第9話 地球降下作戦

 ささやかなざわめきが起こる。

 艦長は話を続けた。

「色々と聞きたい事はあるだろうが、前もって言っておくと、計画に好意的な国の首脳クラス、国際報道機関、或いは世界各国の人権団体等に助力を願い、実行への現実的な手続き、根回し等は十分に進んでいる。その辺は心配しないでもらいたい。ただし、以前から受け入れの拒否を示唆している国もあり、地上帰還船が安全飛行空域に達する前に領空圏侵犯等を理由にして撃墜される可能性も無い訳では無い。そう言った前提を踏まえた上で、君らに問いたい」

 艦長はそこで間を取った。

 隣のサカガミがゴクリと唾を飲みこんだ。

「地球に降りる意志はあるか?」

 艦長は僕らひとりひとりの顔を見渡しながら言った。

「可能なんですか?」

 サカガミが聞いた。

「一週間後、メディアにへのリークと同時に地上降下作戦強行を議会に通達する。おそらく地上は混乱するだろう。残念ながら故郷に降ろしてやる事までは出来ないが、この機に乗じてどこかの国の名簿に潜り込ませる。その際は可能な限り、行き先についての希望を叶えよう。他に質問は?」

「何故、強行なんですか? 議会の決定を待つ事は、もう出来ないんですか」

「管理業務に就いて見て分かったと思うが、このステーションは既に規定の人員を超過している。このまま行けば半年と待たずに食料が尽きる」

「食糧の自給が間に合わなければ、地上から送ってもらえばいいのでは?」

「その申請はすでに一年前から続けていたが、今から二ヶ月前、正式に却下された。自分たちでどうにかしろと言う訳だが、無理な話だというのはもう分かるだろう? 我々に選択肢は無いんだ」

 食べるものが無くなる。

 その現実に誰もが口をつぐんだ。

 なるほど、と僕は思った。

 それなら艦長が急ぐ理由も解る。

 教官たちが秘密裏に動いていた理由も。

 食料がなくなると言う情報が流れれば、それだけでステーションの中は混乱に陥るだろう。

 事実を告げ、なおかつ混乱を避けるには、希望を持てる解決策が必要だ。

 危機的状況に追いつめられて、艦長も意を決したのだろう。

「こういう状況だから、今回、地球に降りる意志のある候補生は可能な限り全員降ろす。忙しくなる。後から言おうと思っていたが、降りようが降りまいが、君達には作戦の決行まで準備を手伝ってもらいたい」

 エリザの顔が頭に浮かんだ。「地球になんか、降りないよ」と言っていた時の彼女と、子供のように「帰りたい」と泣いた時の様子が交互に浮かんだ。

「俺、降ります」

 サカガミが最初に手を上げた。

「手伝いますよ。何でもやる。だから、地球に降ろして下さい」

「俺も」

「私も」

 釣られるように、他のみんなも言い出した。

 沸き立つ一同を、一歩引いた所で見渡しながら、どうしてそう無邪気に希望を持てるのだ、と、僕は不思議でならなかった。

 結局、僕以外の全員が地上への帰還をその場で希望した。


 他のメンバーが降って沸いた新展開に歓喜の熱を上げているのを尻目に、僕は教官室を離れて通路を流れていった。

 そこへ艦長が僕を追いかけてきた。

 並走するように空中を流れてくる。

「君は降りないのか?」

「行っても、僕の居場所はありませんからね。サカガミのように楽観的にはなれない。もし、ここに居られたら邪魔だと言う事なら、そうしますけど」

「そんなことは無い。居てくれれば、それは助かるさ。君は有能だからな」

「なら、問題はありません。ここに居させて下さい」

 僕がそう言うと、艦長は短く唸り、顔をしかめて胸の前で腕を組んだ。

 かと思うと、僕の肩を掴んで、その場で静止させた。

「本当にそれでいいのか?」

「僕は構いません。ただ、疑問はあります」

「何だ? 言ってみろ」

「どうして本当の事を言わないんですか?」

「本当の事?」

「僕らは捨てられたんだ。百年前、地球は深刻な食糧危機に直面していた。僕らは、口減らしとコールドスリープの実験用モルモットを兼ねた都合のいい存在として、金と引き換えに」

「なぜそう考える?」

「両親が話していたのを聞いたんです。残念ながら、内容は全て理解出来たし、今でもはっきりと覚えています」

「確かに、あの計画にはそういう一面があったと言う話だが、それは」

「分かってます。昔の事だし、計画に艦長が関わっていた訳じゃないし、こんなこと言っても仕方ないって事は。でも、あんまり皆に地球に対して期待を持たせるのも、気の毒と言うか」

「どういうことだ?」

「僕らはしょせん捨てられた子供じゃないですか。みんな、その事を知らないみたいだけど、地球に降りれば事情に通じている人達にも会うでしょう。しかも地球降下作戦を強行する。地球に降りた後で事実を知って落胆、失望する奴も多く出てくるだろうし、なにより、面倒事を抱えた孤児を手放しで迎え入れる社会なんて、ありませんよ」

 肩にかけられた艦長の手から強い握力を感じた。

 その時の艦長の目は、今まで見たどんな人間の表情にも当てはまらない何かを語っていた。

 余計な事を言ってしまったかな、と少し後悔する。

 ふっ、と艦長の手が緩んだ。

「作戦までまだ時間はある。考えが変わったら、いつでも言ってくれ」

 ここは、礼を言うべき場面だろうかと考えたけど、答えの出ない内に艦長はもと来た通路を戻って教官室の方に飛んでいってしまった。

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