第1話 俺はイケメンコンサルタント



「次は〜新橋〜新橋〜」


 電車内にアナウンスが響く。


 社会人になって数年、満員電車にも慣れた。


 一人暮らしの自宅から通勤先まで1時間。1日往復2時間。その間の暇つぶしにライトノベルを読むことが習慣になっていた。仕事中は殺伐とした話が多い。せめてプライベートぐらいは何も考えずに娯楽を楽しみたい、とたまたま手に取った異世界転生モノがちょうど良かった。軽快なノリ、作り込まれすぎない設定、カジュアルなキャラクター、こういった要素に癒されると気づいて以来、気に入ったシリーズを見つけては読破し続けている。


 しかし。


「またこのパターンか…」


 はぁ、と息を吐く。


 異世界モノの主人公が強すぎるテンプレ。


 せめて超能力に目覚める片鱗なり証拠エビデンスなりあればいいのだが、その辺にいる一般人がいきなり異世界召喚されて強大な魔法を放つ。そんなことあるか?鍛えていない人間がこんなものを撃てば、放った衝撃で体が壊れるんじゃないか?大体なんで全員元の世界に帰ろうとしないんだ?なんでこんなに落ち着いてられるんだ?なんで全員あっさり運命を受け入れているんだ?


 深く考えずに読めるところがライトノベルの良いところなのに、コンサルタントという職業柄だろうか。俺、財前楓ざいぜんかえではつい考え込んでしまう。そもそも主人公が異世界へ飛ぶきっかけって何だ?トラックにぶつかるのはもう古い手なのか?異世界のヒロインがすぐに主人公に惚れるのはなぜだ?エピソード1から今までの間にこの男に惚れる要素あったか?俺のように容姿端麗で理知的な男ならともかく、この顔も性格も悪い主人公がモテるのは何でだ?ていうかなんで俺はモテないんだ?いや、別にどうでもいいんだが、なんか、そろそろ、なあ?最後に彼女がいたのはいつだっただろうか。ライトノベルの設定を掘り下げていくうちに、自分の人生の暗闇を掘り下げている。せっかくの娯楽が台無しである。


「財前サン、どうしたんですか?」


 今年入社したばかりの小野山桃香おのやまももかが小首を傾げて尋ねてきた。顔は可愛いが性格が可愛くない後輩だ。ストライプの入ったグレーのパンツスーツがよく似合う。

 容姿端麗、文武両道、某有名大学でトップクラスの成績を取る傍ら空手や剣道といった武道も嗜んでおり、男女共に人気が高かった。らしい。生意気な言動さえなければ完璧だったのにな、と酒の席で言ったら正拳突きをされた。セクハラですよ!と言われたが、お前のパワハラ(物理)よりマシじゃないのか。本当は胸さえあれば完璧だったな、と言おうと思ったが思いとどまってよかった。そしたら軽く腕の一本は折られていたかもしれない。会社のコンプライアンス違反にもなる。生きづらい世の中になったものだ。


「財前サン?」


 小野山が心配そうに覗き込んできた。近い。


「あ、いや、ぼーっとしてた」


 慌てて何でもないという顔をしてみる。今は新規顧客クライアント打ち合わせアポへ行く途中だ。確か、社長がワンマンの強引なキャラかつ事業も傾きかけていて、中堅や若手が大勢辞めている企業だったか。よくある話だ。小野山の顔の近さにときめいてなどいない。


 好景気で転職も容易な最近は、優秀なやつほど会社に見切りをつけるのが早い。単なる無料アドバイスで終わらず、社内制度の改革から採用活動まで切り込んだプレゼンをやり、がっつりウチが請け負うことで利益マージンを稼ぎたい。

 コンサル会社の種類は経理コンサルや事業コンサルなど多岐にわたるが、俺の所属する会社は主に人事関係を請け負う人事コンサルタント会社だ。簡単に言うと、企業が従業員に対して抱える悩みー採用や教育、社内評価制度や給与制度等ーの悩みを企業と共に解決する仕事だ。

 見えないサービスを高価格で提供しているので胡散臭いと言われるが、俺は自分の資源リソースを最大限に使ってクライアントに貢献している。価格に見合う価値バリューを提供しているどころか、むしろ安いくらいだ。クライアントに満足してもらいたいという思いやりの賜物である。財前楓は優しさ100%でできています。あとは給料が良いので続けています。小野山の顔の近さにときめいてなどいません。駅を降りて改札へ向かう。


「ぼーっとしてたって…いつも即レスなのに珍しいですね」

「メールと電話はな。日常会話はさすがに緩むよ」

「えー!日常会話でも割とASAPアサップ(As Soon As Possible)!って叫んでますよ」

「俺、そんなヤバい人間なの?」


 自分の口癖に若干引きつつ、訪問先のビルへと急ぐ。


「財前サン、私の同期から評判良いんですよ」

「急になんだよ」

「ちょっと怖くて変わってるけど、すっごく仕事ができるって」 


 褒めてるのか、それ?


「最近、そのキレがないねって話です。お疲れなんじゃないですか?」

「かもな」

「今日飲みに付き合ってあげてもいいですよ」


 唐突なお誘い。口元で酒をくいっと煽る仕草をする小野山。騙されるな。


「お前飲めないだろ」

「あ、食べる専門なんで」


 しれっと返してくる。こいつ、俺と飲む気全然ない。

 まあでも最近夜遅くまで頑張っていたし。


「そうだな、今日の案件が上手くいったら連れてってやる」

「やったー!お寿司がいいなあ」


 横断歩道がある。信号は青だ。点滅している。足早に進む。


「寿司なら割り勘だな」

「えー、あれだけ手伝ったのに!?」

「お前すげえ食うもん」

「それは否定しません。じゃあラーメンがいいです」

 ラーメンて。

「落差激しくないか?寿司は無理でも居酒屋ぐらいならいいんだぞ」

「別にいいですよーう」


 まじか、徹夜で準備した案件の成功報酬がラーメンでいいのか。



「…財前サンがいるなら」


 注意しないと聞こえないくらいの小さな声だったが、俺は聞き逃さなかった。顔は俯いているが、耳まで赤くなっている。ここまでやられたら、寿司でも何でも奢りたい。万が一俺がたぶらかされる計画スキームだったとしても、手の平の上で転がされてやろう。だって俺の後輩がこんなに可愛い。


「まあ、俺も…」





 お前がいるなら、いいけどな。





 そう言おうとした。





 言おうとしたはずだったのに。





 それを言葉にする前に、鈍い痛みが走った。

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