第3章 祭り①……霧隠才蔵
「まあ待て。落ち着け。まずそのハンマーを収めよう。てか誰だ、こんなとこにハンマー置いてた馬鹿は!!」
俺は、狭い車内でモードレッドが振り下ろしたハンマーを白羽取りしていた。
因みに股間はまだジンジンする。この俺、霧隠才蔵が男として死んだら泣く女はたくさん居るんだぞ!たぶん!!
「いいからボクの鎧を返せ!それと剣もだ!」
ああ、うん。鎧ね。鎧はその……。
「スマン。泳ぐのに邪魔だった」
テムズ川の底だ。
「何だとぉッ!!」
驚きで手が緩んだんで、素早くハンマーを取り上げた。
「クラ……クラレントは!?」
モードレッドの佩刀の事だが。
「ああ、それならここに取って置いたぞ!」
尻の下に敷いてあった直剣を取り出して渡した。
「おお、ありがとう。これがあれば!」
バンッッ!!
「オマエを斬り殺せる!!」
今度は真剣で白羽取りをやる羽目になった。
渡すんじゃなかった……。
「な~に、じゃれ合っとるんだ?」
窓の外から気の抜けた声。
「見てないで止めろ」
とりあえず助けを求める。
「自業自得だバーカ。ちったぁ女の扱いを憶えろ」
「隙あり!!」
―――べしっ!―――
モードレッドの右拳が俺の顔面にめり込んだ。
「つまり何だ?あれはボクの夢に入り込んだんじゃなくて、ボクをおまえの夢に引きずり込んだというのか?」
前が見えねえ。見事なストレートだった。
「そういうことだ。俺は俺で呪われていてな。毎晩あの悪夢で修羅地獄に囚われて一晩に何百という死を体験している」
「一晩に何百だと!?」
「そそ、こいつ節操ないから迂闊に同衾すると相手も悪夢に巻き込んじゃうの。それで前に女郎殺し掛けて大変な事になってやがんの」
佐助が揶揄するように横やりを入れた。
「殺しかけた?夢だろう?」
うむ。その疑問は当然だ。
「ただの呪いじゃない。祟りだ。夢で死んだとき死の呪いが俺を襲い、それに抗し切れなければ俺は死ぬ」
言って俺は、左の首筋を見せた。そこには、昨夜夢の世界で斬りつけられた傷が浅く残っていた。
「夢の世界でそんな事あるのか?」
「君の夢も似たようなもんだろ」
「それは、そうだが……」
「まあ何にしてもだ。俺は君を守るよ。君の悪夢からも、俺の悪夢からも!」
「……!?」
「?」
何か知らんが、急に顔を赤らめてそっぽ向いた。何か悪いこと言ったか?
「どうした?」
「う、うるさい!それより、貴方は何でそんな呪いに掛かったんだ?」
「ああ、それはな……」
腰から刀を抜いた。漆黒に染められた鋒両刃造りの打刀が輝きと共に妖気を垂れ流した。
「こいつだ。この”小烏”がその因だ」
「その見るからに邪悪な妖刀が?」
「妖刀ではないよ。こいつは寧ろ聖剣、いや神器ともいうべき刀だ」
「そうは見えんぞ?」
「そう見えないのも無理はないな。だってこいつは……」
切っ先を軽くモードレッドに向ける。
「聖なる力でその刀身に、禍つ大怨を封じ込めているんだから」
「何故、そんな危険な剣を……」
「そりゃ簡単だ。こいつが必要で、今は俺の一部だからだ」
ちょいと笑って見せた。
「そんな簡単に……。貴方の国の
ちょっと首を竦めて。
「ま、こんな馬鹿は結構いるよ」
おどけて見せた。
「もうすぐノッティンガムに着くわよ。準備して!」
少し長話になってた様だ。日は高くなって街に近づいていた。
「さて、着替えるぞ」
「着替えるって、ボクの服は?」
未だ裸に毛布だったモードレッドが、キョロキョロと自分の服を探し始めた。
「ああ、君の服は……」
座席下の物入れを漁って。
「これだ!」
「!?」
取り出したるは純白のドレス。目一杯フリルとリボンの付いた愛らしい少女の服だ。
「まさか、それをボクに着せるのか?」
ワナワナと指さしながらモードレッドは脅える。
「そうだが何か?」
「何かじゃない!ボクは騎士だぞ!!」
「だから?」
「騎士がそんなもの着れるか!恥を知れ!!」
「恥って、でも街に入るには変装は必要だぞ。それによく似合いそうだ」
「似合う似合わないじゃない!これは誇りの問だぃ……」
―――パァンッ!―――
突然の炸裂音に全員が戦闘態勢に入った。
ノッティンガムの方だ。
急停止し、五感を研ぎ澄ませて街に何が起こっているのか見極める。
火の気配。
金属の鳴り響く音。
怒号と喧噪。
肉の焼ける臭い。
これは……。
「祭りだな」
「そういえば、ここいらは今日から
カトリックの儀式。四旬節での断食前のどんちゃん騒ぎお肉祭りの事だ。
「カーニバルだと!?」
モードレッドが目を輝かせながら顔を出して街の方を眺めた。
「祭り、行きたのか?」
「う……、行たい……」
意外に素直。
「駄目、そんな時間はない!」
慈悲はない。
「うぅぅ……」
恨めしそうにこっちを見ても駄目だ。
「おい、ちょっと才蔵……」
佐助が開けた窓から俺の耳を掴んで、そのまま馬車の外まで引っ張った。
「いででで……何すんだ!」
「行くぞ、祭り!」
日本語だ。つまり内緒話。
「本気か?そんな目立つ真似してどうするんだ?」
「おまえさんには、だ~いじな任務を与える」
「任務?」
「あ~の娘、モードレッドを口説け!」
「口説く?はぁ?」
意味が分らなすぎて、アホみたいに同じ言葉で聞き返す。
「わ~かんねぇか?あの娘はまだ俺らに着いて行く事に迷ってる。このままじゃいつ逃げ出してもおかしくねぇぞ」
「知ってる。だから逃げ出さないように……」
「ぶぁ~か。逃げ出せないように糸でも着けてようとか言うんだろ?」
糸とは鋼糸。コンマ数ミリの極細糸で拘束、切断、傀儡技と色々便利な忍具だ。
「それのどこが馬鹿なんだ?」
「牛馬じゃねぇ~んだよ。そんな首輪つけた人間が協力してくれると思うのか?」
「俺らは連れてくのが仕事だ。後のことは上役の考えることじゃないか」
「連れてっても、協力できません、あなた方は敵ですじゃあ意味無いだろ!」
「そうは言っても、それなら何で俺だ?女口説くならおまえの方が適任だろ?」
こいう時ほど女たらしの出番だろ。
「決まってる。ありゃぁ……」
クイっと目配せ。
「おまえに”惚れかけて”る!」
「?」
何言ってる?つい先程も殺され掛けたんだが?
「おまえ達、先程から何をこそこそやってる!」
何の悪巧みだという体でモードレッドが詰め寄って来た。
「ああ、モードレッドちゃ~ん。こいつが祭りに行って良いってさ!」
「!?ホントか?」
「おい、佐助俺はまだ……」
「やったぁ、カーニバル見に行くの初めてなんだ!」
「……」
ひじょ~に反論し辛い。美少女の笑顔は凶器だ。
「行ってこい朴念仁。あの娘の愛こそおまえの手柄だ」
「……。分った!だが!!」
キっとモードレッドを睨む。
「こいつは没収だ!」
無邪気にはしゃぐ少女から、無粋な剣を取り上げた。
「何をする!返せ~!」
高く掲げられた剣を取り返そうと手を伸ばす少女。まるでおもちゃを取り上げられた子供の様だが、毛布一枚だからぶるんぶるんしてる物が色々見えてるぞ。
「仮にも逃亡中だぞ。女子供がこんな持ってたら目立つだろ。それに……」
剣の柄でモードレッドの頭をゴンと叩く。
「……ぃたッ」
「こいつは剣質だ!」
妙な単語を作ってしまったが、一応通じたようで少し大人しくなった。
「ちゃんと返して欲しければ、祭りで目立たないよう俺の指示に従え」
「……分った」
やっぱり素直。
「おし、それじゃあまず……」
「着替えね!」
そのままミレディーに馬車から追い出された。
「おお!」
「おお!」
「おお、見事!」
見事という言葉が合うか分らないが、馬車から降りたそれは確かに見事だった。
大きく胸元の開いた純白のドレスに身を包み、艶のある赤毛を大きなリボンで結ったモードレッドのその姿は、絶世の美女のミレディーと並んですら、その瑞々しい輝きを損なわなかった。
「おまえ達も着替えたのだな」
こちらは従者の格好。お忍びで祭りを楽しむ貴族姉妹とその警護の騎士といった設定で変装していた。
「思った以上にピッタリだったんで安心したわ。これならお兄さんに会っても気付かれないかもね」
「う……」
何だかモードレッドが渋い顔をした。
「それはそうと、折角変装したんだから名前考えないといけないわね!」
確かに。
「俺、ジョージ」
「俺、ジョン」
佐助と十蔵。こいつらさっさと無難な名前を適当に選びやがった。
「ならボクは……」
何だかモジモジと少女が言い淀んでいる。
「リズ……と、呼んでくれ」
何だか可愛らしい名前だった。
「リズ……なるほどね」
ミレディーが小さくつぶやいた。常人には聞き取れないほど小さい声だったから完全に独り言。つまり、彼女はこの名前から何かを掴んだようだ。
後で佐助が探りを入れるだろうから、そっちは任せよう。
「それじゃあお姫様」
モードレッド、いやリズの手を取る。
「このロバートがご案内いたします」
彼女の手に親愛のキスを贈る。名前は今、適当に考えた。
精一杯キザったらしい事をやってみたが、彼女の反応は。
「えっ!?」
何だか凄く驚いていた。
「どした?」
「いや、何でもない……」
モードレッドはキスをされた手を胸に抱えて、後ろを向いた。
効果あったのか?
「あなた、狙ってやったの?」
ミレディーが言った。何か訳があるようだが、とんと心当たりがない。
「ああ、もちろん」
だから嘘を吐いた。
「そう、なら頑張ってね。色男さん」
全てを見透かしたような笑みを浮かべながら、マスクを手渡してきた。
よく仮面舞踏会とかで使う、目元だけを覆うアイマスクだ。
「では姫さま。最後の仕上げを」
後ろからモードレッドの顔にマスクを着けてあげた。
「あ、ありがとう……」
彼女は余計に縮こまって言った。
「では貴方たちもマスクを着けて、さあ行きましょう」
ミレディーが号令をする。
「しっかり、楽しんでね!」
どうも日本語で話した悪巧みは、彼女に筒抜けだったようだ。
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