2-7 ホブランド第二日目 盗賊?それとも刺客?

 そうこうしているうちに何となく時間が経過し、俺の時計が午後10時になった。

 その途端、時計の針が反時計回りに動き出したのだ。


 本当に「何だ?これ?」である。

 時計がこちらの世界に順応してしまったようだが、この時計近頃流行っていたAIやスマートウオッチではないぞ。


 俺が秋葉原で探しまくって買った*ASIOの海外でしか販売していないと言うレアもののアウトレットでソーラー電波時計だ。

 高度計までついている優れものなんだが、此処では少なくとも電波の受信はできてはいない。


 まぁ、仮にAI内臓のスマートウオッチだったとしても勝手に時間系を変えたりしないはずだが・・・・。

 秒針が逆回りしているのと同時に、デジタル部分の秒数が徐々にカウントダウンの方に動いているのは何となく運命を表しているようで正直言って気味が悪い。


 文字盤の数字は変わらないので、無駄に11と12の文字が残っているのだが・・・。

 まぁ、そんなことはともかくとして、どうやら俺はこの世界の時刻にあった時計を手に入れてしまったようだ。


 これも幼女神様のやり過ぎなのか?

 無事に第1日目をやり過ごした俺は、その時刻を持って、戸締りをし、照明を消してベッドにもぐりこんだ。

 王侯貴族のベッドとは、こんなに良いものなのかと思ったほどふかふかで寝心地の良いベッドであった。


  ◇◇◇◇


 俺は直ぐに眠ったはずだったが、ほどなくして暗闇の中で目が覚めた。

 チリチリと何かの警報が小さく鳴っているような気がするのだ。


 この宿に火災報知器なんぞ設置されていないのは先刻承知である。

 何だろうと思ってベッドに寝たまま周囲の気配を探っていると、出ましたよ。


 ピコーンとマップに赤い表示が10個ほども。

 それが通りに面した宿の前の道に集まっており、やがて動き出した。


 すぐに三次元マップに変わると、この赤点の者達、宿の壁を登ってきているようだ。

 俺の部屋は進路から逸れているが隣の部屋は正に進路上である。


 そうしてその上は、コレットちゃん、ザイル君とシレーヌ以下の近衛騎士一行が泊まっている部屋である。

 但し、シレーヌを含む騎士たちは、コレットとザイル君のいる部屋の両側に分かれて入っているようだ。


 配置からすると居間のような部屋に不寝番が一人、王女たちの寝室の隣に壁を隔ててシレーヌ達三人、居間の隣で王女たちの部屋と反対側に二人の位置取りである。

 この時刻ならば不寝番以外は仮眠しているのだろう。


 そうして、不審な侵入者共はまっすぐに王女たちの寝所を目指している。

 どういう理由かはわからないが拉致若しくは殺害を狙っているのだろう。


 単なる物取りが深夜4階にまで10人という団体さんで忍び入るとは思われないからである。

 俺は急いで着るものを着て、隠ぺいを自分自身にかけた上で、ベランダに出て4階にまで一気に壁を伝って昇った。


 元の世界ならば絶対にできなかっただろうが、強化された俺の身体能力は、壁に浮き出たレリーフのひっかかりがあれば、指とつま先だけ引っ掛けて、垂直の壁をよじ登ることができ、瞬く間に四階のベランダに達した。

 隣のベランダには賊の先頭がちょうど入り込んだところだった。


 俺はベランダの柵に脚をかけ、一気に隣のベランダに跳躍した。

 暗い中で距離感が湧かないものの、三次元マップで見る限りは凡そ6mほどの距離、走り幅跳びでも跳んだことのない距離だったが、俺はその距離を優に3mほども跳び越して賊の目の前にしゃがみこんで着地した。


 そのまま立ち上がりざまに掌底を族の顎にぶちかますと、ぐきっという嫌な音と共に男の身体が10センチほども浮き上がり、どさっとベランダの床に倒れ込んだ。

 その合間には二人の賊がベランダの柵を乗り越えていた。


 俺に近い方の賊の頸(くび)に向かって回し蹴りを放ち、そのまま回転しながら姿勢を低くしてもう一人の賊に接近、今度は肘撃ちを男の胸にぶち込んだ。

 どちらも骨が折れ、肉がきしむ嫌な音を立ててぶっ倒れていた。


 次の瞬間にはさらに三人がまさにベランダの柵を乗り越えようとしていた。

 俺は一瞬の判断でそいつらの前方に突き出しかけた頭部を、手と足で叩いていた。


 まるでモグラたたきである。

 余程俺の力が強かったのだろう。


 一瞬にして三人の賊どもは、ベランダの柵を掴んでいた手を放し、暗闇の空中に弾け跳んでいた。

 絶叫と共に落ちて行く三人をすぐ下の三階のベランダに居る予備軍四人の内二人がしっかりと見届け、上を仰ぎ見た。


 きっと俺の顔の輪郭が宵闇越しに見えた筈だ。

 賊10人の内、既に6人までも行動不能に陥ったととっさに判断したのだろう。


 残った4人が一斉に3階のベランダから飛び降り、下に落ちた仲間を拾い上げて闇の中に消えて行った。

 賊の絶叫を聞きつけた不寝番やシレーヌ達騎士が駆けつけ、王女たちの寝所に照明が灯された。


 そうしてベランダにたたずむ俺と、倒れ伏している三人の黒尽くめの賊の姿を見て、全員が驚きの目で見ていた。

 しどけない寝間着姿のままで剣を握ったシレーヌが言った。


「リューマ殿、何故あなたがここにいる?」


 俺は苦笑しながら言った。


「ああ、俺はたまたまこの宿の三階の部屋に泊まっているんだ。

 夜中に宿の壁を登る不審な賊どもに気づいたのでね。

 急遽俺もここまでよじ登ってきて、三人を叩きのめし、別の三人を四階から叩き落したところだよ。

 理由はわからないが、王女様達が狙われているんじゃないか?

 賊は全部で10名、此処から叩き落された三人は生きていても怪我を負っているだろうが、残り4名は三人を抱え込んで逃げて行った。

 狙いは、拉致若しくは暗殺だろうと思う。

 単なるコソ泥が10名も固まって四階までよじ登っては来ないと思うよ。」


 それから余計なこととは思いながらも敢えて忠告した。


「それよりシレーヌさん、・・・。

 部屋に戻って寝るか着替えるかした方がいい。

 そのしどけない姿に剣は似合わないぜ。」


 沸騰するかと思うほど真っ赤になったシレーヌ達がその場の見張りを不寝番に任せて、一旦部屋に戻った。

 その間に確認すると俺がぶちのめした賊三人の内二人は死んでいた。


 最初に掌底で倒した奴と二番目に回し蹴りで首筋を蹴った奴だ。

 いずれも首の骨が折れている。


 人を殺したことで多少なりとも心の痛みは感じるが、やむを得ないものとして俺は即座に憐憫の情を切り捨てた。

 もう一人は、胸部を肘撃ちで強打されて肋骨が肺に突き刺さっているが、しぶとく生きている。


 普通肺に骨が刺さっているような状況なら、日本の先端医療でも助けるのは中々難しいのだが、治癒魔法を使える騎士さんなら或いは助けられるかもしれない。

 相手の狙いを聞くならこの男しかいないことになる。


 いずれにせよ。

 その後は夜半ながらも宿の中が随分と騒がしくなった。


 近衛騎士からの通報を受けて宿の警備責任者も含めて、代官所の者が俺に事情を聴きに来たからだ。

 俺は、今四階の王女たちの居間の長椅子に座っている。


 俺の目の前には寝間着姿にローブを羽織った王女と王子が座り、左脇にはシレーヌ、俺の右には宿の警備責任者であるカイモンさんという人が座っている。

 他の騎士たちは王女たちの背後に完全装備で立っているし、知らせを受けた代官所の手の者も数名が居室に入り込んでいるのだ。


 で、俺は事の発端から説明をした。

 無論俺の特殊な能力などは省略している。


 夜中に不穏な気配を感じてベランダに出たら賊どもが通りからまっすぐに最上階である四階の王女たちの部屋を目指して登り始めていたこと。

 どう見ても正当な理由のある所業とは思われなかったので、彼らの行動を阻止すべく自分の部屋の真上の四階に登った上で、隣の部屋に飛び移り、そこで一人目を掌底で倒したこと。


 次いで4階のベランダに侵入した二人を回し蹴りと肘撃ちで倒したこと。

 更にベランダに侵入しようとしていた三人の賊を殴り落とし、蹴り落としたこと、4階のベランダから突き落とされた三人は落ちながら絶叫を放ち、この時点でシレーヌ達騎士たちが気づいただろうことを話した。


 何故、三階ではなく四階が狙いだと気づいたかなどいくつかの質問があり、温泉に入り、涼みのためにベランダに出た折、四階のこの部屋の明かりを確認していたが、三階の隣のベランダは灯が無かったことから無人と判断した旨等を説明した。

 但し、一人で三階のベランダからよじ登り、四階のベランダの隙間を飛び越えたことや賊の二人に致命傷を与え、今一人に瀕死の重傷を与えたことに関しては、誰しもが信じられないと首を振っていた。

 そもそも冒険者等の武威に生きる者達を素手の一撃で倒すことは相当に難しいらしい。


 重傷を負いながら生き残った賊の一人は騎士の一人パメラの治癒魔法により応急的な治療を施された後、街一番の治癒魔法師の手により何とか生き永らえたようだ。

 賊の背後関係については代官所で調べているが、どうやら賊どもは裏ギルドと呼ばれる闇の仕事師のようだ。


 非合法であっても金さえ積めば何でもやってのける連中のようである。

 これまで、この街ではその噂があっても犯罪の確証や姿を見たものは居らず、相手を殺害し又は捕縛したのは全く初めてのことらしい。


  ◇◇◇◇


 俺は関係者に説明している間にも、脳内マップを見ていた。

 赤の点で表示される者達を追尾していたのだった。


 彼らは市内の某所に落ち着いた。

 その場所は、マップが描かれていない宿の裏手方向に当たる。


 市内の北西部方向であり宿からは直線で約1キロ離れている。

 一方で、そのうちの一人が未だ夜半にもかかわらず動き出して市内の南部に向かって動いている。


 やがて辿り着いた場所はリューマが行ったことのない場所ではあるが、ベランダから見えそうな場所にある。

 実際に後で四階のベランダから見て、遠くに見える3階建ての建物が該当しそうなことがわかった。


 その赤い点一つは、当該建造物の三階で誰かと会っているからである。

 赤点表示される人物と同様に、リューマはその接触人物にもマーカーを立てた。


 これで、当該人物をいつでも探し出せるはずである。

 正体不明の敵性人物が接触したであろう人物を、1キロ以上も離れたところから、正体不明のまま特定できるのだから凄いチートだと思う。


 全ての説明が終わってから、リューマは王女たちの居間のベランダに出て、その方向を確認した。

 暗い中ではあるが僅かな月明かりの光芒の中で、建造物が見えた。


 その周辺に三階建ての建物が無いから間違いないだろう。

 傍にやって来たシレーヌに尋ねると、シレーヌがあっさりと言った。


「ああ、あれはフレゴルドの代官所ですよ。

三階建ての建物はその敷地内にある代官グルーアント殿の屋敷ですね。」


 おやおや、これは妙なことになって来たな。

 ひょっとして代官が黒幕か?

 一応、シレーヌに用心するように言っておくか。


「シレーヌ殿、俺は妙なところで勘が働くんだ。

 今回の件も普段なら寝ていて気づかなかった筈だが、夜中になぜか胸騒ぎがして気づいた。

 で、あの代官殿の屋敷に対して、妙に胸騒ぎを覚えるんだ。

 代官殿と決まったわけではないが、代官殿を含めてその周囲に十分注意をして欲しい。

 あるいは、今夜の襲撃は代官所の何者かが関わっている可能性もある。

 あくまで俺の勘にしか過ぎないので、証拠などはない。

 だが、くれぐれも用心してくれ。」


「ム、・・・。

 二度も恩人となったお主だから言うが、此度の殿下たちの巡視は定期のものではあるのだが、実は事前に密告情報があって、このフレゴルドの代官所に不正があるとの秘密情報に基づいた特別査察でもある。

 今日の査察では特に問題も無かったが、問題は明日の会計監査だ。

 不正があるとされているのは代官所幹部の横領疑惑なのだ。

 それにお主のその忠告、絶対に無碍にはしない。

 だが、今の話は、他には漏らさないでくれ。

 頼む。」


 そう言ってシレーヌは頭を下げた。


「近衛騎士の隊長さんが、一般人にそうそう頭を下げるものじゃないぜ。

 で、もう用事が無ければ俺は部屋に戻るがいいかな?」


「ああ、一応殿下お二人に暇乞いの挨拶をしてから帰ってくれ。

 昨日から引き続き本当にお主にはお世話になった。

 心から感謝するし、この恩はいつかきっと返す。」


 俺はそれを機に、王女殿下と王子殿下二人に挨拶をして、俺の部屋に立ち戻った。

 時間は午前の七の時を過ぎていた。


 日本時間であれば、午前3時半過ぎと言ったところか?

 まぁ、寝坊しない程度に時計にアラームをかけて、ひと眠りをすることにした。


 四の時までには、起きて食事をしなければならないだろう。

 三時間ぐらいは仮眠ができそうだ。

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