第十七話 三種族の定例会

 木の螺旋階段を上っていく。上へと上って行く度にガヤガヤとした声が大きくなってくる。そして大きな扉があるスペースまで上り切ると、わしはなんのためらいもなくその扉を開ける。

 扉の中にはとても大きな木の机が一つと、それを取り囲むように配置された椅子が六つがある。


「すまんの。少し遅れたわい」

「いや、ちょうど今から始めようと思っていたところだ。紅茶用のお湯も準備出来たしな」


 わしが部屋に入ると、ボーイッシュな口調が特徴的な猫族の女子がわしにそう言ってくる。その言葉を軽く聞き流しながら、わしは部屋の中にある一つの椅子に腰をかける。


「こらマヘス。仙狐様にはもう少し丁寧な言葉遣いを……」


 その猫族の言葉遣いに注意しようと、もう一人の猫族が口を開く。しかし、ボーイッシュな猫族は顔をニヤつかせて注意しようとした猫族に質問する。


 今注意しようとした、このどこか神聖さと綺麗さがある猫族は、猫族の守り神的な存在である猫神。そしてボーイッシュさが特徴的の猫族は猫神の神子。確か名前は、ルカじゃったか。


「あたしが丁寧な言葉遣いをしてるところ。猫神様は想像できるか?」

「……いえ、やっぱり今まで通りでお願いします」

「だよな!」

「勝手に盛り上がっているところ悪いが、早いところ座ってくれんか。始めようにも始められん」

「おっと、悪い悪い」


 二人の猫族の会話にもじゃもじゃ髭が特徴の男エルフが割り込み、会話を終わらせる。


 この男の名は大エルフ。エルフの守り神的な存在で、この中では唯一の男子じゃ。


 そして、今この部屋にいる三種族の全員がやっと席に着く。


「それでは、定例会を始める」

「少し早めに終わらせてくれるとわしは嬉しい。ちょいとわしの神子が体調を崩していての」

「……そうか。ついに神子が出来たことを祝いたいところだが、そういうことなら本題に入るとしよう。話してくれ猫神」

「わかりました」


 話し手が大エルフから猫神に移る。何やら険しい表情をしているところから、ただ事ではないようじゃな。


「……昨晩、突如として森の一角に住まう猫族数十人とエルフ数人が行方をくらましました。原因は不明です」

「補足を加えると、その一角に住まう猫族とエルフの全員だ」

「……妖か?」

「いや、どうも違う気がする。いつもの妖ならばそこまで甚大な被害が及ぶはずがない」


 しかしそれは、の話じゃ。


 昨日倒した妖がいつもの妖と聞かれればそれは違う。全てが強化されている全く別物のような妖じゃ。

 わし一人では苦戦を免れない程の強さの妖が、一晩のうちに数十人を姿形をなくせるかと言われれば不可能ではないはず。


「……これは、今朝私が森の見回りをしていた時に拾ったものです」


 少し間をあけた後に猫神が机の上に何か長細いものを置く。そしてそのまま何かは、わしにとってはとても見覚えのあるものじゃった。


「これは……」

「そう。猫族の中でも妖に劣らない実力を持つレーナの弓です。なお、魔力は既に消失しています」

「魔力が消失じゃと?」


 武器などの物体には自分のものじゃと証明するために、その人の魔力が込められている。それを戦闘などに活用することも可能。そしてその魔力は、本人の魔力と繋がっている。

 つまり魔力の消失が意味することとは、その人が何らかの方法で魔力との繋がりを絶った。或いは、その人の生命活動が終えたということじゃ。

 しかしただ森の中に弓だけが落ちているというのも不自然。他に落るものもあったはすじゃ。矢筒や矢とか。じゃが、落ちていたのは弓のみ。一体何を意味しているんじゃ……?


「その弓の魔力が消失したってことは、あのレーナさんが敗れるほどの妖が現れたってことか?」

「そう考えるのが普通だ」

「わしからの報告。最近になって妖の力が強まってきとる」

「ほう。理由は?」

「恐らくは、人間と魔族が争っていることが原因じゃの。実際、昨日倒した妖は人間と魔族の負の感情が混ざり合っておった」


 タイミングが良かったので妖のことを話しておいた。タイミングを伺う手間が省けたわい。

 それにしても、おかしいのう。レーナの実力では少々苦戦はすると思うが、妖一体程度に負けるなんてことは絶対にない。

 レーナの戦闘スタイルは、ゆっくり観察し見つけた弱点を弓で的確に攻撃していくというものじゃ。苦戦する原因として考えられるのは、その妖に矢が効かないか観察する程の余裕がなかったかのどちらか。或いは両方じゃ。


「ともかく、今後の妖はできるだけ複数人で倒すように。あのレーナが負けるくらいに妖は強くなっている」

「人間と魔族の争いが終わるまでは……ですね」

「全く嫌な奴らじゃ」


 争いは考え方が違うからこそ起こってしまう。そして、その争いからは得することなんて何も無い。

 領地が増える? 達成感がある? なんて馬鹿馬鹿しいんじゃ。領地なんてそもそも争わなければ失うことも無い。戦争に達成感を感じるなんて、それでは結局自分の心を満足させているだけではないか。戦争大好きっ子の気持ちはよくわからん。


「そう言えば大エルフ。おぬし、神子はどうした?」


 話の途中から気になっていたことじゃが、いつもならいる大エルフの神子がいない。何か野暮用があったのじゃろうか。

 ややこしいようじゃが、わしのところの神子は神子という名前じゃ。そしてこやつらの神子にはまた別の名前がある。わしは知らないがの。


「あいつなら、今日は妖についての調査で欠席だ。あと一つ、決定的な何かを見つけられれば……なんて言っていたな」

「やはり、研究や調査にはこの中で一番賢い種族のエルフが最適ですね」

「一番頭が固い種族でもあるがの」

「だから猫族にも協力してもらっているのだろ。それと、今回話すことは全て話した。他に何か話しておきたいことはあるか?」


 大エルフがそう質問すると、わしと猫神は首を横に振る。わしはさっさと終わらせて神子の元へと帰らなくてはならん。


「それでは各自解散。いつも通り、好きなタイミングで帰ってくれ」

「そんじゃわしは帰らせてもらうかの」

「珍しいですね。いつもなら少しだらけてから帰っているというのに」

「言った通り神子が体調不良での。早く帰った方がいいじゃろう」


 わしは席を立ちそのまま階段に繋がる扉に向かう。


「それでは私から神子さんにお大事にと伝えてください」

「うむ、わかった」


 猫神からの伝言を受け取ると、わしは扉を開けて階段を下りていった。


 階段を下り切り外に出ると、わしは狐に変化して神子が寝込んでいるわしの家まで走る。何故ウルがいるのに自ら走るのか。答えは簡単で、今回はウルを連れてきていないからじゃ。

 ウルは勝手に動く人形では無い。毎日毎日わしを乗せるなんて奴隷のような扱いはしたくはない。それに、たまにはわし自身が思いっきり走ってもいいじゃろう。


「……む?」


 家に向かって走る途中、突如として辺りの雰囲気が変わった。その雰囲気は今までに感じたことの無い雰囲気のような気もするし、どこかで感じたかのような雰囲気を漂わせている。


「……何か……来おる……!」


 この嫌な雰囲気を感じた途端に何かが来る気がし、わしは近くの草むらに音を鳴らさないように身を隠した。

 それから間もなく、先程までわしがいた所に突然黒い影が現れ、そこからゆっくりと何かが這い上がるように出てくる。


「なっ……あやつは……!」


 そこから出てきたのは、あの時やむを得なず撤退した時に見たあの妖と昨日わしらが倒したはずの妖だった。確かにあの時レーナによって浄化されたはずの妖が何故復活しておるのかはわからない。

 それにしても危なかった。もしも直感的に隠れなければあの影に呑まれておった。


「しかし、一気に二体とはの……」


 今までこんなことは幾度かあったのじゃが、今回はその中でもかなり最悪な方じゃ。ただでさえ今までよりも強化されておると言うのに、そこからさらに二体となるとわし一人で勝てる見込みがほとんどない。

 となると、今は撤退するかこの場から動かずにやり過ごすかじゃ。


 わしが草むらの中でじっとしていると、二体のうちわしらが以前倒した方の妖が影に触手を突っ込み何かを引きずり出した。それを目を凝らしてよく見てみる。


「あれは……レーナの付けていた……」


 引きずり出したは、昨日レーナが首につけていたあの首飾りだった。そしてそれを、わしの方にポイっと投げた。


 ──まさか、もう気づかれておるのか?


 あまりにもピンポイント過ぎる行為にそう疑ったが、妖はまたも触手を影の中に突っ込みまた別の何かを引きずり出して投げた。どうやら、ただ適当に投げていただけのようじゃ。

 影から出されるのは首飾りや破れた衣服。そして、一体誰なのかもわからない生き物の骨など様々なものであった。


 ある程度ものを投げ終えると、二体の妖は再び影の中へと戻って行った。


「……何が目的だったんじゃ?」


 いくら何でも不可解過ぎる。何のために骨やら首飾りやらを投げ捨てたんじゃ。

 取り敢えず投げられた物を確認しようとわしは立ち上がると、ザーっとまるで砂が崩れ落ちるような音が聞こえた。音が聞こえた方を見ると、先程妖が投げた骨が粉状になって崩れ落ちていた。


「さてはあの妖、骨の髄まで魔力を吸い取りおったな……?」


 魔力ある生き物は元から魔力がない生き物とは違い、魔力が完全になくなればあのように粉状になって崩れ落ち、死に至る。言わば生きるために必要不可欠なものということじゃ。

 普通の生き物ならばまずあんなことにはならない。何故ならば、生き物の魔力が幾ら使おうと体の中で生成される魔力は、穴の空いた器に水を入れても器の中には水が少しだけ残るように、絶対になくならない。

 しかし例外もある。その魔力を生成する器官自体を破壊。或いはそこから直接魔力を吸い尽くせば魔力は体に流れずに崩壊する。今わしの目の前で起こっている骨の崩壊もそれじゃ。


「切断されても骨に魔力が残り、切断された部位は残るというのに。……嫌なことを思い出すわい」


 ともかく今は家に帰ろうと草むらから出ようとすると、地面に落ちていたレーナの首飾りが目に入る。


「……そう言えば確か、レーナの首飾りには記録ができるんじゃったか」


 何故首飾りの中にある魔力は吸い取られていないのかはわからない。じゃがもしかすると、この首飾りからレーナの身に何が起きたのか。そして、昨晩の猫族とエルフの大量に行方不明者が出たことについて何かわかるかもしれん。


 そう思ったわしはこの首飾りを首に掛けた後にわしの家へと向かって再び走り始めた。

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