち上げだ。

 狼煙が上がると前後左右に潜ませた伏兵が一斉に立ち上がった。


 全員が一丸となって車列に突っ込む作戦の開始である。

 ファンデンダルク卿の反撃魔法により犠牲がでることは覚悟していた。


 儂を含めて狼煙とともに一斉に立ち上がったところまでは確認できた。

 しかしながら次の瞬間、周囲が暗転した。


 儂は斜面の藪の中に居たはずなのに、なぜか足元が平らな場所に居るようなのだが、全く光が見えず、周囲は暗闇である。

 一寸先も見えない闇というのを初めて経験した。


 周囲に居るはずの仲間に呼びかけても何の応答もない。

 もう一つ、頭部は動くが腕も足も全く動かせないのだった。


「何だ?

 これは?

 いったいどうなっている?」


 儂は怒鳴ったが何の反応もない。

 時間の経過も全く不明だが、頭部を除き身体が締め付けられているようで、やがて身体全体が痺れて来た。


 そうして長い時間が過ぎてついには恐れていた意識が薄れ始めたのである。

 最後に思ったのは、これはもしやファンデンダルク卿の魔法なのかということだった。


◆◇◆◇◆◇


 俺たちの馬なし馬車の車列は、ヘイエルワーズ領に入って間もなくの丘陵地帯で待ち伏せ攻撃を受けた。

 但し、実質的には攻撃を受けるまでには至ってはいない。


 丘陵地帯の道路が前後二か所で閉塞されただけで、伏兵が襲撃を掛けようと立ち上がった時点で、彼ら全員を亜空間に収容し、身体を拘束した。

 亜空間内部に一切の光を置いていないから、中に放り込まれた者は周囲の状況が一切分からないはずだ。


 身体が拘束されているのはわかるだろうし、声も出せるがすぐ隣に居る者との会話もできない。

 放り込んでいる亜空間そのものが個別に違うから、音も一切伝わらないそんな牢獄なんだ。


 亜空間の時間を少し早めて内部時間で三日後彼ら全員が意識を失った。

 そこで、一斉に酸素を奪って死亡させた。


 最初から酸素を奪って死滅させる方法もあったが、彼らに後悔する時間を与えただけの話だ。

 もとより犯罪に手を染めた時点で許すつもりはない。


 遺骸は、後にヘイエルワーズ子爵の了解を得たなら外洋に捨てることにしている。

 襲撃の場所に居合わせた盗賊団のみならず、その手先となって動いていた密偵も同様にことごとく始末した。


 総数で157名、その日からオレ・フィル義賊団と呼ばれた者たちは一斉に消息を絶ったのである。

 襲撃者の取り敢えずの拘束が済んだ時点で、道路の障害となる二か所の閉塞個所を俺の魔法で取り除き、ヘイエルワーズ子爵領の領都リノベルンへ向かって馬なし馬車の車列は動き出した。


 リムジンタイプの馬なし馬車に乗っていたマリアと子供たちは、窓のカーテンが閉まっていたので盗賊の襲撃はおろか道路の閉塞すらも知らなかったはずだ。

 狼煙が上がったことや盗賊共が藪の中から姿を現した瞬間を垣間見ていたのは、車両の運転席にいた騎士達だけである。


 一瞬の後にはその姿が消え、間もなく道路を閉塞していた巨木が瞬時に除去されたことで俺が魔法を使ったのではないかと察知したようだ。

 念のためか、通信装置で「何かなされましたか?」との通信が一回だけだった。


 俺の方からは、「特段気にする必要はないのでこのまま予定通りに進めなさい。」とだけ伝えておいた。

 巨木に進路を遮られ一旦停車したのはわずかに一分足らずのことであり、旅行計画が遅延することは無かったのである。


 俺たちの馬なし馬車は無事にリノベルンの子爵邸に到着した。

 因みに旅の途中で異常なことが起きても他所よそに口外しないよう旅が始まる前に騎士や従者たちには厳重に言い含めている。


 リノベルンのヘイエルワーズ子爵邸では歓待を受けた。

 しかしながら、ヘイエルワーズ子爵の顔色はあまりよくない。


 実際のところ、ヘイエルワーズ子爵はかなり追い込まれていたのは確かなのだ。

 野盗どもを放置はできないが、神出鬼没であり貧民を味方につけている野盗どもを領軍だけで制圧するのが難しいのであった。


 王宮へ報告して他の領から援軍を求めることはできるが、それは領主として大きな失点になる。

 それを成すべきか否かの狭間にあって苦悩していたのだった。


 俺は到着の挨拶に際してこっそりと耳打ちした。


「実は、ここに来る途中で、オレ・フィル義賊団と称する盗賊たちの襲撃に遭いましたので、これを殲滅しました。

 彼らはエクソール公爵の元家臣達であり、フェイルオール地方に根を張っていたものです。

 元々は二十名足らずの盗賊集団のようでしたが、旧エクソール公爵領にあって浪人中の元家臣や破落戸が徐々に集まり、各地に潜む密偵を含めると150名を超える大所帯になっていました。

 フェイルオール地方各地の商家を襲い、ブレリッジの代官所を焼き討ちしたのも彼らの仕業のようです。

 必要とあれば彼らの遺体をお渡しするのもやぶさかではありませんが、できれば私が関与したということ自体を秘密にしておきたいのです。

 正当防衛とは言いながら、ヘイエルワーズ子爵領内の事件を門外漢であるはずの私が殲滅に手を出したというのも外聞が悪いと存じます。

 彼らが行っていた蛮行は、今後は発生しません。

 或いは今後真似をするものが出ないとも限りませんが、それはわずかでしょう。

 若し、差し支えなければ、このまま闇に葬りたいと存じますが如何でしょう?」


「なんと、あの盗賊団を殲滅したとおっしゃられるか?

 ファンデンダルク卿の手勢に被害は無かったのですか?」


「私達には何の被害もありません。

 彼らが姿を現した途端に殲滅しましたので、マリアや子供たちなどは襲撃そのものを知りません。

 私の手勢も一切手を下してはいません。

 彼らが突然現れ、そうして突然消えたのを目撃しただけです。

 その事実を口外しないよう申し付けておりますので襲撃があったこと自体が外部に漏れることはありません。」


 途端にヘイエルワーズ子爵の顔が明るくなった。


「左様ですか。

 全てはファンデンダルク卿のお陰でございますな?

 分かり申した。

 遺体をもらい受けて実体のない賊徒討伐の栄誉を私の部下に授けるのも厄介、ここはひとつ賊共が内紛で壊滅したとの噂をばらまきましょう。

 さすればフェイルオールの治安は収まりましょう。」


 その後は、ジジ・ババと孫たちの笑顔が見られる歓迎の宴会となった。

 ヘイエルワーズ子爵の嫡男は既に正室を迎えており、その嫡男も生まれていることから後継者に心配はない。


 次男坊と三男坊は子爵の騎士団に入って中枢を固めている。

 マリアの姉は同じ派閥の男爵家に嫁いでおり、妹二人のうち一人は子爵家に嫁ぎ、一番下の四女は既に別の子爵家へ嫁ぎ先が決まっている様だ。


 宴会に出席したのは、ヘイエルワーズ子爵の嫡男夫婦、次男、三男、それに四女のほか、ヘイエルワーズ子爵のご母堂様であった。

 ヘイエルワーズ子爵の御父上は既に病没している。


 ヘイエルワーズ子爵への土産はメインが盗賊団の討伐であり、食料や名産品の類はバイフェルン伯爵領への土産の半分以下にしている。

 元々、ヘイエルワーズ子爵領は豊かな農地に恵まれており食料事情に困窮している地域ではない。


 ヘイエルワーズ子爵家にも一泊して俺は自領に戻り、マリアとその子たちは二週間ほどリノベルンに滞在することになる。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る