E108(イロハ)
桧馨蕗
Eイロハ
西暦XXXX年。世界は地球のみならず宇宙にまで進出していた 。世界の人口が増え、地球に収まりきらなくなったのだ。人間の寿命は延び、世界の健康寿命は平均百八歳となっていた。世界各国の人口が増える中、一国だけ異質な国がある。それは日の国、日本である。日本は世界の人口が増えているのにもかかわらず減っていた。しかし、それに反比例するように優秀な人材が現れ、世界で活躍している。数年前にはノーベル賞の約半数を、日本人が占めていた事があるそうだ。
そんな異質な国日本に私は帰ってきた。実に二十年ぶりの帰郷である。宇宙ステーションから、日本までは、約四時間かかる。昔は宇宙へ行くのにも、地球へ戻るにもロケットというものを使っていたらしいが、酷く時間がかかるものであったらしい。詳しくは知らないが宇宙から帰ってきたら立てなくなっていた人間もいるらしい。
閑話休題。
私は日本で生まれ十歳の頃に日本の管理する宇宙都市ミライのとある施設へと移った。なんでも私はIQが他の同年代の子どもより遥かに高かったらしい。そこは、私と同じような子供がよりハイレベルの教育を受けるための施設であった。私が八年間暮らしいていた都市は世界の最先端の技術の結晶が集まったような所であった。新幹線をモデルにしたスペースミライはどんなに遠い所でも十分でつく。交通の便がとても良かった。また、娯楽の面では、娯楽専用の施設があり、そこには世界各国の様々な娯楽が集まっている。映画はもちろん、本、音楽、ゲームセンターからゴルフ場まで揃っている。中高生時代はよく友人と学校帰りに遊びに行ったものだ。その後私はさらなる教育を受けるためアメリカが所持する宇宙都市へと移り大学へ進学し、そこで就職した。そんな私はこの度、仕事の関係で本土に戻ってくることになったのだ。私が務めている会社の、日本支部で支部長を務めることになったのだ。
約四時の旅を終え、本土に着いた。二十年ぶりの本土は私の記憶よりも発展しており驚いた。と言っても子どもの頃の記憶であまり覚えていないのだが......。
「あの...、あの...。」
それにしても迎えが遅い。時間を間違えたか。午後三時に迎えが来るはずだ。しかし今はもうその時間から一時間はすぎて午後の四時十五分になる頃だ。
「あの!」
突然どこからが大きな声がした。その声は幼く、男と女の判別がつかない声だ。声の主に目を向けるとそこには一人の子どもがいた。
「「..................。」」
私達は暫く無言で向き合っていた。恐らく五分間だろうか。いや、もしかしたら実際にはもっと短かったのかもしれない。
「あなたがボクを買ってくれる人ですか。」
赤と緑が綺麗に混じっている珍しい虹彩のおめめと愛らしい容姿をフル活用したような上目遣いの子どもからとんでもない言葉が聞こえてきた。
アナタガボクヲカッテクレルヒトデスカ。
え......。
カッテクレルヒト。
カッテ。
カッテ、かって、 勝って、狩って、飼って.........買って?!
聞き間違いだろうか?いや、うん。そうだ!聞き間違いに決まっている!きっと「あなたのお洋服綺麗ですね。」を聞き間違えただけだ。こんな可愛らしい声から“買って”なんて言葉が出るはずがない!
「ごめんね。もう一度言ってくれるかな?」
そうだ聞き間違えたに決まっている。私はにこやかな笑顔で問いかけた。
「えっと...あなたがボクを買ってくれる人ですか。」
聞き間違えではなかった。どうゆう事だ。日本は世界一安全でクリアな国ではなかったのか。日本はいつからこんないたいけな可愛らしい子どもが身売りしなければならない国になってしまったのか。
詳細を聞こう。そしてこの子の為にできることをしよう。
そして私とイロハ(E108。通称イロハくんというようだ)は人気のないところに移動した。移動の間彼は戸惑っていたようだが、着いてきてくれた。
ここなら人通りも少なく、静かなのであち着いて話を聞くことができるだろう。膝を折り、彼と目線を合わせる。私は大きく深呼吸を二回した。よし、覚悟は出来た。ドンと来い!改めて詳細を聞くと先程の発言よりも衝撃が強い言葉が発せられた。
「XXXXX様ですよね?この度はボクのお買い上げありがとうございます。ボクは健康体なのでXX様の息子さん方に無事適合すると思います。脳が十万円、眼球が二つ合わせて五万円、肺が十万円、肝臓が八万円、腎臓が六万円が二つなので十二万円。合計四十五万円のお買い上げありがとうございます。」と、笑って言ったのだ。
彼が放った二つ目の大きな爆弾はふじ爆破し、私にさらなるダメージを与えた。
私たちは再び移動した。今いる場所は私が来週から支部長として務めることになっている会社が社員に貸し出している社宅だ。
彼の発言から察するに今の日本は大人になれる子どもとなれない子どもがいて、なれない子どもは生まれた時に弾かれるらしい。そして、なれない子どもは大人になれる子ども達のもしもの時のドナーとして登録、成長されられ十二歳になるまでにドナーとして出荷されるらしい。そしてその大人になれない子ども達は洗脳をされるらしい。
『あなた達は、《選ばれた子ども》である。《特別な子ども》だから体の弱い子の為に中の物を与えるのだ。そして誰よりも早く天上に御座す父のもとへ向かい穏やかに暮らせるのだ。そこは一年中温かくて彩り溢れる花や鳥、動物がいて、まさに桃源郷のような所である。あなた達は《特別》だから誰よりも先に行くことができるのだ。』と洗脳されているのだ。なんて恐ろしい。日本はここまで腐っていたのか。日本は、この国はおかしい。おかしいのだ。こんな狂っていることがあっていいものか。命はどんな生物でも同等に等しいものだ。大人になってはいけない子どもなんて存在してはならない。子どもはみな大人になる権利があるはずだ。私は日本という国が、政府が信じられないものであると知った。
私は彼に伝えた。この国はおかしい!君は洗脳されている!君は大人になってもいいのだと。私と共に逃げよう。と、言った。少年は何が何だかわからない様子で微かに頷いた。少年の目には戸惑いが浮かんでいた。
私は一刻も早く行動するべきだと思い、戸惑っている彼を私の部屋がある社宅に連れてきた。今は、洗脳されているだけで、洗脳が解ければ彼は私にきっと感謝するはずだ。目を覚まさせてありがとうと。
社宅に連れてくる時にある男にであった。ちょうどコンビニからの帰りで共同玄関で鉢合わせたのだ。私は彼にこれまでの経緯を説明した。説明すれば協力してくれるという自信があったのだ。彼は私の先輩で、宇宙都市ミライにある学び舎からの付き合いでとても尊敬できる素晴らしい人なのだ。真面目で正義感が強く、人情に厚い。いつも私たち後輩を纏めてくれた素晴らしい先輩なのだ。案の定、先輩は私たちの事情を説明すると協力してくれた。そして私たちはそのまま先輩の部屋で夕食をご馳走することになったのだ。イロハも嬉しそうに食べていた。部屋に戻る際にはイロハが着る服をくれた。私たちはそれを有難く頂戴し、部屋に戻った。
私は今、イロハにドライヤーをかけているところだ。彼の髪は一本一本が細く滑らかでまるで黒いシルクのような髪だ。表面を撫でるとツルツルとして気持ちが良い。
呼び鈴がなったのはドライヤーをかけ終わり二人でまったりしている時だった。きっと先輩だ。後で私の部屋へ来ると言っていたのだ。ドアを開け、先輩を招き入れようとすると先輩だけでは無いことに気がついた。
「XXXXXさん。あなたが本日保護された児童についての件です。保護していただき、ありがとうございました。後はこちらにお任せください。」
黒いスーツをサングラスを付けている人のうちの一人が淡々と言った。
どういうことだ。政府の人間ではないか!どこから漏れたのだ。ハッとして先輩を見る。先輩は顔を背けていた。
「もしかして、先輩が......。何故、先輩が!」
「私は上司として部下の不審な行動を上に報告しただけだ。」
裏切られた。信じられない。先輩も国と同じように腐っていたのか?!
「どうしたのですか!なぜあなたのような素晴らしい完璧な人がそちら側に着いているのですか!」
「............。」
先輩は何も答えない。もしや、先輩も洗脳されているのか?絶対にそうだ!そうでなければおかしい!
私は政府の人間に言ってやった。
「お前達は人間として最低だ!こんな子どもに洗脳して酷いことをしようとしている!お前達は鬼だ!もはや人間では無い!感情というものが無いのか!あるはずがないだろうな!もし、あったのならこんなことにはなっていないはずだ!お前達は人間の屑だ!人間としての恥ずべき行為をしているという自覚がないのか!ないからこんなこと酷いことができるのだろうな!お前達は悪だ!先輩にも洗脳して操っているのだろう!お前達は人類史上最大の精神異常者だ!人間を辞めた奴らめ!」
「...............。」
政府のヤツらのうちの一人が右手をあげた。それを合図に周りにいた黒服が私を取り囲みイロハを捕まえようと手を伸ばす。私はその手を弾き、イロハの手をしっかり握り走り出した。後ろから五、六人の黒服が追いかけてくる。
(何とか撒かなくては!)
しばらく走っていると人通りの多い所へでた。そこは商店街のようだ。学校が終わり、放課後を満喫している生徒や仕事終わりの社会人で溢れかえっていた。確か、このまま商店街を抜ければ停留所へ着くはずだ。
私はイロハの私よりも二回り小さな手を強く握り直し、走り出した。人が多いからか、上手く進むことが出来ない。しかしそれと同時に黒服達も私達を思うように追いかけることも出来ないだろう。
人波に流されながら何とか商店街を抜けることが出来た。途中でイロハの手を離しそうになってしまう事があったが、その都度イロハの手を強く握り直した。捕まってしまえば私もこの子も終わりだ。私は決して彼を離さぬように手を握った。
商店街を抜けた所にある停留所は、今の時間ほとんど人がいない。ちょうど帰宅ラッシュが終わったあたりの時刻だからだ。
私たちがバスを待つ間雪が降ってきた。初雪である。降り始めた雪は、ふわふわとまるで綿毛のように私たちの周りを漂う。イロハがふと手を伸ばした。その手の上に綿毛がふんわりと乗った。私は彼の頭を優しくひとなでし、彼の両手をぎゅっと握った。
しばらくするとバスが到着した。そのバスは昔ながらの古いフォルムでどこか懐かしさを感じる車体であった。車内に乗り込むとより一層懐かしさが感じられた。
「私たちがこれから行くところは実際にあるかどうか分からない所だ。噂では、このバスを終点まで乗ると辿り着くらしい。そこは私たちのような人達の味方で、その都市にはいってしまえば政府の役人達も追っては来れない。君の事も保護してもらえるだろう。」
イロハの目をしっかりと見つめ私は言った。
「.........ボク、最初はどうしてこんなことするのかなって思ってたの。XXXさんがボクに大人になってもいい、逃げようって言った時、なんでっておもったの。でもね、嬉しかったの。」
彼は俯きながら言った。
「ボクね、変なんだ。みんなとおしゃべりする時にね、自分のなりたいこととかやりたいことをおしゃべりするの。みんなはね、早くお空に行きたいんだって、でもボクはね、大人になってみたいなって思うの。施設にいる先生達みたいに大人になって暮らしてみたいの。」
「うん。」
「だからね、ボク、大人になってもいいって言ってくれた時、嬉しかったの。ボクでも大人になってもいいのかなって。もしもね、大人になってもいいならボクは大人になりたい。」
彼は顔をあげ、そう言った。
「ああ。大人になるために一緒に行こう。」
バスが到着し、扉が開かれた。
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