お姉ちゃんの二度目の死
お姉ちゃんの二度目の死 1
暖かい日差しを通して彩られる桜の木の下で、わたしはそいつの顔をまっすぐ
困惑した顔。情けない雰囲気。どこか明後日の方に逸れる視線。どこを取ってもダメ人間の雰囲気しかない。つくづく良い要素の見当たらない女。
「お久しぶりです」
「う、うん……」
長い髪を忙しそうに手で弄って、よそよそしい返事をされる。
「ま、まさか
「馴れ馴れしく呼ばないでください。
いまいちはっきりしないその様子に、吐き捨てるように言う。
そいつはお姉ちゃんの友達だった。お姉ちゃんから話を聞いていた時から気に食わないとは思っていたけれど、いまのわたしはこいつに怒りを覚えていた。
お姉ちゃんが事故で亡くなったのは、こいつにたぶらかされたからだ。こいつがお姉ちゃんを殺したのだと、いまでもそう疑っていた。
「お姉ちゃんの葬式の時以来ですね?」
「そ、そうだね……」
「お姉ちゃんの友達だったって聞いてたんですけどね? その割に、お墓参りにも、仏壇の前にも、一度だって来てくれなかったみたいじゃないですか」
「…………」
言い返せないのか、口元を歪ませて言葉を詰まらせた。そうして黙ったままうつむいて、静寂があたりを包む。あたりで散る花びらを除いて、まるで時が止まったようだった。
「真咲先輩が殺したんじゃないんですか?」
「え……」
「警察は事故だったって言ってたし、その時に真咲さんが一緒にいたわけではみたいですけど。でも実際は、真咲さんがお姉ちゃんにひどいこと言ったりして、そうして事故に陥れたんじゃないですか? だから、お姉ちゃんのことをなかったことにして――」
「まさかっ!」
いきなりの大声に足がわずかに退く。
そいつはあからさまにちらと横目になにかを見て、少しためらう様子を見せてから、まっすぐな髪をくしゃくしゃと掻いてつぶやく。
「私、
まっすぐな視線が、斜め上から注がれる。わたしも負けじと改めて睨み返す。
「でも実際、お姉ちゃんは事故で亡くなったじゃないですか。明らかに自分から飛び出して、車に身を投げて。そんなことあって、お姉ちゃんに一番近かった人を疑うのは当然じゃないですか?」
「鈴ちゃんさ、お姉さんがそんな弱い人間だと思ってるの?」
「話
ぎりと歯を締めながら、そいつの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
だけど目の前のそいつは、ただ眉尻を下げて哀れみを浮かべるだけだった。それはまるで、「お前はまだ姉の死を乗り越えられていないのか?」とでも語るかのようだった。
「なんで、お姉ちゃんが事故に遭わなきゃいけないんですか? お姉ちゃんはなにに対しても優秀で、とても優しい人だったのに!」
「……そうだね」
「そうだね、じゃない! あんたが代わりに死ねば良かったんだ!」
溜め込んだ悪意で、口元が歪む。
わたしは被害者だ。ここで一発殴っても許されるだろう。
そう思って拳を振り上げたところで、いきなり頬を強くはたく感触が生まれる。
不意を突かれて、そのまま地面に尻もちをついた。ただ見える人間に頬を張られただけだったならば、これはあまりに大げさだったかもしれない。ただ、わたしの頬を張ったものは、どこにも見えなかった。
目の前のそいつがわたしに手を上げた様子はない。代わりに、突然そいつが見えないなにかを掴む。
「令、やめて! 自分の妹でしょ? 私、大丈夫だから……」
見えないなにかを見つめて、突然そう叫んでいた。
どうしてここで、お姉ちゃんの名前を呼んだのだろう。こいつには、なにが見えているのだろう。
こいつのただの思い込みにしては、先ほどの出来事を説明しようにない。まさか、お姉ちゃんの幽霊がそこにいるのだろうか。
背筋がぞっとする。ふと1年半ほど前のクリスマス前の「pine騒動」を思い出す。
突然無料配信された『pine』という曲がわずか数日で社会現象レベルの大ヒットを起こした数日後、ToritterなどのSNSに「幽霊を見た」「ポルターガイストが発生した」などの心霊現象に関する書き込みが約五十万件にものぼって相次いだ。ちょうどその頃、『pine』を歌った有名アーティストやその関係者が次々と不審死したニュースもあり、それは強く印象に残っている。
その話題は確実に、全国規模でパニックを起こした。怯えるあまりに不登校になった生徒や、追い詰められて自殺未遂を起こしかけた生徒、「室内にまんべんなく市販の塩を撒けばポルターガイストから
正直、わたしは幽霊などいるわけがないと思いこんでいた。お姉ちゃんが亡くなったあと、結局一度だってわたしの前に現れてくれなかったから。そう思わないと、あまりに耐えられなかった。
「あっ、ごめん……鈴ちゃん、大丈夫?」
そいつがなにかから手を離して、その手をそのままこちらへと差し出す。
わたしは反射的に大げさにその手を振り払い、スカートも払わず背を向けて一目散に走り出した。
あいつが突然呼んだ、お姉ちゃんの名前。
浮かんだ結論を前に、それを受け入れるのを拒む。
幽霊としてそこにいたお姉ちゃんが、妹のわたしの頬を張った。つまり、そういうこと。
わたしはそれを信じたくなくて、懸命に頭の中から振り払おうとした。
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