案外人生が変わっていたかもしれないもの

 事務局で(バイトとはいえ)仕事を任されてから既に6か月くらいは経った今日この頃、朝からパソコンが起動しないなどのトラブルを乗り越えて、エクストラステージへ突入しようとしていた。今日任されたのは、コピーを取った沢山の書類にミシン目をつけること。その為に専用の裁断機が用意された。台に紙をセットし、カッターを引くとミシン目が出来るというものだが、力がない私では、コレが想像以上に難しい。まず、体重をかけなければならないが、私自身体力がない(ポップンが300円で終わるという時点でお察し)ので、割とキツかった。

 それでも、「ミシン目がつけられる道具って本当にあるんだ‼︎」という感動はあり、同時に「もっと早く出会いたかった」とも思った。というのも、コレを小さい頃に知っていたら遊びの世界が変わっていたかもしれないからだ。細長い紙を差し込んだらチケットごっこが出来て、半券もなにかのキャンペーンごっこに使えるではないか!ソレを考えつくにはあまりにも遅すぎたという事実は、私の中に寂しさを産み落とすには充分だった。

 とはいえ、こんな風に「もう少し早くに知っていたら人生が変わっていたかもしれないもの」というのは、他にあるのだろうか。仮に昭和の人間が考えつくとしたら、もう少し別のものだろうと思う。私は平成の、ソレも粗方作り尽くされた時代の人間であり、こんな感動を味わうことはないと思っていた。けれども、まだ感動を味わうことができるのだと、我ながら感心してしまった。

 テレビで見るものは割と感動しやすいと思う。日常の中にある非日常が映っているからだろうか。それどころか、時にサブリミナルを生み出しては購買意欲をそそられることも珍しいことではない。テレビで紹介されているものに惹かれてその日の行動を決めることもままある。

 何故だか私は古いものに感動することが多いようで、逆にデジタルなものには感動すらしない。理由としては物心ついた時からあったというのもあるだろう。傍にあって当然なのだと。アンティークなどを見ると心が踊るし、人形やオルゴール、ビンテージトイなどは傍に置きたいくらいだ。ソレが無理なのだと分かっていても、憧れというものは確かにあって、だからといって自分が人形のようになろうとも思わない。

 レコードやなんかも聴いてみたいし、無声映画というのも見てみたい。古いものにはロマンがあるから、沢山の古いものを知りたい、あの感動を味わってみたい、というのが今の本音。

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