9ー14 不意の来客 その二

 俺とアムールは風呂から出ると、バスローブを羽織って、木製のリクライニングタイプのデッキチェアに寝転がった。

 脱衣所の近くに小庭園が眺められる休息所を設けており、大きなひさしの陰で雨や日光を遮ってくれる。


 夕刻間近のさわやかな風が火照った身体に優しく、風呂上がりのひと時をゆったりと過ごすには何よりの場所だ。

 風呂上がりには、俺の好みで、ワイン風味の赤色酵母を使った日本酒をギリギリに冷やしたものが用意されている。


 客人であるアムールにも同じものを出してもらった。

 龍が酒を飲むかどうかは知らん。


 少なくとも、毒にはならんだろう。

 量的にもワイングラスに三分の二程度、一合まで行かない程度だ。


 食前酒にはちょうど良いはずだ。

 案の定、アムールはこの酒を気に入ったようだった。


「ふむ、この桃色の水は初めて飲んだが、妙に心をウキウキさせるのぉ。

 何の香かは知らぬが、口の中でほのかな香気がいとおしい。

 リューマよ。これはもっとあるのか?

 あるのであれば、もっと飲みたいのだが・・・。」


「ほう、これが気に入ったか。

 まぁ、あるにはあるが、ほかにもいろいろと味わってもらいたいものがあるのでな。

 この場では、これだけにしておいてくれ。

 アムールが望むならばいつでも飲ませてやるし、土産で持たせてやる。

 但し、量的には左程無いぞ。

 多分、今手元にあるのは中樽で一つ程度だろう。」


「そうか、ほかにもあるのか。

 では、他のも試してからにしよう。」


「ちなみに聞いておくが、アムールは、ほかの酒は飲んだことがあるのか?」


「おう、もう記憶に残らぬほど昔じゃが、ワインを飲んだことがあるな。

 正直な話、余り美味いとは思わなんだような気がする。」


「酒に酔ったことは?」


 どういう意味だ?」


「ヒト族の場合、あまり酒を飲みすぎると理性を失うことがある。

 なんと言うか・・・、非常にうきうきとした気分になって開放感のあまり普段せぬことをしたり、陽気になったり、あるいは逆に湿っぽくなって泣いたり、場合により怒り出したりする奴もいるな。

 酒を飲んで性格が変わると言われるような奴も多々居るようだな。」


「ほう。おぬしもそうなのか?」


「いや、俺の場合は酒に飲まれることはないな。

 酒は飲んで楽しむもので、飲まれるものではないと思っている。

 汗も引いたことだし、着替えて居間に行くか。

 俺の家族をアムールに紹介するよ。」


 因みにアムールの衣装は幻影のようなもので実体がない。

 アムールが自らの能力で着衣を着ているように見せているだけなのだ。


◇◇◇◇


 バスタオルから着替えた俺たちは、浴場と渡り廊下でつながっている新館の居間に向かう。

 旧館の居間も相応に広いのだが、生憎と俺の家族が一堂に会するには狭いんだ。


 旧館の居間はどちらかというと応接間として利用されている場合が多い。

 商人たちとの接触も旧館の居間若しくは応接室でなされるのだ。


 旧館の居間はおよそ40畳ほどであるが、新館の居間はその倍の80畳ほどもある。

 俺からの伝言で、俺の家族全員と本館に勤める主だった者が集まっていた。


「皆に紹介しておこう。

 こちらは、俺の盟友たるアムールだ。

 彼は人に見えるが人に非ず。

 あるいは、噂ぐらいは聞いたことがあるだろうが、ずいぶん前にこの領地に現れたことのある黒龍の現身うつしみだ。」


 そこにいる全員が息を飲んだようだ。

 無理もない。


 黒龍は神話に出てくるような神獣として知られていたからだ。

 神話では、大きな国をブレスの一吹きで滅することができる力を擁する巨大な神獣として描かれている。


 前回アムールが現れた際の嫁sへの俺の説明では、話し合いで納得してもらい帰ってもらったとしか伝えていないんだ。

 彼と不戦・不可侵の同盟を結んだとか、テリトリーの範囲を決めたとかは説明不要と考えていたからだ。


 もちろん国王や宰相など主だった者にはうわさが独り歩きしだした際に真相を伝えているが、嫁sに余計な心配はさせたくなかったからだ。

 まぁ、今回のアムールの訪問で説明をせざるを得なくなったわけだが、・・・。


 うん?

 何となく、コレットを含め、嫁sがやや刺々とげとげしい顔つきをしているな。


 あ、これは絶対に後で締められるやつだな。

 内緒にしていたのが気に食わないという顔つきだよ。


 背中に若干の冷や汗をかきながら、一応のアムールについての説明を終え、次いでアムールに家族の紹介を行った。


 こういう場合は紹介の順序があるんだ。

 まぁ、その順番でソファに座ってくれているから間違いようもないんだがね。


「俺の正室でコレット、その子長男フェルディナンド2歳7か月、三女エミリア1歳12か月、それに八男フィデル15か月だ。」


「俺の側室でシレーヌ、その子長女アグネス2歳7か月、四男セシリオ1歳12か月、それに九男イサク15か月だ。」


「俺の側室でマリア、その子次男サムエル1歳14か月、六男ロベルト1歳3か月

、それに七女イザベル8か月だ。」


「俺の側室でケリー、その子次女ビアンカ1歳14か月と七男トリスタン1歳3か月だ。

 ケリーは三人目の子を妊娠中だ。」


「俺の側室でエリーゼ、その子三男マクシミリアン1歳14か月と四女クリスティア1歳3か月だ。

 エリーゼも三人目の子を妊娠中だよ。」


「俺の側室でカナリア、その子五男イスマエル1歳5か月と六女フランソワ10か月だ。

 カナリアもお腹に三人目がいる。」


「俺の側室でケイト、その子十男ルイス13か月だ。

 ケイトは二人目を妊娠中だな。」


「俺の側室でフレデリカ、その子五女セレスティア1歳5か月だ。」


「俺の側室でリサ、その子八女カレン6か月だ。

 リサは二人目を妊娠中だ。」


 一人ずつ紹介して行くのだが、嫁s達はいずれもやや緊張気味に貴族向けの挨拶をしているのに対して、子供たちは至って元気であり、概ね言葉のわかる12か月以上の子たちは目を見開いてアムールに興味津々である。

 中でも長男フェルディナンドと長女アグネスはアムールに挨拶代わりの質問をした。


 フェルディナンドが訊いた。


「僕はフェルディナンドです。

 アムールの叔父様には、お父様と同じぐらいの光が見えるけれど、どうしてなの?」


「ほう、フェルディナンドには我のオーラが見えるか?

 どのような色に見えるかな?」


「お父様は白っぽい金色、アムールの叔父様は赤っぽい金色に見えるよ。」


「ふむ、それは、支配的な魔法属性の色合いから来るものだな。

 そうしてフェルディナンドの最初の質問にあった同じぐらいの大きさというのは、我とリューマの力が均衡しておるからだ。

 わかるかな?」


「えぇと・・・、お父様と叔父様がけんかすればどちらが勝つかわからないと言うこと?」


「そうだな。

 我とリューマは友だから無用のけんかはせぬ。

 が、もし戦えば双方が傷つき、場合によっては我が消滅するやも知れぬな。

 だから、我はリューマと不戦・不可侵の盟約を結んだ。

 この盟約は、いずれかが死すまで有効じゃ。

 そうして、そなたらリューマの子とその子孫がいる限り、盟約は守られ続けるだろう。

 フェルディナンドを含め、リューマの子たちはいずれも高い能力がある。

 リューマの嫁女たちにお願いしておこう。

 そなたらの子らを大切に育んでくれ。

 この子らは多くの民を助ける優れた人物になるであろうし、我との盟約を守る後継者になるだろうから。

 我は他の誰であっても盟約など結ぼうとは思わぬが、リューマとその子らは別だ。

 末永き付き合いを頼む。」


 また、アグネスが訊いた。


「私は、アグネスです。

 アムールの叔父様にはお子様はいらっしゃらないのですか?」


「ふむ、我に子は居らぬな。

 そもそも、我の種族にはメスがおらぬでな。

 子もなせぬ。

 我が滅する時に新たな我の分身を生み出し、それが我の代わりに生きることになる。

 そうして、それは随分と先の話じゃな。」


 その後、邸で働く従者やメイドの主だったものを紹介して、大食堂に移動した。

 いつもと違い、その日は、11品からなるフルコースのメニューだった。


 普段は簡略なコースに近い、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートの五品なのだが、今宵は「突き出し」、「前菜」、「スープ」、「魚料理」、「口直し」、「肉料理」、「生野菜」、「チーズ」、「甘い菓子」、「果物」、そうして「紅茶にプティフールとしてクッキー」がついている。

 俺がコック長に教えたコース料理ではあるが、彼らはそれに工夫に工夫を重ねて、フランス料理ならぬ、カラミガランダ料理を生み出している。


 特に魚料理はウィルマリティモから直送される海の魚を用いた独特のものと言えるだろう。

 無論調味料として醤油やワサビなど特殊なものを、カラミガランダで生み出し、また栽培しているからこそできる料理でもある。


 このカラミガランダ料理は、カラミガランダを中心に徐々に王国内に広まっているらしい。

 合間に食前酒やワイン、食後種などが適宜出されるのだが、アムールは結構なグルメであり、酒豪であった。


 出される料理の数々を舌鼓を打ちながら間食し、大いに飲んでいた。

 特にワインの味に驚くと同時に、食後酒として出された泡盛の百年物が特にお気に召したようで、40度を超える泡盛の冷酒をぐいぐいと飲んでいた。


 黒龍ゆえかどうかわからぬが、全く酔いつぶれる気配はなかったな。

 俺が作った5リットル入りの泡盛百年物のカメを空にして行きやがったぜ。



 まぁ、亜空間の中で作ればいくらでも作れるんだが、作るには結構手間暇がかかるんだ。

 アムールは酒に関してはザルとわかったので、今後飲ます時には注意しよう。


 何はともあれ、子供たちを交えた会食は無事に済んだ。

 今日はデザート類が多かったので、子供たちが特に喜んでいたようだ。


 会食が終わり、翌日の予定を関係者と打ち合わせてその日は終わった。

 明日は、クルップ大陸西岸の海洋域に生息する海龍との面会だ。


 有無を言わせず海龍をi空間に放り込む方が一番面倒が少なくて済むのだが、アムールが一緒である以上、その方法が安易にはとれない。

 さてさて、どうなるのかな。

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