拘る理由?

 アトラがラプロトスティさんを目指し続ける事を宣言した、翌日。ボクは、放課後に学園を抜け出して、ある場所に来ていた。


「……おや、君は火炎――」


「プロティアです。領主様にたずねたいことがあって来ました」


 フェルメウスりょうしゅがい、フェルメリアは北部、貴族区北東部、フェルメウス家のきょたくの門前にいる。けいがいまとい、やりを持ったそうしんの門番に用件を伝えたところだ。というか、ボクのこと、世間的にはえん大蛇おろちとして広まってるのか……。


「それは構わないんだが、事前に話を通しておいてもらわないと難しいぞ」


「はい。無理であれば、要件を伝えていただいて、お会いできる日を決めるだけでも大丈夫です。アトラについて聞きたいことがある、と伝えて――」


「あっれぇ、プロティアじゃない!」


 ごうせいな居宅から姿を見せてボクに話しかけてきたのは、昨日学園で剣をまじえたラプロトスティさんだ。昨日の動きやすそうな服装とは違い、ドレスを着ている。それでも、身のこなしは強者のものだが。


「どうしたの?」


「領主様に聞きたいことがあって」


「ふーん。アトラのこと?」


「! はい」


 勘が鋭いのか、ボクの話の内容を何のヒントもなく当てられてしまう。説明の手間もはぶけるため、なんで分かったのかとかはいずれ聞くとして今回は話を進めることにする。


「分かった。着いてきて」


「ら、ラプロトスティ様!?」


「大丈夫、何かあったら私が勝手にやったって言って、ベリナト」


「で、ですが……」


「ほら、行くよ!」


「え、あ、はい」


 されるがまま、の中へ戻っていくラプロトスティさんの後に着いていく。


 二か月ぶりのフェルメウス家にじゃっかんなつかしさを感じながら、広いろうを進んでいく。


「衛兵の名前、全員覚えてるんですか?」


 先程門前にて話していた衛兵をベリナトと呼んだことに対して、気になったことを聞いてみる。


「さあね。覚えてるかどうかは分からないけど、なるべく覚えるようにしてる。雇用関係でしかない騎士と貴族の間には、信頼関係が絶対必要なの。そうじゃないと、騎士はいつでも反逆して貴族である私らをおとりにしたり、殺したり出来ちゃうからね。で、雇い主である私らが彼らと信頼を築くために出来ることって、給料をはずませることと、対等であることくらいだからさ。それに、よく顔を合わせるんだし、楽しく話せる関係の方が得じゃん?」


「……適当そうな人だと思ってましたけど、ちゃんと考えてるんですね」


「あ、それ不敬だぞ。プロティアじゃなかったら首が飛んでるからね」


「ラプロトスティさんはこのくらいで怒らないっていう信頼のもとですよ」


「信頼をいいように使うな」


 一瞬の間をおいて、ほぼ同時に噴き出す。一度本気で剣を交えたからか、まともな会話はこれで二回目だというのにあまり緊張していない。相手はずっと立場が上の貴族だというのに、だ。アトラで慣れているのもあるかもしれないが、ボクも少しずつ成長しているのだろうか。しているといいな。


 階段を上がり、いつぞやフォギプトスとアトラと三人で話をした部屋に入る。


「……用件は知らんが、状況は察した。ラプ、あまり勝手なことはするな」


「ごめんなさーい。今、時間ある?」


「来てしまったのなら仕方ない、少しの間だけだ。ラプ、後で手伝ってもらうからな」


「うげ」


 ラプロトスティさんが顔をしかめる。溜息を吐きながら、頭をいて聞こえるかどうかの声量で仕方ないか、と呟く。


「じゃ、私も同席していい? 戻ってくるの面倒だし」


 二人の視線がこちらへ向く。お前が決めろ、という意味だろうから、簡潔に答える。


「はい、情報源は多いに越したことはないので」


「そうか。では二人とも、座り給え」


 フォギプトスに言われた通り、以前も掛けた椅子に腰を下ろす。ラプロトスティさんは、残りの椅子に座る。メンバーは一人変わったが、転生初日にこの場で話をした時のフォーメーションと同じだ。


「して、何の用事だ」


「昨日、アトラに剣の流派を変えないかと提案しました。ですが、アトラはその提案を断って、今の戦い方――ラプロトスティさんの戦い方を真似し続けると決断しました。話をしたしょかんでは、本人も今の戦い方は合っていないと自覚はあるようですが、何らかの理由で意思を曲げるつもりはないと思われます。領主様……ひいては、ラプロトスティさんおふたかたには、アトラの過去について問いたくお尋ねした次 《し》だいです」


「……ふむ」


「呼び捨てしてたっけ?」


「え?」


「昨日はアトラさんって呼んでた気がするんだけど」


「あ、ああ、本人にそう呼んでほしいと頼まれまして……」


「そっかそっか、気になっただけだから」


 確かに、貴族であるアトラを呼び捨てしだしたことについて、二人にとっては気になる部分ではあったのだろう。それをくべく、ラプロトスティさんは先んじてその疑問を晴らしてくれた。ありがたい。


「……君は、貴族学院を知っているか?」


「貴族学院……?」


 呼び方の件は終わったとしたのだろう、フォギプトスがボクに質問を投げ掛けてくる。ただ、ボクの知識どころか、プロティアの脳内単語帳にもその単語は存在せず、貴族が通う学院であるという文字通りのことしか分からない。


「五歳から九歳までの貴族の子供が通い、貴族としてのきょうようを学ぶ学院だ。アトラとラプは、共にそこに通っていた」


 ボクの反応から知らないと察したか、フォギプトスが説明を付け加えてくれる。


 アトラや貴族がプロティア達平民組と比べて知識があるとは思っていたが、その源泉は貴族学院のようだ。この世界特有の常識ゲットと脳内ノートに貴族学院についてちょうし、意識を三人の会話に戻す。


「私はそこで、優等生だったんだ。それこそ、当時の学内で一番と言われるくらいに」


「凄いですね」


 剣士としては疑うつもりは無いが、学においても優秀なそうだ。あまり会話を交わしていないためその印象はなかったが、確かに、このあらゆる状況で落ち着いていられるのは、武芸と学の優秀さから生まれる自信故だろう。先刻、騎士達との関わり方について話した時にも、典型的な貴族らしからぬ柔軟な思考力も感じたことからも、ただ勉強が出来る、、、、、、だけではなさそうに思える。


「ただ、私はこんな性格でしょ? 下級生や階級の低い子には評判は良かったんだけど、教師とか一部の貴族は、あまり好ましく思ってなかったみたいだね。そんなところに、私よりおしとやかで、実の妹であるアトラが入学してくるとなったら……どうなる?」


 あれ。どこか、覚えがある。いや、むしろボクは、当事者だったじゃないか。


「……ラプロトスティさんと同じ才を持ち、より貴族として適した姿を期待される」


「その通り」


 同じだ。ボクが、妹に味わわせたのうと。


 ボクの妹は、優秀な兄の妹として、周囲から期待された。しかし、妹は至って普通の女の子だった。ボクのように特別勉強が出来るわけでも、運動が出来るわけでもなかった。可愛いものが好きで、ちょっとドジで、家事は結構出来て、ぞうが悪いどこにでもいる女の子だ。それなのに、兄が優秀と言うだけで、妹もそうであると周囲に思われてしまった。


 結果として、妹は周囲の期待に応えることが出来ず、少なくとも大人達からはらくたんされた。しかし、ひとなつっこい子でもあったため、友達とは上手くやれていたらしい。よく家に連れて来ていたし、外に遊びにも行っていたから確かだろう。


「それが全部って訳じゃないと思うけど、アトラが私の真似に拘る理由の一つはそれじゃないかな」


「……あの事に気付いている可能性もあるのではないか?」


「あの事?」


 フォギプトスの付け加えに、オウム返しに聞いてみる。横目で、ラプロトスティさんの表情が強ばるのも見逃さなかった。


「ラプは貴族学院を中退している。理由は──」


「わー! わー! ちゃんと隠してるから話さなくても大丈夫でしょ!」


 フォギプトスの言葉を、ラプロトスティさんが大声で掻き消す。しかし、アトラの察しの良さは人一倍いい。例え上手く隠していたとしても、何か勘づいていてもおかしくはない。


「教えてください。何かヒントになるかもしれません」


「だ、そうだが?」


「むー……学院に反抗したの。アトラと私をこんどうするな、あの子はあの子だって。そしたら、追い出されたの。それだけ」


「ちなみに、アトラはその時どこにいたんですか?」


「友達に頼んで外に遊びに連れて行って貰ってた。少なくとも、この件に直接立ち会ってはいないね。それに、お父様に頼んで、この件について詳細は隠すよう学院や他の貴族に伝えたから、ひとづてに知られることも多分ないと思う」


 フェルメウス家は上級貴族なわけだし、確かに他の貴族が勝手をする可能性はかなり低いだろう。絶対ではないとは思うが。


 それにしても、ラプロトスティさんは本当に凄いな。ボクは前世で、悩んでいた妹のために何かしたかと問われたら、何もしなかったとしか答えられない。こんな風に学校に反抗するなんて考えもしなかったし、それどころか、申し訳なさから目を逸らしてしまっていたくらいだ。今となってはもう、何かをしてあげることも出来ないし、数年に渡って姿をくらましたまま死んで、最悪の兄だ。


「アトラには話さないでね、このことは。知られたら、あの子に余計な負担をかける事になるから」


「分かりました。フォギプトスさん、ラプロトスティさん。今日はお忙しい中、お話を聞かせて頂きありがとうございました」


 椅子から立ち上がり、その場で一礼をする。時間的に今から帰れば夕食だろうし、相手にとってもあまり時間を割いてはいられないだろうから、そろそろおいとました方がいい。


「プロティアよ」


「なんでしょう?」


「以前にも言ったが、アトラのこと、頼んだぞ。あの子は優し過ぎる故、面倒をかけまいと我々にはあまり思いを語ろうとしない。だが、君は違う。最も対等に近い存在だろう。あの子が抱えているものを、君が取り除いてやって欲しい」


「……では、お二人も協力していただけますか? アトラの思いはボクが引き出しますが、最後の一押しは恐らく、あなた方でないとダメだと思います」


「当然だ」


「私もいいよ」


「それでは、今週末アトラを連れてここを訪れます。時間を空けておいてください」


 ボクの要求に、二人は一拍あけて頷く。


 情報も手に入ったし、アトラを説得するも立った。満足の行く結果を得られたため、一度深く礼をしてからフェルメウス宅を出た。

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