ハイスペック転生

flaiy

三年の時を経て1

「ティア! 逃げないと、早く立って!」


 声が聞こえる。なみだじりの、さけぶような声だ。すぐ近くにいる。一体、誰だろうか。そもそも、僕は……いや、私はライニャ……。


 視界を上げる。すると、深緑のはだをした人型の何かが、緑色のゲルがられた剣を振り上げていた。しゅんかん、反射的に僕は右手に持っている棒状の物をつかみ、右から左へと思いっきり振り払った。


 にぶい感触を右手に感じながら、緑の人がぶんだんされて倒れるのを見守る。


「……何が、起きて──ッ!?」


 後ろの支えから上半身を起こそうとお腹に力を込める。しかし、それと同時に頭にするどい痛みが生じた。


「がっ、ぁ……!」


 言葉にならないめいを上げながら、持っていた棒も落とし、いたむ頭を押さえる。そして、その頭の中には、たいりょうおくが流れ込んできていた。



 着替えなどのもつが入ったカバンをい、そうろうをさせてもらっている宿やどの入り口に立つ。


「ティア、頑張ってね」


 はいから、姉のユキナが話しかけてくる。


「うん、行ってきます!」


 ユキの顔を見てそう答えて、私は急ぎに宿を出た。


 私は今日から、この街ーーフェルメリアにあるぼうけんしゃがくえんかよい始める。冒険者学園とは、十数年前にこのまちたんじょうした、せんとうや魔法、魔物、そうといった冒険者として生きるために必要な知識やのうを、二年にわたって教える教育かんらしい。三年間、私の特訓に付き合ってくれていた冒険者さんから聞いた。


 その学園に、私はとくたいせい? というせいを使って入学する。どうやら、一ヶ月前の技能試験で上位五名に入ったため、授業料がめんじょされるそうだ。ユキにはあまりたんをかけたくないから、ありがたいことこの上ない。


 フェルメリアを東西につらぬく大通りを真ん中辺りまで走る。じゅうたくしょうぎょう区を区切る南北に貫く大通りから三フォティラスほど西側にある、通称学園通りと呼ばれている、大通りよりせまいがそれでもかなりのはばのある道の前で止まり、向きを変えてその通りへと入る。


 学園は、その道を数フォティラス進んだところにある。フェルメリアの区画関係で見れば、ちょうど住宅区と貴族区をまたぐようにして建っていることになる。


 校門の前で足を止めて、そのそうごんふんただよう学園を見渡す。


「おっきい……」


 一ヶ月前にも来たし、それこそこの街でらし始めて三年、何度も前を通った。でも、こうして見上げるとそんな感想しか思い浮かばないくらい、りっなのだ。


 この街をとうしているフェルメウスこうしゃくきょたくもすごく立派だが、私からすればそれに引けを取らないくらい、学園も立派だと思う。


 校門を入って右手には野外修練場があり、正面には四階建ての、息をんでしまうようなはくの巨城……もとい、校舎がある。そのおくには、りょうがあるらしい。


 学園にれてぼーっと突っ立っていると、いつのまにかとなりに立っていた人物が話しかけてきた。


「いつ見ても、立派な建物ですね」


「はい……はい?」


 りんとした声が聞こえた右側に視線を向ける。そこには、日の光にらされきらきらとかがやく、少しウェーブのかかった長い金髪。今日の晴れた空よりもずっと深い青色のクリッとしたひとみ。そして私も着ている学園きゅうの制服にも関わらず、まるでドレスでも着ているんじゃないかとまがうほどのこうさを持ち合わせた、一人の少女が立っていた。


 突然のことに状況が理解できず、まばたきを繰り返しながらぼうぜんとしていると、再び少女が口を開いた。


「技能試験であなたの強さ、見させていただきましたわ。お名前をうかがっても……いえ、こういうのは先に名乗るのがれいでしたね。わたくしは、フェルメウス侯爵の次女、アトラスティ・フェルメウスと申します。あなたのお名前は?」


 フェルメウス侯爵家……フェルメウス……はっ、この街の領主様だ!


 そう気付いた瞬間、私は荷物を地面に置き、その場にひざまずいた。


「わ、私は、プロティアと申します! えと、その……お、お初にお目におかかりまする!」


「ふふっ、敬語がおかしくなってますわよ。それと、立ってください」


 敬語のてきわずかに恥ずかしさを覚えつつ、言われるがままに、立ち上がる。すると、アトラスティ様は私の前にかがみ、ひざについた土を右手でぱっぱと払う。


「ひゃ、な、何をして……」


「土を払い落としただけですわ」


 そう言うと、アトラスティ様は身を起こし、私の目の前に立つ。


「私、友達というものにあこがれていますの。こうして同じ時に学園に着いたのも何かのえんですし……あなたさえよろしければ、私の友達に、たいとうな関係になっていただけませんか?」


「とも、だち……で、ですが、私、平民の出ですし……」


「嫌、ですか……?」


「うっ……」


 わずかに目をうるわせて、子犬のような愛らしさのある表情で、こちらの目を真っ直ぐにぎょうしてくる。あまりの可愛さに、同性でありながら胸がドキッとなる。


「わ、分かりました、アトラスティ様……」


 そう答えると、アトラスティ様はそくに表情をパァっと明るくし、まんめんの笑みを浮かべた。それと同時に、よかった、命はつながった……とでも言いたげな安心感が、私の中を満たした。


 でも、そうをしてはいけないと気をめた瞬間、アトラスティ様は再び口を開いた。


「では、私のことはアトラとお呼びください。私の家族は、皆そうお呼びになるので」


 予想外のていあんに、一瞬頭が混乱する。友達になったとはいえ、貴族……それも上級貴族のアトラスティ様を、りゃくしょうで? そ、そんなの殺されるんじゃ……


 などとあたふたするが、アトラスティ様はその大きな目を期待にかがやかせている。ここでこたえない方が、むしろ死を意味するのではないか、と思いいたり、けっする。


「あ、アトラ様……」


「様もやめてくださいませ」


「じゃ、じゃあ、アトラさん……?」


「まあ、それならいいですわ」


 学園に入る前から、精神的なろうがとてつもなく大きい。もし目の前にアトラスティ様……もとい、アトラさんがいなければ、せいだいためいきいていただろう。


 疲れを見せないようにすべく、深呼吸を何度かひそかにり返していると、アトラさんが私にも一応聞こえる程度の小声でつぶやいた。


「そろそろ行かないと、入学式に遅れてしまいますわ」


 確かに、入学式まであと十五分くらいだろう。昨日なかなか寝付けなくて寝坊しそうになったため、予定よりもギリギリだ。アトラさんがこの時間に来たのは……他の人とはちわせないため、だろうか。


 そんなことを考えていると、アトラさんは校門の反対方向に目を向ける。それにつられて私も視線を向けると、そこには全身を銀色のよろいつつんだ騎士さんが三人と、ごうしゃな馬車がいた。


 その瞬間、ゾワッと背筋を何かがうような感覚がする。原因は恐らく、一歩間違えれば、今このしゅんかんられていたかもしれない、というきょうだろう。


そうげい、ありがとうございます。気を付けてお帰りください」


 アトラさんの言葉に、騎士達は左手を腰にげた剣のつかに、右手をこぶしにして胸の中間に当てた後、馬車へと乗り込んだ。そして、御者ぎょしゃさんもアトラさんに一礼し、馬をそうじゅうして馬車を大通りに向けて進めた。


 馬車が見えなくなると、アトラさんは小さく息を吐いた。どこか、きんちょうが抜けたような気がする。私は緊張しっぱなしだが。


「では、行きましょうか」


「はい」


 荷物を背負い直して、校舎へと向き直る。アトラさんの方に目を向けると、特に何も持たず手ぶらのようだ。


「どうかなさいました?」


 私の視線に気付いたのか、そう聞いてくる。


「その、荷物とかないのかなー、と思いまして」


「なるほど。先んじて運んでもらっていますわ。自分ではこぶと何度ももうし上げたのですが、どうしても聞き入れてもらえず……そうだ。プロティアさん、あなたの荷物、私に運ばせてくださらない?」


「ダメです。バレたら首が飛ぶので」


「そうですか、残念です」


 そう言いつつも、冗談だったのだろう。しょうといった感じの表情を浮かべて、歩き出した。それに続いて、私も学園の中へと歩みを進める。


 今日から二年間、私の学園生活が始まる。初日から色々苦労しそうな雰囲気がただよっているけど、あの日みたいなことを繰り返さないためにも、頑張らないと。


 そんなけつを胸に、校舎へと向かった。

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