第8話

《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第8話》



コンコンッ!



「はい」


俺の返事の後、扉は開いた。


「2人とも、夕飯の支度ができたぞ」


呼びに来たのはソフィアだった。相変わらずの軽装の甲冑姿は凛としている。彼女に案内されるがまま、これまた広い城内を進み、俺たちは1つの部屋に着いた。扉を開けるとそこは大広間だった。広い部屋の中に楕円形の大きなテーブルの上座にセンウィル国王が座り、間隔を開けて側近のカイゼル、反対側に遊撃部隊長のリゲル、そしてリゲルの両側に1人ずつ彼よりも年上であろう男性が座っていた。


この席の多さにしてはもったいない座り方だな・・・。


そう思いながらも近くの席に腰掛けると、隣に泉が座り、ソフィアはセンウィル国王の隣に座った。


「おい、マルナ、良いぞ。今日の食事を運んでくれ」


「はいよ、センウィル国王!」


センウィル国王にそう呼ばれて姿を現したのは白いエプロン姿の割腹の良い中年の女性だった。背中の中ほどまである長い髪を後ろでまとめ、頭にはバンダナの様な布を巻いた彼女は、威勢よく今晩の献立を読み上げた。


「今日は『平(ひら)パン』、『豆のスープ』、『葉サラダ』・・・」


良かった、やっぱ異世界でも料理はこっちのとあまり変わらないのか・・・。


と思った矢先、マルナは聞き慣れない素材を使った料理を口にした。


「『イグニス鳥の丸焼き』、『キュルカ産 雷電魚(らいでんうお)の煮込み』だよ!今日はお客さんもいるんだって!?腕によりを掛けて作ったから、たーんとお上がり!」


パンッと手を叩き、マルナは隣に厨房が併設してあるのか、部屋の奥にある扉から出て行った。その扉が開いた一瞬だけ、中の忙しさが伺えるような活気ある声が聞こえた。


『まだ上がってないヨー!』

『早くー!』

『あー、雷電魚逃げた!!』

『何やってんだよ、お前はー!!』


何とも言えない戦場だな・・・。


『アンタたち何やってんの!真心込めて作りなさい!!』


まるで母親の如くどやすこの声は、間違いなくマルナだ。扉を閉めているにも関わらず聞こえて来る声は、聞いてるこっちまで緊張してしまいそうだった。そんな声に呆気に取られていると、ソフィアが笑った。


「ふふふ、マルナさんの声は元気が出るだろう?私は幼い頃から彼女の作る物を食べてきた。私の過ごしてきた時間の中で、この食事の時間は楽しみの1つでな。どんなに落ち込んだ時でも不思議と元気が出るんだ」


ほぉー、と感心している最中に、食事は次々と運ばれてきた。パン、スープ、サラダがまず目の前に並んだ。こういう時、まず何から手をつければ良いのか迷っていると、泉がまずスープに手を付けた。一口音を立てずに飲むのを確認すると、俺もそれに続く。サラダに手を付けた泉を確認してから、俺もサラダを食べ始める。


ふ、これでテーブルマナーは完璧だ。


しかしマナーを意識し過ぎて味はよく分からなかった。


「あ、谷本くん、テーブルマナーは、多分ここでは要らないと思う、よ?」


「え?」


と泉の指差す方向へと目を向ける。するとそこには食事には未だ手を付けず、ゆったりとワインの様な飲み物を楽しむセンウィル国王とカイゼル。パンとスープを交互に食べ、合間にサラダを摘むリゲル、とその両脇にいる男性。ソフィアもスープにパンを浸しながら食べている。


「そっか、異世界、だもんな・・・」


「うん、私たちのいた世界のテーブルマナーはこっちではないみたいね。あんなの、無い方が良いのよ・・・」


泉の声は、次第に小さくなっていった。


「え・・・?最後何か言った?」


思わず聞き返す。


「ううん、何でもないの。何でも・・・」



訳がわからず食事を進めていると、恐らく肉料理と、恐らく魚料理が出てきた。見た目は美味しそうだ。イグニス鳥?というのはクリスマスに出てくる七面鳥のような物で、雷電魚はナマズの様な物だった。


鳥は美味そうだけど、この雷電魚っていうのは煮込みはどうなんだ・・・?


俺はイグニス鳥の丸焼きにナイフを入れる。パリッとした皮目に対して身はシットリとしており、味も見た目ほどしつこく無く、ほぼ素材の味を活かしているみたいだった。


「・・・美味い」


「だろ?マルナさんの料理はこの世で一番美味いんだ」


ソフィアはイグニス鳥の足をむしっていた。


魚の味はどうだろうか?


俺は誰もまだ手を付けていない雷電魚の煮込みにナイフを入れる。身が解れるまで煮込まれたナマズの様な魚に、煮汁が染み込んでいく。


これも美味そうだな。


一口入れる。すると舌の上で転がしただけで身が解れ、鼻に抜ける香りがほのかに生臭い。


・・・あれ?


ここまで美味かった料理だ。ここに来て不味いはずはない。と自分の勘違いかと思い二口目を入れる。再びの生臭さ。


う・・・こ、これは・・・。


不味い。それの一言に尽きる。前俺たちがいた世界にも、これ程生臭い魚料理は出てこなかった。


処理の問題なのか、鮮度の問題なのか・・・。


顔をしかめてテーブルの上に目を移すと、誰も魚料理に手を付けていない事に気が付いた。俺の視線を感じたのか、ソフィアはイグニス鳥の丸焼きを平らげながら口を開いた。


「昔から魚料理はどうも生臭くて好かんのだよ。もてなしの料理として出さないわけにはいかないのだが、結局誰も食べずに捨ててしまうのだ」


申し訳なさそうにソフィアは席を立ち上がった。食事が済んだという事だろう。


「アンタたちも、その魚は無理して食べなくても良いよー!御馳走の飾りのようなもんなんだ」


マルナさんが厨房の扉を開けて様子を見ていた。こちらはもてなしを受けている側なのに、申し訳なさそうに気遣う彼女に軽く会釈をした俺たち。気付けば国王たちやリゲルたちまでもが食事を終わらせて部屋を後にしようとしている最中だった。


「・・・俺たちも、行きましょうか」


俺は泉に声を掛ける。


「・・・あ、先に行ってて。私、もう少しここにいる・・・」


「・・・そうか、分かった」


様子のおかしい泉に疑問を抱きながらも、俺は食事を終えて大広間を後にした。

それから泉が部屋に戻ってきたのは、30分程した後だった。扉が開く。俺は先程感じた疑問をぶつけてみた。


「・・・大丈夫?さっき、様子がおかしかったけど・・・」


「・・・・・・」


泉は黙った。やはり様子がおかしい。あの空間で、食事に毒が入っていたなんて考えられない、が、明らかに食事をする前とは雰囲気がまるで別人だ。しかし少しの間を置いて、彼女は口を開いた。


「・・・急に、こんな事言うのもおかしいと思うけど。谷本くんには言っておかなきゃね」


ん?


「何を・・・?」


「私たちがこっちに来る前に、私が飛び降り自殺をした理由」


え・・・?


俺は、地雷を踏んでしまったような焦りを感じてしまった。


《異世界に飛ばされたらクシャミが空気砲になった話 第9話》へ続く。

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