手紙
天上和音
第1話
転勤の荷造りに追われる3月31日。
段ボールから中学校時代の荷物が出てきた。
皺だらけでくすんだA4の茶封筒に、拙い鉛筆書きで、
「のろいの手紙」と書いてある。
開けると小さな茶封筒があり、それを開けると更に小さな茶封筒があり・・・最後にA8サイズ位の白封筒にたどりついた。
表に青いインクで「30年後まで開けるな」、と書いてある。裏を見ると日付はちょうど30年前の3月31日だった。
封を開けると手紙だ。
「1日も休まず勉強し続ければ、今ごろ君は医者になって、頻繁に転勤しているでしょう」
「1日でも勉強を休めば、今ごろ君はサラリーマンになって、頻繁に転勤しているでしょう」
筆跡には見覚えがあった。
母さんの字だった。
開けるなと書いてあったが、入院していた母さんに病院で封筒をもらって家に帰ると、僕はすぐに開けて手紙を読んだ。読んでないと嘘をついたけど。
ウチは母子家庭だった。僕は父さんの顔を知らない。
封筒をくれた1年後に母さんは乳癌で死んだ。
僕が手紙を読むだろうことを分かっていて、封筒に「開けるな」なんて書いたのだろう。
40代半ばを過ぎて、子供もいる立場になって、僕はようやく当時の母さんの心の内が理解できた。
がん薬物治療専門医になった僕は、全国の病院を転勤し続けながら、インチキがん療法を見分け、適正ながん診療を普及する仕事についている。
母さんの手紙を、今度は財布にしまった。
手紙 天上和音 @amakami
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