第3章 祭り③……霧隠才蔵
「そんなに落ち込まなくても……」
夕方、大きなかがり火を囲んで踊る住人を余所目に、モードレッドは抱えた膝に顔を埋めて動かないでいた。
結局、領主の協力を得られなかったガウェインは先に進んで、俺たちは予定通り街で一泊する事になった。
だから祭りには最後まで参加できたが、肝心のモードレッドが先程の痴態を後悔してずっとこのままだった。
いっそ、八つ当たりでもしてくれた方が助かるんだが。
「うるさい、あんなに恥を掻いたのは生まれて初めてなんだ」
「いや、そうは言っても、『おまえのせいだー!』とか『このヘンターイ!!』とかそういうのは無いのか?」
「何でそんなこと言わねばならない。あの状況では、ああするしかなかっただろ!」
不憫だ。男として育てられた為に、感情のままに喚き散らすと言うことが出来ないのだろう。いや、今朝やっていた気がするが、たぶん気のせいだろう。
「えっと、そのなんだ……踊ろう!」
こういう時は気分転換が大事。同じ馬鹿なら踊らなきゃ損だって奴だ。
「何だ?そんな気分じゃ……、あっ、待って!」
四の五言う前に手を引いてさっさと連れ出した。
「ボクは踊った事なんて……。それに、今は目立っちゃ駄目じゃ……?」
「木を隠すには森の中。隠れるなら人の波の方が良い。それに、初めてという割には上手いじゃないか!」
リズム、テンポ、ステップ。モードレッドの踊りにはそれら全てに気品があり、優雅さすらあった。正直、俺の方が下手だ。
恐らく、転生前は高貴な姫君だったに違いない。
ひとつ残念なことは、まだ戸惑いがあることだ。
「俺と踊るのは嫌か?」
「いや……。嫌じゃ……ない」
顔を真っ赤にしてうつむいた。
「光栄です姫君!ならば慣れぬ踊りに苦心する僕にその顔をお見せください」
「馬鹿!!」
そういって見上げたモードレッドの顔には、眩しい笑顔が輝いていた。
「踊る馬鹿だからな」
日本の諺だから意味は分らなかったようだが、そのまま気にせず楽しげに踊りを続けた。
弾き流される楽器の音、笑いざわめく人々の声、優しく照らす月明かり、それら全てが心地よく、二人を包んでいた。
すっかり元気になったモードレッドの踊りは素晴らしかった。正直、着いていくのがやっとだったが、それでも持ち前の感で何とか醜態を晒さずに済んでいた。
楽しそうにくるくる回る。
くるくる回って、ちょっと離れる。
離れても片手だけは繋がっていて、ぜんまいが巻き戻るように再び腕の中。
俺の右足がちょっとつんのめる。流石に誤魔化しきれないか。
そんな俺を見て彼女が笑った。良い笑顔だ。
その笑顔のまま……。
モードレッドが転けた!!
「きゃッッ!?」
慌てて抱き締めるようにして受け止める!
明らかに、不自然な転け方だ!
モードレッドを抱いたまま、鋭く周囲を確認した。
どんな状況でも、常に警戒を怠ってない俺の目を盗んで仕掛けてきた相手がいる。
相当な手練れが、どこかに居るはずだ。
そんな相手が簡単に見つかるはずは無いが、それでも全力で全身の神経を全周囲に張り巡らせる。
そして……。
「あの猿!!」
犯人はすぐ分った。飲み屋の窓からこちらをニヤニヤと眺めている佐助が居た。
使ったのは目に見えぬほどの細い鋼糸だな。
絶技の域にある鋼糸術を、こんなしょうもない悪戯に使って何がしたいんだあいつは?
俺が困惑と怒りで佐助を睨み付けていると。
「サイゾー、少し痛い……」
弱々しい声が、腕の中から聞こえた。
そういえば、先程から彼女を強く抱き締めたままだった。
「あ、これはすまない。大丈夫か?」
力を緩めて腕の中の少女を見るが、俺の胸に顔を埋めたまま動かなかった。
「どうした?まだ痛いのか?」
努めて優しく声を掛けるが、顔を伏せたまま逆に強く抱きついて来た。
今度は俺が痛い。
よく分らなかったので、そのまま頭を撫でてみて。
「えっと、どうし……」
たんだと言いかけたところで、不意に彼女は顔を上げた。
「えッッ!?」
顔を真っ赤にし、潤んだ眼でこちら見つめる乙女がいた。
正直に言う。
どうすりゃ良いんだ!?
「サイゾー……」
自然に、震える唇に吸い寄せられる。
ゆっくりと二人の顔が近づく。
瞳の焦点も合わないほど近づいた時。
「あ~らゴメンよぉ~」
「んきゃッッ!?」
背中から酔っぱらいにぶつかられて、見事な頭突きをかましてしまった。
「いよ~、この色男ぉ~」
「やかましいわッッ!!」
「うんごッッ!?」
ニヤケ面で冷かしに来た猿の顔面に、本気の踵落としを喰らわせてやった。
ここは街の中央にある飲み屋。宿屋も兼任しているため今夜はここに泊まることになる。
「前が見えねぇ……」
「しょうもない悪戯するからだ!」
あれから数刻。辺りはすっかり暗くなっていた。
「サイゾー、着いたのかぁ?」
背中のモードレッドが、寝ぼけたような声で言った。
因みに酔っぱらっている。ヤケ酒だ。
頭突きで涙目通り越してしまった彼女は、ぶつかった酔っぱらいから酒を奪って飲み始めたのだ。
おかげですぐにこの通り。あげくに自分から俺の背中に乗ってきた。
早いことベッドに連れて行かないと、このまま吸血鬼に連れて行かれる事になる。
だが、その前に……。
「で、どうだった?」
昼間に来ていたガウェイン達の事を聞いた。
顔面をへこませていた佐助が、急に真面目な顔になった。
「知っての通り、この街の衛兵を使って俺らを探索することは失敗したようだ」
一応、ひと安心。だが、問題はその後だ。
「奴らは街を抜け、そのままこの先の森に入って行ったようだが……」
「だが?」
「そこで見失ったぞ!」
見失った?佐助ほどの忍びが?
「何かあるのか?」
「分からねぇ。俺らの知らねぇ抜け道を知っていただけかもしれねぇが」
「考えにくいが、どの道判断材料が足りんな」
「で、どうする?」
「予定通りだな。仮に待ち伏せされていたとしても、奴らは森に不慣れな騎士が三人。それも野宿だ。こちらは宿屋で充分に休んだ手練れの忍び。森林戦なら幾らでも撒く手立てはある」
土遁、水遁、火遁と、森で使える遁走術は無数にある。
「そうだな。それに、そんな状態の嬢ちゃん連れて夜道を強行する訳にもいかねぇかな」
眠りかけのモードレッドが居るということは、必然的に俺も戦力外になる。
「そういう事だな。そんな訳で俺らの部屋は?」
方針が決まればさっさと行動。早いことこの娘連れて眠らにゃあかん。
「あそこ、二階の端部屋を取ってある。シングルベッドなんでよくくっ付いて寝ろ」
大部屋で無いだけましだが、そこまで用意は良くないか。
「了解。すまねぇが、見張りを頼むぞ」
「ああ、楽しんで来い」
何をだ?
……。
そんな訳でモードレッドを担いで部屋の中。
「宿に着いたぞ。おい、着替えるまでまだ寝るな」
「う~ん……」
寝ぼけ眼の彼女を下ろす。
やわらかな感触が背中から消えるのは残念だが、これからまた吸血鬼と一戦交えるから気持ちを切り替えないといけない。
モードレッドに背中を向けたまま、とりあえず変装を解いて褌一丁になったところで……。
―――むにゅっ!!―――
背中にやわらかい感触が。
振り返って見てみると……。
「何してる?」
全裸のモードレッドが抱きついていた。
「ベッドどこ~?連れてって~?」
そういやこの頃の西洋人って、寝るとき全裸が普通だったな。
とてもとても、美味しい場面ではあるものの……。
「まだ寝るな。ベッドはこっちだ」
残念ながら、気持ちは戦闘モードに切り替わっていた。
「う~ん、だっこ~」
無言で彼女を抱え上げ、そのままベッドに横たえる。
「では、失礼して」
俺もベッドに入る。狭いので彼女をしっかりと抱きかかえるようにして寝た。
「おやすみなさい」
「おやすみ~」
俺の胸に顔を埋めて、彼女は寝た。
程なく、俺も寝た。
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