4-12 お披露目と婚約?

 俺の伯爵陞爵のお披露目への招待客は以下のとおりである。

 国王派主流:

  マクレナン侯爵

   オルマイヤー伯爵

   ケイジンスキー伯爵

   バイフェルン伯爵

   コルドレン子爵

   コール子爵

   ウェンドル男爵

   ハインリッヒ・ミューラー男爵

  ベッカム侯爵

   マイヤー伯爵

   ベルガー伯爵

  リンダース侯爵

   モールス伯爵

  クレグランス辺境伯

   ブラッケン伯爵

   パヴェルス伯爵

  ウェイド・ベルク・フォイッスラー伯爵 


 中道派:

  マクバレン公爵

   ロッペン伯爵


 以上同伴者込みで39名と、それぞれに随伴者若しくは供の者各一名程度なので、招待客は総勢で80名程度を予想しておけばいいと考えていた。

 これら招待客の警護の者は当然いるのだが、基本的に彼らは無視しても差し支えない存在なのだ。

 

 但し、お披露目の招待状を発送するに当たり、事前に予定を王宮に知らせた際に問題が起きた。

 突然にウェイド・ベルク・フォイッスラー宰相からお披露目の招待客リストを要求された上に、招待状の発送に待ったがかけられたのだ。


 何事かと思っていると、宰相直々にコレット王女を招待客に含めなさいと言われたのだ。

 何故に?


 俺は無礼を承知で聴いた。


「コレット王女に招待状を出すならば他の王家の方にも出さねば失礼に当たるのではないでしょうか?

 それに伯爵の陞爵披露には王家の方々を招いた事例が無いと承知していますが?」


「ふむ、確かにそなたの言う通りじゃ。

 通常ならば伯爵の叙爵程度で王家に招待状など出すこと自体が不敬に当たるやもしれぬ。

 が、此度は些か事情があってな。

 コレット王女だけには、招待状を出してもらわねばならぬのじゃよ。」


 俺が頭の周りにたくさんのクエスチョンマークを浮かべているのを知ってか知らずか、宰相は言葉を続けた。


「実はな、10日ほど前に北の隣国の一つであるサングリット公国からコレット王女を嫁に貰いたいとの申し入れが正式な使者をもって届いたのじゃが、これが実に筋が悪い話なのじゃ。

 件のサングリット公国王は、既に齢60を超えており、当然初婚ではない。

 昨年、正妃が亡くなったのでその後添えにと言う話ではあるものの、正妃との間に嫡男ほか数名の子が居るほか、側室等10人との間に20人近くの子を設けているらしい。

 正妃には迎えるとは言っても名目だけで、妾に等しく、とてものこと人身御供のような嫁には我が国の王女を出せる訳もない。

 従って穏便にお断りする方法として、止むを得ず国内で婚約者を立てることにしたのじゃ。

 我らで数ある候補者から選りすぐって、コレット王女に内々で打診したのじゃが、思いもかけず、そなたの名前がコレット王女から飛び出したのじゃ。

 コレット王女曰く、そなたの元へなら輿入れしても良いと明言したのじゃよ。

 この話はすぐにも国王まで上がり、既にそなたをコレット王女の婚約者として認めると言う国王陛下の裁可が降りている。

 伯爵に王女が降嫁するのは極めて珍しいが、前例はあるので国内的にも問題はない。

 従って、そなたは婚約者としての王女を招待せねばならんのじゃ。」


 あれっ、俺には何の打診も無かったけれど?


「あの、私には特段の打診も無かったように思いますが・・・。」


「あぁ、そのとおりじゃな。

 当座は、あくまで求婚を断るための取り敢えずの方便と言うこともあって、そなたには打診する必要も無かったということじゃ。

 じゃが、伯爵の披露目ともなれば、その際にコレット王女との婚約を一緒に為すべきと言う意見が出てな。

 国王陛下の許しも得て、急遽そのように手筈を決めたのじゃよ。」


 必要が無かったから打診しなかったと言うのだけれど、実に怪しい。

 この際、婚約を発表するって言うことは、なし崩し的に、俺にコレット王女を押し付ける気じゃないの?


 ストレートには聞けないから、遠回しにその辺を訊いてみたらば・・・。


「そなたの婚約者としてコレット王女に何か不足があるのかな?」


 と宰相から切り返されたよ。

 そう切り返されると正直返答に困るよね。


 国をおん出る覚悟で断ってもいいけれど、それもなぁ・・・。

 貴族の結婚って結局のところは見栄らしいから。


 家格に釣り合っていればいいのであって、むしろ伯爵風情の伴侶が王家一族の一人であれば仮に庶子であっても御の字なのだ。

 で、寄り親のマクレナン侯爵が俺に勧めた様に、必要ならば側室をもうければ良いと言うことのようだ。

 

 この辺は、仮に王女を嫁にもらったところで全く変わりはないらしい。

 それでも何と言うか、俺の知らないところで嫁まで決まると言うのはなぁ・・・。


 やっぱり、貴族っていうのは面倒いよ。

 結局、それ以上文句も言えず、コレット王女に招待状を出す羽目になっちゃったよ。


 俺って随分と流されていない?

 これでいいのかなぁって時々思うよ。

 そうそう、コレット王女が来ると言うことは、シレーヌ嬢辺りも警護で来るのじゃないかな?


 正客は、一応招待状の名宛の人だけなのだが、慣例としてその家族や知り合いを連れてくるのはありなのだ。

 このため陞爵の披露宴は、参加人数が明確に絞り切れないので基本的に立食になる。


 当然に招待客を護衛する騎士たちも我が家に来るのだが、そちらは精々護衛一人が会場に入るだけで、残りは邸内の別室若しくは庭園に待機することになる。

 その意味では雨が降ると待機場所に天幕を用意したりなど大変なのだが、幸いにしてこの時期の王都は乾季であり、雨はほとんど降らないらしい。


 このために披露宴会場とは別に、庭の一角にお付きの護衛達のためにグレードダウンした料理を準備するのが慣例なのだ。

 因みに万が一の場合に困るのでお付きの護衛達に酒は一切出さないことになっているし、会場内に入ることを許された警護の者は殆ど飲み食いができないのが通常だそうだ。


 披露宴の開始は夕刻からなのだが、招待客は通常日没前に来訪することになる。

 そのため、俺は玄関口でひたすら招待客への挨拶を繰り返すのだ。


 正直なところ、招待客の顔なんて極わずかな人しか知らないが、その辺は家宰のジャックと招待客のお付き侍従が密接に情報交換しており、招待客が現れるとすぐにそばにいるジャックが俺に名前と爵位を教えてくれる。

 従って俺は笑顔を張り付けながら、ロボットのように決まりきった挨拶の口上を言うだけだ。


 日没直前になって、宰相がエスコートしながらコレット王女が到着した。

 シレーヌ嬢率いる近衛騎士団も王女に同行しているが、シレーヌ嬢だけは非武装の正装だ。


 彼女だけは、会場に入り込むことになるのだろう。

 或いは何か小さな武器を隠し持っているかもしれない。

 必要があれば、いつでも彼女の得意な細剣を俺のインベントリから取り出して渡せるけれどね。


 王女と宰相が到着して、俺が先導して披露宴会場に案内し、俺の伯爵陞爵のお披露目は始まった。

 夕焼けから徐々に暗くなるこの時期、屋敷内の明かりはかなり絞っている。


 照明担当には、暗闇が増すに従って徐々に照度を上げるように指示しているのだ。

 玄関や披露宴会場のLEDシャンデリアは、左程に強い光を放っては居ないのだが、それでもコレット王女やシレーヌ嬢の衣装が照り映えている。


 予期せぬ王族がお披露目会場に出現したことで、集まった客人たちはざわざわする。

 そんな中で家宰のジャックが見事な姿勢と口上で進行役を務め、俺の挨拶から始まり、続いて来賓代表の挨拶をウェイド・ベルク・フォイッスラー宰相が行う。


「今日の良き日、リューマ・アグティ・ヴィン・ファンデンダルク卿の伯爵叙爵を心より祝うとともに、お集りの諸兄に重ねて慶事をお知らせできることを我が誉の一つといたしましょう。

 それは、・・・。

 ファンデンダルク伯爵と、ここに居わすコレット王女が国王陛下の許しを得てご婚約成されたことであり、ここに謹んで諸兄にお知らせするものであります。」


 途端に驚きの声があちらこちらで漏れ、やがてお祝いの声と共に拍手が鳴った。

 ドッキリもののご披露があったものの、その後は予定通り祝宴が進み、飲み食いも続けられた。


 そんな中で俺にコレット王女とシレーヌ嬢が近づいてきた。

 コレット王女が上目遣いで俺に言った。


「ごめんなさい。

 婚約の話はファンデンダルク卿に相談なしに進められたようですね。

 父上から裁可をいただいた後で宰相から伺いました。

 ご迷惑でしたでしょうか?」


 ウーン、迷惑にはなったけれど、仕方がないよね。

 それに当人にそのまんま正直に言うわけにも行かないし、・・・。


 俺って、協調性の高い日本人だからね。

 一度は納得したんだから、笑顔で答えるしかない。


「いいえ、そのようなことはございません。

 ただ、王女様が私を選ばれたと伺って、その点は驚きました。」


「はい、私からファンデンダルク卿ならば嫁に参りますと申しました。

 で、その結果が婚約の許しにつながりましたので私はとても嬉しいのです。

 但し、ファンデンダルク卿には今一つ私からお願いがございます。

 訊いていただけましょうか?」


「は、私にできることでしたなら。」


「当然のことながら私を貴方の正妻として迎えていただくのですが、そのほかにもここにいるシレーヌ嬢を側室として迎えてくださいませ。

 私は、これまで立場は違えど、彼女と長い間苦楽を共にしてきました。

 彼女は貴方を慕っております。

 その恋心を放置することは彼女の長年の友人として私にはできません。

 ですから、私と共に、彼女もまた受け入れて欲しいのです。

 昨夜、彼女の気持ちはしっかりと確認しました。

 彼女は、あなたさえ宜しければ父上の反対を押し切っても貴方の元に参るそうです。」


 正直なところ、俺は驚いている。

 この世界では女性からのアプローチが多いのか?


 しかも嫁になるべき人が、側室を勧めて来るってのは「あり」なのか?

 正直なところあたふたしてしまうが、ここは踏ん張らねばならないよね。


 俺の知っている数少ない女性の中では、シレーヌ嬢とは親しい間柄であり、好感の持てる人物であることは間違いない。

 であれば、今すぐに結婚を決めると言うのでなければ、結婚を前提とした交際を申し込んでも構うまい。


 不都合があればその時点で交際は止めればいい。

 まぁ、俺的には特に問題にすらならないことではあるのだが、シレーヌ嬢の場合は、この世界ではやや年増ということと婚約を解消したと言う前歴があるので、俺と交際した上で別れるようなことになれば将来的に伴侶を得られなくなる可能性が高いから、俺の責任は重大だけれどな。


 その点を含めて、俺が彼女の面倒をみる覚悟はできているつもりだ。


「正直なところ驚いてはいますが、・・・。

 シレーヌ嬢に改めてお尋ねします。

 コレット王女殿下のお言葉に関わりなく、結婚を前提として私と交際をしていただけますか。

 バイフェルン伯爵にお許しをいただけるかどうかはわかりませんが、先日のお母様の話から言えば、私はバイフェルン伯爵の設けた婚約者としての基準にも適ったのではないかと思いますので、時機を見て交際の許しを正式にいただくようにします。」


 それを聞いてシレーヌ嬢が大きく頷きながら言った。


「ファンデンダルク伯爵様、つたなき者ではありますが、私は貴方の元に参りたいと存じております。

 是非に交際をお願い申します。

 そうして私と言う女をしっかりと見ていただきたいと存じます。」


 思いがけず、背後の斜め方向から声がかかった。


「ファンデンダルク卿の寄り親として、コレット王女殿下との婚約、更にはシレーヌ嬢との結婚を前提にした交際を公に認めよう。」


 声の主は、俺の寄り親であるマクレナン侯爵だった。

 そうしてその隣にはカイゼル髭のバイフェルン伯爵も立っていた。


「バイフェルン卿、貴方も娘の門出になるのだから、祝いこそすれ不満はないだろう。

 どうだね?」


 バイフェルン卿も厳かに頷いた。


「我らがマクレナン卿の派閥に入り、なおかつ、伯爵と言う地位にある者ならば、我が娘の伴侶たるに相応しいと私も思う。

 王女殿下が正妻となる以上、側室の身分は止むを得まい。

 ファンデンダルク卿、シレーヌを頼む。」


 バイフェルン卿はそう言って軽く頭を下げた。

 やっぱり、先日の意固地な姿は親として娘を案じるものだったと合点が行った。


「はい、私にできる限りのことはなすつもりでおります。

 今後とも我が家とのおつきあいを良しなにお願い申します。」



 祝宴では、飲み物と料理が大いに話題となり、酒の入手先や珍しい料理についても問い合わせが結構なされたようだ。

 酒の入手先については秘匿するように使用人に申し合わせているし、料理については、必要の都度、説明して差し支えない旨指示していた。


 さらには徐々に光度が増して行くシャンデリアも話題に上った。

 こちらについては魔道具として説明するように言ってある。


 中には食器やグラスに興味を持った客もいた。

 確かにクリスタルグラスでこれほど綺麗な透明感を見せるものは王宮の宴にも出てこなかったし、白磁はこの世界にも無いわけではないが、濁りの無い透明感のある「白」は中々見られず、その上に綺麗に彩色してあるとなれば陶芸に興味を持つ者の目を引くのは当然である。


 更に新鮮な果汁のジュースに加え、ケーキとプリンが女性客の心をとらえたようだ。

 炭酸入りのノンアルコール飲料も女性には飲みやすいものだ。


 色合いがブルー、オレンジ、紅色、黄色と鮮やかなのも女性の心理をくすぐるのだろう。

 左程暑いわけではないが、人が集まることの熱気で多少暑くなった会場で出された冷たいジュースは驚きを持って迎えられていた。


 そうしてこの世界では果実以外に中々に出会わない甘味に出会った時に、その感激が最高潮に達したのである。

 チョコとシフォンケーキそれにプリンは、別に売っているわけではないけれど、用意した分が「完売」となった。


 更に祝宴を終え、辞去の挨拶をする時点で、ファンデンダルク家当主から土産物としてワイングラスのセットを箱入りで渡されると、誰もが笑顔を見せた。

 精緻で美しいワイングラスを誰もが欲しいと思ったのであり、それが土産物として渡されるなど誰も思っていなかったからである。


 後日、国王派の招待者各位からはワイングラスや食器類の入手について依頼と相談が相次いだ。

 それぞれ出入りの商会等を通じてワイングラスの産地を調べさせたのだが、どの商人も出所を知らず、また、その価値を非常に高く評価したので、彼らは改めてファンデンダルク卿の財力の大きさに驚いたのである。


 何しろ、屋敷も元ダンケルガー辺境伯邸だけあって敷地が広く、なおかつ改修なった屋敷も調度品も素晴らしいモノが揃っていたからであり、土地の評価額を除いても紅白金貨で百五十枚以上の価値があると目利きした招待客が居たくらいである。

 しかも後々評判になったのが水道などの設備であった。


 そもそもどのようにして細い水管の中に水が送られているのかが不明であったようだが、『お花摘み』に行ったご婦人方が傍にいたファンデンダルク家のメイドにトイレの使い方について種々説明を聞いて、それぞれの屋敷へ帰った後で、ウオッシュ*ットの素晴らしさについて滔々と語り、何としても我が家のトイレもあれに変えてくれと夫に強請ねだったのである。


 尻を叩かれた旦那は、出入りの商人に問い合わせたが誰もその正体を知らなかった。

 止むを得ず、その旦那はファンデンダルク卿に種々問い合わせることになったのである。


 そうそう、もう一つ俺への弊害らしきものがあったよ。


 婚約者の義務として30日(一月?)に少なくとも一度の逢瀬を為さねばならないらしく、その都度王宮に出向き茶会に出席しなければならないようだ。

 逢瀬で王女が王宮から出ること、つまり街中でのデートなどは当然に許されてはいないし、唯一許されている俺の屋敷を訪問するに際しても陽があるうちに限られている。


 結婚を控えた王女の義務のようなもので、王宮外での公的な催しにも王女は基本的に不参加となるのだが、これはジェスタ王国の古からの慣例なのでどうにもならないようだ。

 ついでにもう一つ、結婚(側室)を前提としたおつきあいのために、シレーヌ嬢との逢瀬も同じく作らねばならないのがしきたりのようだ。


 因みに30日に一度の逢瀬というのは最低ラインであり、俺の場合は30日に三度で勘弁してもらうようにした。

 それでも30日に6日は取られるからね。


 シレーヌ嬢とも婚約が成立すれば、彼女は騎士を辞職し、基本家に籠ることになるから、早めに側室として迎え入れてやらねばならないようだ。

 初任伯爵は結構忙しいのだよ。


 それにそのうちに派閥内の令嬢の側室話が出て来そうな雰囲気なんだが、更なる逢瀬が必要となれば日程に困りそうだよね。

 王女との婚約期間は1年を限度とするようだから、一年以内には正式な結婚をしなければならない。


 またまた、金がかかりそうだが、ジャックが既に概算での試算をしており、その額ならば余裕で賄えると取り敢えずは安心しているところだ。

 それとシレーヌ嬢の場合は側室なので通常の結婚式とは異なるのだが、それでも輿入れに際しては少なくない経費は必要なようだ。


 いずれにせよ、嫁と側室だけでもメイドが何人か増えそうだとはメイド長のフレデリカの話である。


 ※※※※※※※※※※※※


 同時期に投稿している「アルファポリス」に手違いで本日(木曜日)に投稿してしまいました。

 この際年末年始のご祝儀で1月2日まで連日投稿することにします。

 引きこもりの多い昨今、せめてもの楽しみにしていただければと願います。


 By @Sakura-shougen

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