Still in love ~まだ別れたなんて言ってない~

近藤ヒロ

第1章 はじまりの夏

第1話 氷の女王との出会い

 「あら、今なんて言ったのかしら?よく聞き取れなかったわ。」

腰まで届きそうな艶やかな黒髪を気怠そうにそっと払いながら、『氷の女王』は眼前の男子に向かって言い放つ。


西御門にしみかどさん、君が好きなんだ。その、俺と付き合って欲しい。」

夏休み前のテスト週間の昼休み、場所は廊下のど真ん中。当然のようにギャラリーが集まってきた。僕は、そのギャラリーの一人に加わっていた。


「あら、それは光栄ね。サッカー部のエースから告白なんて。」

と言いつつも、西御門さんは彼のことなどまるで存在しないかのように廊下の外、中庭の方を見つめている。そして、スッと目を細めて―。


 「それじゃ、私にあなたとお付き合いする理由。教えて頂こうかしら。」

こう言って、彼女は初めて相手のことを視界に入れた。お世辞にも、その目には好意的な印象を全く受けなかった。とても冷たく、相手を貫くような目だった。


「え?あぁ。ほら、西御門さんとても綺麗だし、大人っぽくて見てるだけでドキドキして、もっと貴女のことが知りたくなる―」

「もう結構よ。聞くだけ時間の無駄とわかったから。」

話の途中で、西御門さんが話を切る。そして、また中庭を見つめる。その表情からは何も読み取れない。はぁ、とため息をついて彼女は歩き出す。群がったギャラリーはサササッっと左右に割れる。まるでモーゼの十戒の一幕のようだ。


「貴方たちも、早くお昼食べないと大変よ?」

西御門さんはギャラリーの花道を通る際にそう言って歩いて行った。この時の目はとても穏やかな目だったことと、とても綺麗な髪がなびいている姿が印象的だった。


 「くぅ~、『氷の女王』破竹の20連続撃破だぞ。」

昼休みに出遅れた僕と、級友でエロの教祖こと『葛城かつらぎ 伸一しんいち』とで購買の売れ残りだったいちごメロンパンを気合で胃袋に押し込んでいた。いちごジャムがメロンパンに入っているなんて、殺人的糖分量だとしか思えない。

「にしても、今回も氷対応だったなぁ。塩対応が可愛く見えるからな。」

葛城の言葉は概ね全校生徒の認識を代弁している。彼女はその容姿からほかの学生とは全く違う大人びた印象を与え、誰もがその容姿に魅力を感じていた。気を許した友人に対しては無いそうなのだが、先ほどのような対応を人に取ることが多く、まるで女王様のようだ。ということから『氷の女王』といつの間にか呼ばれるようになっていたのだ。


「でもよ、あの人を虫以下に見ているような目がいいんだよなぁ。踏まれたい。」

この葛城の発言も一部のマニアックな性癖を持つ男子に支持されている意見の一つだ。踏まれたい気持ちは僕には理解が追い付かないのだが。


「本当は、すごく優しい人だと僕は思うけどな。」

「おいおい浩介、どうした?お前、氷の女王に惚れたん?」

「そういうのとは違うんだけど、去り際の彼女が本当の姿な気がしただけだよ。」

そう返したところで午後の授業を告げる鐘が鳴ったため、僕らは自分たちの席に着くべく分かれていった。いちごメロンパンの凶悪な存在感を感じながら。


 僕の名前は志賀しが 浩介こうすけ、この三穂野みほのが丘高校の普通科2年生。今は、胃の不快感と闘いながら現国の授業。この授業、昼イチだと眠いんだよなぁ。睡魔の誘惑に抗うべく、別の事を考えてみる。そこで思ったのは先ほどまで葛城と話していた西御門さんのことだった。

 彼女、西御門にしみかど 沙夜さやは、一つ上の先輩で、彼女も普通科所属だがその中でも指折りの進学コースに籍を置いている。成績も上位らしく、先生方の評価も上々。生徒会長と親しく、生徒会に属していないのに、よく生徒会のオブザーバーとして生徒会室に出入りしているらしい。


「とまぁ、これは葛城に聞いたんだけどな。

彼女のことを僕自身は何も知らない。聞いたりしたことだけでしか見ていないことになぜか疑問を感じた。昼休みのやり取りは何か違うことを考えていたのではないか?根拠は特にないが、なぜかそう感じていた。気になるのは去り際の雰囲気と口調の僅かな違い程度なのだが。なんだろう、奥歯にニラが挟まったような感じがしてなんだか気になる。


「それじゃ、次のページを志賀、読んでくれるか?」

気になると言っても、気にしたところでもなぁ。うーん。どうしたものか。

「おーい、志賀ぁ、聞いてるんか!?」

「へ?あ、あぁ聞いてましゅよ!月が綺麗ですね。ですよね?」

噛んだ。しかも全く聞いてなかった。とりあえず、今のクラス中の視線で『やらかした』ということはすぐに理解できた自分がいた。いい歳したおっさんにオブラートに包んで愛を囁いてしまった。これは言い訳ができない。


 「痛てて…。今時分、閻魔帳で思いっきり叩く教員まだいるんだな…。」

自業自得で得た痛みを噛み締めつつ、放課後を迎える。僕は絶賛帰宅部ライフを楽しんでいるため、ここからは自分の時間となる。なるのだが…。

「今日はさっきの罰掃除があるしなぁ。これも古いっ!パワハラと体罰だぞ。」

課された罰掃除は中庭の花壇の草むしりだ。夏の夕方はとてつもなく暑い訳で、罰にはこの上ないものだろう。

「まぁ、誰のせいでもなく、自分で怒られたわけだしやるしかないよな。」

どうせやるなら、真面目にやって取り返さないと。このままでは、おじさん好きの高校生というとんでもない設定が付与されてしまいかねない。


 この学校の中庭は数年前の卒業生の寄贈により大型化した中庭で、数多くの花が植えられており、色とりどりの花を咲かせている。3つのブロックに分かれているのだが、全部合わせるとプールと同じぐらいあるかもしれない。


「思ったより、生えてないな…。もっと雑草だらけかと思ってたのに。」

誰かが常に手を加えているのだろうか、雑草があったとしてもせいぜい3センチほどの小物の雑草がそれなりにしかない。これなら案外早く終わるかもしれない。あと、雑草を抜くのはやりだすと止まらなくなってくるから不思議だ。雑草を駆逐して、どんどん陣地が広がっていく。抜く、抜く、移動してまた抜いて、抜く。


 黙々と雑草駆逐に精を出していたら、陽は傾き、中庭は紅く染まっていた。ジリジリと焦がすような暑さから、じわっと蒸す暑さを感じていた。


 その時、冷たくも心地よい風が通り抜けた―。


「あら?この袋の中身、貴方が?ありがとう、この子たちもきっと喜ぶわ」

今日一日頭から離れなかった声がした。振り返るとそこには『氷の女王』


 けれど、その表情はとても柔らかく、慈愛に満ちた眼差しを花壇に向けていた。ドキリと大きな鼓動に誘われて、僕は、氷の女王に近づいていった。

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