美しく、ちょっと変わった姫君たちの話
花房牧生
第1話 灰かぶりとあだ名されたお姫様
ぼーんぼーんと時計がなったら
夢のようにすべて消えてしまう
……でも、残るものだってあるはずだわ
1
「冗談じゃないわ」
姉はバンと足で地面を蹴りました。
「ご存じ。今日あの子は道で訊かれたんですって。好きな食べ物はなにかって。
すると答えたそうですわよ。パンの耳、イモの皮の塩ゆで。腐ったヨーグルトに三日前のシチュー!」
編み物をしていた母は手を休めて首を傾げます。のんびりした仕草です。
「まぁ。あの子ったら……大根の葉っぱを忘れているわ」
「違うわッッッ!! お母様お分かりにならないのっ、あの子は今日も自分はいじめられてるって吹聴してまわってるんですわ!!」
母はなおも首を傾げました。
「あら、でも、どうして? あの子は本当のことを言っているだけよ。お父様がいらしたころから、食卓ではあの子だけ違うものを食べていたでしょう」
「だからっ、このでっかいお屋敷で、そんな貧乏ったらしいものを好きこのんで食べるやつがいるなんて、普通、思いますかっ?! 結局、継母があの子をいじめてろくなものを食べさせないんだなぁって、普通の人は思うんです! やつの嗜好の異常さに気づく人なんて、いません! お母様、私たちの評判は町の人の間では最悪なんですよ、お前もよ!」
指さされた妹はうるうると涙を浮かべて口を手で押さえます。賢そうな姉に比べて優しげな顔つきの妹でありました。
「ひどいわ……連れ子だってだけで肩身が狭いのに……そもそもあの名前で呼んでくださいって言ったのはあの子よ。まさかこっちでは『灰かぶり』って意味だなんて、知らないじゃない! 私、学校の子に『ほんとの妹じゃないからってひどい呼び方をするんだね』なんて目で見られてしまったのよ。しかもあの子、私の鞄を持ちたがったりとかぼろ服を着たがったりとか、自分で足すべらせて転んだのに『お姉さまのせいじゃなくてよ』なんて言ったりするもんだから、私、妹をいじめるのはやめたらどうって言われたりするの。だ、誰もあの子の趣味が暖炉の掃除だって信じてくれないのよ!」
「えぇ、好きで残飯喰ってる貧乏趣味の食い意地の張った娘だなんて、古着の方が落ち着くってゾーキン着込んでるような奴だなんて、『私って可哀相』話をするのが大好きな根性腐れ系の女だなんて、だれひとり思ってやしなくてよ。私たちをのぞいては……私たち、意地悪姉妹って言われているのよ、お母様」
「まぁ……」
今度は母は目を見張りました。
なんともテンポのずれたひとです。
「どうしてなのかしら」
「だぁぁーーかぁぁーーらぁぁぁぁーーーーー!」
「なにを大声出していらっしゃるの、お姉さまがた」
突然後ろから声が聞こえてきた声に、姉は悲鳴を上げてしまうところでした。
それは、ぼろを着た美少女でした。ミルクのように染み一つない、完璧な白い肌。これだけでも美貌三割増なのにこの娘は、長い睫毛にふちどられた大きな青い目をしている。つんと可愛らしく尖った鼻、優しげな笑みをたたえたピンク色の唇。ふわふわと天使の砂糖菓子のような繊細さで頭をかざる金色の髪。小柄ですんなりとした体つき。
まるで天使か人形のような少女でした。ただし、ぼろを着込んだ。
少女ははかなげに口に手を当て、かなしげにうつむきます。
「楽しげに話してらしたけれど……やっぱり私はまぜていただけないのですわね……いいんですのよ、私面白いことも言えないおばかさんですもの。ごめんなさい、お姉さま」
姉はぎりぎりと歯を噛んだ。
この少女は悪気はないのかもしれません。しかし、悪気なく社会的評判をこっぱみじんにされたのでは、むしろ悪気や悪意に満ち満ちてやってくれた方がましというものでした。
この少女、つまりシンデレラは人前で絶妙に謝るのが得意でした。悲劇的に青ざめた顔で、心底反省しているといった様子で、悲しげに涙をこらえながらごめんなさいと言っているのを見た人は、必ず「許してあげなさいよ」とたしなめるのです。いきなり謝られてぽかんとしている姉に、眉をひそめながら。
もはやそれは謝罪という名の暴力でした。
「まぁ、刺繍をしてらっしゃるの」
シンデレラは妹の手の中にあるものをのぞきこみました。
「まぁ……なんてお上手なの。森の中のタンチョウヅルが孤高を保ちながらもひそやかに火とのぬくもりを求めている……そんな悲しい様子が私の胸を引き裂くかのよう。おお、お姉さまは天才だわ。針と糸でこれほどまでの叙情を醸しだすことができるなんて。ああ、私は自分が恥ずかしい。私の刺繍なんて児戯もどうぜんだわ。お遊びだわ。ごみだわ」
姉は鼻にしわを寄せます。妹の刺繍の腕ははっきりいって、へたくそでした。ちょっと裁縫のうまい十歳児だってここまでゆがませることはできないだろうというほど。糸は予定位置を大幅にずれて縫い込まれ、タンチョウヅルどころか鳥科に属するのか犬科に属するのかすら定かでない生命体を描き出している。
それに比べてシンデレラの刺繍の腕は、ちょっとした売り物レベルでした。この前のレース編みなど地獄の業火のような執念でもって編み込まれたのだろうと思うと、姉は怖気をふるったものです。
ですがこの娘は「お姉さまの作品にくらべると恥ずかしくて見てられない」などと口走って自分の作品を暖炉にくべてしまいました。
その立ち回り、見事というしかありませんでした。あれでふたりの姉は『妹の才能に嫉妬する姉』という属性まで手に入れてしまったのです。シンデレラが『この服はお姉さまが似合うと言ってくださるの』などとぼろ服を見せびらかすことによって「妹の美貌に嫉妬する姉」の称号はもはやこの身を離れないと言うのに。
「どうせ私はへたくそよ、放っておいて頂戴、あっちに行って!」
妹はヒスを起こしてわっと泣き叫びました。するとシンデレラは
「……お姉さまを悲しませるなんて私はなんてひどい妹なんでしょう。いつになったら私、気に入っていただけるんでしょう。毎日がんばっているのに、なのにどうしても……きっと努力が足りないんですね」
なんて言うのでした。
姉はなにかぴりっと気の利いた切り返しを探すのですが、そんなものはどこを探しても見つかりません。
姉妹の会話はいつもながらかみ合うことがありませんでした。
「まぁ、二人ともケンカをしないで。ねぇみなさん。今日はすばらしいものが届いたのよ。ほら、見てご覧なさい」
母親の手にあるのは、豪華な飾りのついた便せんでした。
「まぁ」
「……招待状!?」
「そうですよ。お城の王子様が、理想的な妻をさがすといってね、舞踏会がひらかれることになったのですよ」
幸せそうに微笑み、母は娘たちを見つめます。
姉は冷静に頭の中で計算しました。
この国の王子といったら、スポーツは堪能だが勉強はからっきし、だけど女は三度のメシより大好きだって評判のぼんくらでした。しかも、ものすごい意地悪だと評判の美貌の王母さまと、それに立派に渡り合うだけの頭脳の持ち主の王妃様がついている。
ふたりの女は王子べったりで常に彼のご機嫌をうかがい、競い合うようにプレゼントを贈りまくっている、と。 また、この国の王は貴族以外の人間などいないと堂々と放言するほどの青い血信奉者、趣味は外征。王室の金庫は王の道楽戦争の費用と二人の女のドレス代と王子の趣味の賭事のせいで常に空に近い、と。
王家に嫁入り。姉にはかなりシビアな荒行に思えます。
この国が広いとはいえ、そうそう王子妃に相応しい女がいるとは思えません。神経が太く、心臓が強く、やや鈍感で、しかし頭は悪くない。そんな女でなければ。
「素敵ですわね……私、一度お城に行ってみたいと、思ってましたの……」
金髪をきらきら輝かせながら夢見るように言う。みごとな美少女っぷりでした。服が変なことをのぞけば。
そして姉はにこっと微笑みました。
「あなたならきっと、王子のハートを射止めることができると思うわ」
「まぁ、お姉さまったら……いやよいや、嬉しがらせないで。心にもないことをおっしゃるのはやめて、期待してしまいます。残酷です」
このアマ、と握る手は後ろに隠します。
「心にもないだなんて、とんでもないわ。私、あなただったらきっと王子の目に止まるだろうと確信してすらいるのよ。うちから輿入れすることができたら、あなた、これはすごいことだわ。
……ねぇふたりもそう思うわよね。思うわね。思うはずよ。つーか思え。
シンデレラ、あんたは絶対に王族の仲間入りをするのよ、そうして遠いところで幸せになってちょうだい」
思わず本音が口からだだ漏れになる姉でした。しかしシンデレラは、気づきませんでした。目をうるうるさせて姉に近づいていきます。
「お姉さま……お姉さまはわたしのこと、そんなに思ってらしてくださったのね……」
「もちろんだわ。私の胸の中を開いて見せてあげられたら、と思っているわ。ねぇシンデレラ。あなたならきっと」
母は優しい笑みをたたえながら考えていました。
うちの子供たちったら、笑顔に凄みがあるわ……。
2
舞踏会は、着飾った娘たちであふれかえっていました。
赤、ピンク、紫、白、ベージュ、青、水色、藍、緑、さまざまな色をしたドレスをきた娘たちが綺麗な声をたてて笑い、王子の気を引こうとしています。
王妃が派手なドレスを好んだため、レースをふんだんに使ったふくらんだドレスが大流行していました。全身に薔薇をあしらったり、リボンでぐるぐるまきにしたり。髪はくるくると巻いて、まるでおいしそうなパンのようなありさま。
また、パーティには若い文官武官たちもおとずれていました。年頃の娘と息子たちが集まる、それはまるで国が主催するお見合いパーティでした。
「いやだわ、値踏みされているみたい」
されているのよ、と妹に言われて姉は鼻にしわを寄せました。
姉はじっと己の胸を見下ろします。
見下ろせばドレスを押し出すような見事な胸ですが、実のところあんパンでした。パットでなくてあんパンにしておけば、腹が減ったとき助かると、経済観念のしっかりした姉は考えたのでした。
て、助かってどうするんじゃい、と自己ツッコミにも精彩を欠く姉でした。
妹を見ると、小柄で丸い頬をした……子供が無茶な化粧をして迷い込んだような様子をしています。このチークだけでも止めてやれば良かったと思わずにはいられません。丸く丸く塗っているせいで、まるで魔よけです。
そう考える姉の方も、妹からは「お姉さまって化粧がへただわ。眉がごんぶと、まるでノリじゃないの。身体つきが貧相なんだからもっとレースをつかった流行のドレスにすればいいのに、いやに主義主張があるせいで言うことをきかないんだから、こんな目に遭うのよ」などと思われていました。
そしてシンデレラ。
彼女はパーティに来る途中ネズミを拾ったり道で吐いている婆さんを助けようとしたり、とはた迷惑な行動に出たので置いてきたのでした。
「靴……靴を貸してくださらないか」
なんて頼んでくるあのお婆さんの怪しさときたら、不審者以外の何者でもなかったのに。まあ可哀想に、なんていい子面を知らない人にまで発揮するから出遅れるんだ、と姉はすっかり気分を害していました。
パーティの主賓である王子は、たくさんの娘たちに囲まれています。見ると、なんだか大したことないなと思えました。ロール型になった髪型が、変。服の趣味も、変。鼻の下の伸びる笑い方が変。
後ろにいる満面の笑みの王妃がそっくりな顔をしているあたりなど、血族で披露してるギャグか? といった次第。鼻のかたちに強い遺伝を感じます。
下手に嫁入りしてあの母親に人格も学歴も否定されるくらいなら、下町で宿屋の女将になった方がましじゃないかしら。そう考えてため息を付きます。
そして――――
入り口の方で悲鳴のような声が上がりました。パンプキンパイを食べていた姉も、パンにかじりついていた妹もそちらを見、絶句しました。
そこに立っていたのは、シンデレラ。
姉は卒倒しそうになりました。姉を支える妹は、そのせいで自分が卒倒するタイミングを逸しました。
(なんで、なんであんた下働きの格好してんのよ………!!!!)
シンデレラはメイドの格好をしていました。屋敷できていたドレスは白一色で、飾り気なく、リボンも宝石もついていない、しかし趣味がよくて、ひっこんだ腹ときれいに伸びた背筋、まるみのある腰、細く長い足をしていなければ人前に出ることも許されないような、値段も品質も良いもののはずでしたが。
今来ている紺の短いドレスに白いエプロン、レタスのようなヘッドドレスは……
(どこで調達してきた!! しかもその、靴!!!)
シンデレラの小さな足は、すけすけのガラスの靴をはいていました。足指までみえるあの透明な靴はなんのつもりでしょうか。ガラスの靴といえば響きはいいけれど、中身の見える靴というのはいただけません。シンデレラの足が綺麗なのは見るものからすれば幸運でした。
「申し訳ありませんわ、遅れまして」
そしてシンデレラは主役のように堂々とそんなことを言って、にっこりしました。その笑みにとろけるような魅力を感じて男たちが膝くだけになります。
たとえぼろをまとっていても、美人は美人だという、シンデレラは生きた見本でした。全身に花をつけた高価なドレスを身につけた娘より、国に一着しかないような百ものダイヤモンドをあしらったドレスを着た娘より、メイド姿をしたシンデレラの方が、美しかったのです。
そして、シンデレラのもとに王子がやってきます。
「メイド姿のそなたは美しいが、ドレス姿のそなたも見てみたい……今度送ってもよいか?」
「ええ、もちろんですわ王子殿下」
婉然と笑むシンデレラ。続いて同じ娘と踊ることは礼を失した行動でしたので、次の娘の手を取ったのですが、気もそぞろに壁に立つメイド姿の娘を気にしています。その執心を感じ取った娘がシンデレラをつきとばしましたので、シンデレラは大きな悲鳴を上げて転びました。
すると周りにいる男たちがぞろぞろと手を伸ばして彼女を助けるのでした。
「ええ、わたくし……ここに来る途中、困っていらっしゃるおばあさまに行き当たりましたの。その日の食べるものもなく、病気の家族がいらっしゃるとのことで……わたくしにできることがあれば、とドレスも宝石もなにもかもあげてしまいましたの」
その心が美しい、と言われてシンデレラははにかんで目を伏せます。
「お恥ずかしいわ。わたくしなんて、気の利かない娘ですもの。このような晴れがましい場所で、きっと恥をかくだろうと言われておりましたのよ」
男たちの中でもっとも派手な言葉を投げかけるのは王子その人でした。
「シンデレラ、あなたは美しいよ」
「まぁ」
シンデレラは夢見る瞳で王子をくいいるようにみつめます。
「お優しい方ですのね、王子様。わたくし、あなたのことを……いいえ、なんでもありませんわ。身に過ぎたことを望むわけには参りませんもの、私、ちゃんと分をわきまえておりますのよ……」
「やりやがったやりやがったやりやがった」
「お姉さま、繰り返さないで頂戴。怖くて仕方がないわ!」
妹に言われてようやく姉は口をつぐみました。しかし……、
「なんて、すごいのシンデレラ……! あのわざとらしい悲鳴、王子のそばからはなれない図々しさ。自分が最も可愛く見える角度で相手を見つめるあのテクニック……あああ! 見ててイライラする!」
「お姉さまったら。シンデレラに王宮入りすすめていたくせに」
「だってここにきて思ったんですもの。あの王妃、ほら。シンデレラのこと凄い目で見てるわ。王子に近づくものを食い殺しかねないものね、あれと同じ家庭に入るかと思うと私、ロイヤルファミリー入りなんてふるふるごめんだわ!」
「うわホント怖い顔……、因業婆ってかんじだわ」
「きゃあ、あれ見て頂戴!」
姉妹は見ていました。王子と夢中になって喋っているシンデレラの頭に、ケーキがふってきたのです。パンプキンの形をしたまるくて巨大な可愛いケーキでしたが、シンデレラは直撃を受けてクリームまみれになりました。
「まぁ! なんということかしら。ごめんなさいね、切り分けてあげようと思ったのだけど」
そうわざとらしく口を押さえるのは王妃でした。王子は母とシンデレラを見比べて、シンデレラを心配する言葉一つ吐きはしません。
明らかにわざとでした。
そしてシンデレラは、つかつかと王妃のもとに近寄っていきます。誰もが息を飲みました。
手を伸ばし、王妃の手をつかみ、そして
「お怪我は、ございませんでした……?」
優しげな、心をとろかすような声でシンデレラは問いました。
は? と王妃は止まります。なおいっそう前に出ながらシンデレラは言いつのりました。
「王妃様にお怪我がなくて、よかったですわ。わたくし、王妃様の分のケーキをかぶることくらい、なんともありませんことよ!」
王妃は目を白黒させてこのすっとぼけた娘に何と答えるべきか考えたけれども分からず、頬をひくつかせていました。事の次第を察した大臣が、
「その忠義、見事でいらっしゃる。シンデレラ姫。王妃のケーキをかぶるなんて真似が、凡百の娘にできましょうか」
などとからかい半分王妃への当てつけ半分の言葉をはきます。王妃は政治家たちには嫌われていましたが、今日このときをもって彼らはシンデレラに利用価値を見いだしたのでした。
馬鹿王子から粘着質母をひきはがすためには、圧倒的な魅力を持った娘をあてがうのが望ましい。しかしその娘は、王妃とはまったく違う、王室に新しい風をもたらす存在でなくてはならない。
このシンデレラ、あるいは。
文官たちに話しかけられてシンデレラは笑顔で機知を振りまきます。メイド姿であることなど、誰も気にしません。なにより王子が子供のようにその手を取って離しませんでした。
そしてもちろん数日後、シンデレラの家には王室からの使いがやってきたのです。
3
「断る……ですって?」
「ええ。だって王室って私にはあんまり向いてなさそうなんですもの」
そう言い放つシンデレラの肩を揺すぶり、どうしてなの! と姉は声を上げました。自分にはできない、貧しい格好をして王族たちの前に出ること。文官たちの好奇の視線にさらされること。かけられる言葉におじることなく答えを返すこと。
優雅に、威厳をもち、やさしげに、女性らしく。高貴に。シンデレラは見事にそれをやってのけたというのに。そしてその手に黄金を持ちながら、いらないと捨ててしまおうとする。
「いけないわ、シンデレラ。それはだめ。あなたは王子妃になるべきよ」
「お姉さま……」
「だって、貴方はそうするべき人間なのよ!!」
姉はずっと、ずっと考えていました。
この非の打ち所がないと評判の美しい娘、心は美しく無邪気で人の善を信じ切っているような少女。
それが、どうして自分には不愉快なのだろう?
もしかして自分がろくでもない心根の持ち主だから、この少女の素晴らしい面が見えていないのではないかとすら思いました。その思いは自虐的すぎて悲しくなってしまうのですぐうち消しましたが……
今こそ、姉はシンデレラに向き合います。
「ねぇ、シンデレラ。私、ずっとお前のことが嫌いだったのよ」
「お……姉様……」
「だってお前ときたら私たちを悪人あつかいするのが大の得意なんですもの。人の評判こっぱみじんにして、自分だけいい場所にいて、それでも自分が一番可哀想だって泣いているような人間。そんなお前のことをどうして愛することができるかしら?」
「…………」
「でも、どうしてお前は不愉快なのかしら? 考えてみたの。
たぶん、お前が謝るからだと思うわ。何度も何度も、こっちからしたらどうでもいいことで謝るからだわ」
「お姉さま……? 謝るのは、いけないことですか? 私、本当に心の底からすまないと思って……だから、言葉を尽くして分かっていただきたいと思って、一生懸命……」
「それが悪いのよ! 誰もお前の心の底なんてどうでもいいのよ。分かりたいなんて、思わないの。ただ謝るお前と許す私を見続ける他人が、どういうふうに私たちを考えるか、ちょっと想像してご覧なさい。
言わせてもらうわ。この、根性くされッッッ!」
びし! と指さされてシンデレラはよろりとよろめきました。
一度もそんなこと、考えたことがありませんでした。まさか自分の根性が腐っているなんて。
「なににつけても謝り続ける人間なんて、不愉快なだけ。だって、謝られるたびに、許し続けないといけないのよ! そう、どうでもいいことでずっとずっとずっとずっと許し続けるのって、拷問だわ!!」
「そ、そんな……私、お姉さま達をそんな目に遭わせていたのですか……」
「そうよ! いい、シンデレラ。あなた、気概は十分なのよ。お城という魑魅魍魎が跋扈してるようなところにいっても、なんの心配もいらないくらい強い人間だと思うわ!!」
妹がぶんぶんうなづいています。母親はいつものように笑みをたたえています。
「だからこれからは、謝る代わりにこうしなさい」
シンデレラは姉の指示を受けて、目を丸くしました。
まず、腰に手を当てて。
右足の靴のつま先でびしっと地面を殴りつけ。
相手を、右斜め三十度の角度で見下ろし。
高らかに言い放つ。
「悪いのは、お前よ」
「見事だわ……見事だわシンデレラ! 今、あなたの動きは腐った内面に見事マッチしたわ! ああ、あなたのそのタカビーさ、世界に冠するわ!」
「まぁ、お姉さまったら……そんなにお褒めにならないで」
「素晴らしいわシンデレラ……お城に行っても、きっと、平気ね」
シンデレラの目がみるみるくもりだしました。そして、それは姉も同様でした。
「今、初めてお姉さまと分かり合えた……そんな風に思います。でも、悲しいです。やっとそんなふうになれたのに、お嫁に行ったら、お別れしなければならない」
「シンデレラ、私も悲しいわ……!」
そして姉妹は抱き合っておいおい泣き始めました。
妹ももらい泣きしながら、このひとたちちょっと分かり合ったとか言うのとは違うような気がするけれど、と呟きます。しかし、その妹の肩がぽんと叩かれました。
振り向くと、母が口に指を当てて、にこりと笑みます。妹はその笑みに言葉を飲み込みました。
そして。
「それでは最後にお母様からお話しましょうね」
娘たちは籐椅子に座る母を見上げます。そして母は遠くを見る目で語りだしました。
「昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。たぬきとうさぎもいました。家族は表向き仲良く暮らしていましたが、たぬきとおばあさんの折り合いが悪く……」
大人しくきいていた姉は遠い目をしました。
それ、カチカチ山じゃ、ない、か。シンデレラは熱心に頷きながらきいています。
「たぬきはばあさんを料理してしまい、うさぎとじいさんは結託して、たぬきに復讐します。背中に大やけどをおったたぬきでした……
さぁシンデレラ分かるかしら。このたぬきは一体何を失敗したの?」
「おばあさんを傷つけたことかしら?」
シンデレラの答えを肯定も否定もせず母はにっこり笑いました。
「たぬきは、ウサギを買収しておけばよかったの」
シンデレラは大きな目をいっそう見開き、両手で口を押さえました。姉は似たような表情になりましたが、内側で思っていることは全く違っていました。
「おかーさま、私そんな、本当は怖い昔話ききたくな」
「本当にそうだわ! 確かに、ウサギを仲間にしておけばたぬきはそんな目に遭わなくてもすんだんだわ!」
母は慈愛の笑みをたたえ、シンデレラの髪をすいてやりました。
「たぬきは嫁、ウサギは夫。じじばばは舅と姑。……この話はそう読み解くべき物語。分かるわね? シンデレラ。あなたには根性がある。踏まれても踏まれても相手を悪人にするだけの機転、魅力、話術がある。
がんばりなさい、シンデレラ。あなたなら戦えます。そう知っているからこそ、私はあなたを送り出すのですから」
まるで感動物語のように継母と継娘はひしと抱き合います。
ぼーんぼーん、と時計がなりました。姉と妹はぽかーんとしていました。
「ねぇお母様、私が王室に嫁入りしたいと言ったら、なんとおっしゃった?」
後に姉がきいたとき、母はこう言いました。
「人には、幸せになるべき場所があるのですよ」
Fin
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