第48話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第48話》


アルタイルの衝撃の発言から、そのまま眠ってしまった彼を起こせぬまま一夜明け、俺たちはとある船の上にいた。というのも、朝再び西の港を訪れると、ログマのレアステーキを食べさせてくれた大男の漁師が昨日の話を聞いていたらしく、船を出してくれると名乗り出てくれたのだ。そしてアルタイルはというと、『昨日の件は船の上で話します』と言ったきり終始無言を貫いていた。俺はその情報が正しいか云々よりも、あった事だけでも嬉しさと驚きを隠しきれなかった。


「潮風が気持ち良いですねぇ」


レグルスは甲板の上に座り、流れる風を肌で感じていた。海は穏やかにうねり、カモメのような海鳥が漁船の横を群れで飛んでおり、この船に付いて行けば魚にありつけると知っているようだった。


「目的の場所までは時間が掛かる。中で休んでても良いぞ」


船長である大男は名を『バルカン・ロース』。彼の船内には、銛(もり)や、大型の魚の解体に使うであろう長包丁、ノコギリなどが並んでおり、彼が普段漁をする獲物の大きさが手にとるように分かる。中で休んでても良い、という言葉通り、船は大きかった。客船とまではいかないが、漁船の中では大きい部類だろう。船内はまるでキャンピングカーのように流し台やベッドがあり、それが数人はゆうに寝れる程の大きさだ。レグルスがバルカンの厚意に甘えて船内に戻れば、そこは静かな戦場と化していた。


「みんな、大丈夫ですか・・・?」


「う〜・・・、気持ち悪い」


そう、レグルスを除く俺たち5人は船酔いと戦っていた。その内2名は船酔いとは別の酔いと戦っていそうだったが、朝の様子から見たら二日酔いではなさそうだった。特に酷かったのがアリスだ。彼女は船に乗り、最初こそはしゃいでいたものの、陸から離れるにつれて顔色が悪くなり、今では仰向けに寝たきり一言も話そうとしなくなっている。


俺も辛いには辛いが、アリス程じゃあないな。


夜更かしや食べ過ぎ、飲み過ぎの次の日が特に船酔いした時に辛いとは聞くが、アリスは恐らく食べ過ぎ。昨夜の晩ごはんや今朝の朝ごはんに関してはやはり食べ盛りの年頃と言うべきか、体の大きさの割に俺と同じ量を食べていた。だが、俺もこちらの世界に来てからは食べる量が増えている。同じ古代魔法を使う者としての対抗意識なのか何なのかは分からないが、この一件から少しは落ち着いてくれるとありがたかった。同じ年頃のレグルスに至っては、早寝早起きで睡眠もバッチリ、食べ物に関しても年相応かそれより少し食べないぐらいだ。船内で唯一元気なのはその生活習慣の賜物(たまもの)なのか否か。


「とりあえず、水を飲んでみては?」


とレグルスが樽に入っている水を人数分コップに汲み、それぞれに配る。チビチビと、まるでお酒でも飲んでいるかのようなスピードで飲む俺たちだったが、アリスの様子が悉(ことごと)くおかしい。体をピクッとさせたり、深呼吸をゆっくりしてみたりと、明らかにこの動きを俺は『知っている』。


・・・まさか。


俺の予想は的中していた。彼女の目は救いを求めるように潤み、頑なに口を開こうとはせず、鼻で荒く呼吸をしだした。


「や、やめろ、アリス・・・吐くなら外行け・・・!!」


ここで吐かれてしまっては、『もらって』しまう可能性が高い。が、吐く事が頭をよぎると、自然と自分も気持ち悪さが込み上げてくる。そしてそれは俺だけじゃなく、その場にいるレグルス以外が感じ取っていた。異様な牽制のし合いに、レグルスはキョトンとしていたが、誰かが動こうもんなら一斉に動き出そうという体勢は整っていた。


「アリス、大丈夫?」


と彼が肩を置いた瞬間だった。今まで見たことのないダッシュで彼女が何も言わずに出て行ったかと思えば、気付けば俺やアレス、アルタイルとデネブも出入り口に殺到し、船尾や誰からも見えなさそうな所へ一目散に走っていく。かく言う俺も限界、いや、決壊は近く、力なく近くの船の縁にへばりつく。そこからはお察しの通りだろう。


うっ・・・。ダメだ・・・。


船の至る所から嗚咽(おえつ)が聞こえ、事は始まり、その嗚咽はすぐに止んだ。かと思えば、まだ足りない者が海に文字通り吐き出していく。これほど人様に見せられない物はないだろう。その間船長のバルカンは見て見ぬふりを貫くが、余りの滑稽さに笑いを堪えているのが目で見て分かった。


「もう船は嫌だ・・・」


「これでも穏やかな方なんだぜ?」


俺の言葉を聞いてか、バルカンは舵を取りながらも笑っていた。と、レグルスが外に再びやってくると、俺がバーで顔に傷のある男からもらった地図を確認していた。


「今どの辺なんですか?」


バルカンは指をさす。


「この辺りだ。もうじきだとは思うが、お前さん方、今以上に揺れるから、ギブアップするなら今のうちだぞ?」


マジか・・・。


無言で振り向くと、顔や目で気持ちがダダ漏れだったようで、レグルスが珍しく笑っていた。そして船尾の方でグロッキーになっているアリスを発見し、それはそれで俺も少し余裕が出てきているのは事実だった。


「ん、何だあれ・・・?」


俺は、遥か後方に、一艘の船が見えた事を口に出す。しかしボヤけ、目を擦ると、先程までいた船はいなくなっていた。


「・・・ん・・・おかしいな・・・?」


「どうしたの、コウキ兄ちゃん?」


「いや、後ろの離れたところに船が居たような・・・」


俺の視線の先に、レグルスもそちらを見やる。


「何もいないよ?」


変だな・・・。酔いすぎてついにありもしない物も見え始めたか?


「もう少し中で休んでくるよ。あ、バルカンさん、また水もらいますね」


「おう、しっかり休めよ!」


元気な一言を貰い、俺は再び船内へ。樽に入っている水をコップに入れ、何口にも分けてゆっくりと飲み干す。食道を伝う冷たい水が心地よく、胃の形までも分かるほど、中は空っぽになっていた。


「あ、コウキさん。戻られましたか」


中には未だ横たわるデネブと、寝ていたところに座っているアルタイルがいた。彼も水を飲み、酔いと闘っていた。


「そうだ、アルタイル、昨日の事なんだけど」


「あぁ、そういえば船内で話すと言ってましたね」


何故船内で、という事はひとまず置いておき、俺は話を聞くことにした。


「自分が入って行った酒場の客には、3頭の龍の話は誰も知る者は居ませんでした。ですが、その中にいた1人の女性がこんな事を言ってきました。『私は占い師だ。アナタの後ろに黒い龍が見える。ここから北西のとある島に行きなさい。きっとアナタのためになるだろう』と」


ふむ・・・。アルタイルの後ろに黒い龍、か。


自然と彼の背後に目線が移動する。が、当たり前だが俺には何も見えない。


何か怪しさ満点だな。


俺が持ってきたこの話が既に怪しさ満点だが、これもまた眉唾物(まゆつばもの)の匂いがプンプンだ。


「・・・それで、何で船内で話す必要があったんだ?」


その言葉に、アルタイルは近寄り、耳打ちをしてきた。


(背後に気を付けろ、そう忠告を受けたもんですから)


は・・・?


俺はすぐに、先程の光景を思い出す。見えるか見えないかぐらいに離れた一艘の船を。


まさか、な。


もしかしたら俺たちは、ヤバい奴らに目を付けられているのかもしれない。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第49話》へ続く。

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