第3話 美人刑事現る

「うわあああ」

 そんな馬鹿なやり取りをしていたら、誰かの悲鳴が聞こえた。それに、昴と由基は顔を見合わせる。一体何があったのか。ひょっとして内定を取り消されて叫んでいるのか。それともノイローゼか。

「だ、誰か。大変だ!」

 するとさらに声がした。その声の主は、先に歩いて行った一臣のものだ。これに二人はようやく緊急事態と気づく。声のした、部室のあるプレハブ小屋へと駆け出した。

「あっ、あれ」

 部室の前、そこで一臣は腰を抜かしていた。震える指で部屋の中を指差している。一体何がと問うより前に、鉄の臭いが鼻を擽った。

「うっ」

「これは」

 覚悟していたものの、実際に目にすると強烈だった。しかもそれが、予想していたような他殺死体とは異なるとなれば尚更だった。

 死体は荒縄でぐるぐる巻きにされた上で胸を何かに刺されていた。凶器は犯人が持ち去ったようで、部屋にはない。しかし何で刺されたのか、酷く血の臭いだけでは説明のつかない、強烈な臭いが部屋中に立ち込めている。部屋の窓は閉まっていて、余計に臭いを強烈にしているようだ。

「な、奈良さんだ。どうして」

 そして、恐る恐る確認した死体は、なんとこの小説同好会の部長、奈良圭介だった。





「君、どこかで見た顔だな」

「はい?」

 連絡を受けてやって来た刑事の第一声に、昴は素っ頓狂な声で応じることになる。警察の厄介になったことなどもちろんないし、目の前にいる美人刑事の顔を知る由もない。そう、目の前に立つのはすらっとした体形で、いかにも出来る女という感じの女性だ。皺ひとつないスーツからも、その有能さが伝わってくるかのようだった。

「名前は?」

「え、月岡昴ですけど」

 すると、女刑事はやはりと頷く。一体何がやはりなのか。何だか独特の雰囲気を醸し出している。

「君、お兄さんが月岡翼だろ?」

「え、ええ。そうですよ」

 まさかの翼の知り合いらしい。それはそれで腹立つ事実だった。こんな美人と、いつ知り合いになったのか。数式にしか興味ないような顔をして、やることはしっかりやっているらしい。

「おい」

 翼への嫉妬をつらつらと考えていると、鋭い声で呼ばれた。この美人の顔とかけ離れた男勝りの言い方はどうにかならないのだろうか。そのギャップに、翼の知り合いという事実が納得できるような気もする。二人の間に色恋はなさそうだ。

「な、何でしょう?」

「月岡翼は今、何をしているんだ。たしかこの間、こっちに帰って来ると言っていたが」

 そんな連絡のやり取りもしているのか。さらに腹立つ状況だが、昴は頷いた。

「ええ。東京から戻って来て、この大学で准教授をしています」

「そうか。ならば丁度いい。あの男を呼んで来い」

「ええっ」

 ただでさえ朝からイライラさせられ、さらに美人の知り合いがいると知った今、翼には断固として会いたくないところだ。しかし、ぎっと睨まれては頷くしかなくなる。

「わ、解りましたよ。でもいいんですか。俺、一応、第一発見者ですけど」

 そう言うと、やって来た刑事の中で年長の男、松崎利晴が大丈夫だと請け合った。そして面白そうだから呼んで来いと、無責任なことを言う。

「えっ、でも」

「このエリート刑事様の知り合いで、しかも男だろ。これほど気になることはない」

 躊躇う昴に、利晴は近づいてくるとそう耳打ちする。なるほど、この女刑事はエリートなのか、そしてその周辺を知りたいと、自分が翼に抱くのと同じ感情だと理解した。利晴としてはこの機会に、あの刑事の弱みを握りたいということらしい。

「期待しない方がいいですよ。ところで、あの刑事さんの名前は」

 翼の顔を見たらよりショックが増すだろうなと思いつつも、許可されたからには呼んでくるだけだ。翼がどういう反応をするのかも気になる。

「ああ。川島麻央警部だ。これ、彼女の名刺ね」

 そうやって何故か利晴から川島麻央の名刺を貰い、すぐそこの翼の研究室へと走ることになった。

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