ウエディング・ヘル(その8)
両脇に騎士を連れ、タイトな軍服を着こんだエルフの男が魔王の前に悠然と歩み寄る。
シャドウエルフの長、ダグサの国の王であるミディールだ。
その肌は、地底で日光が届かない事もあってか雪のように白い。
皴もシミも一つたりと無い白磁の如き素肌は、シャドウエルフという名前から受ける印象とはまるで違うものであった。
軍服の肩章までサラリと伸びている髪は、室内の灯に照らされて金糸さながらに艶めいている。
胸元には煌びやかな徽章が並び、誇らしげに光りを放っていた。
金ボタンが縦に5つならんだ詰襟の軍服を着こんだエルフの王は、魔王一行を一瞥して底意地の悪そうな薄笑いを浮かべる。
「野蛮な太陽の下、野ざらし野宿生活を年中続けている下賤な浮浪者の皆さん、ようこそお越しで。地底の楽園はいかがかな?」
「なんだぁ、テメェ……」
いきなり無礼な口を利くミディール王に、魔王が『脳筋』と書かれた呪印を頬に輝かせながら詰め寄ろうとする。
今にも掴みかかろうとする魔王を、参謀が白手袋をはめた手で制した。
「ええ。地上の、大自然の気まぐれに翻弄される日々を過ごす身としては、ここは気候も安定しており実に快適です」
豪奢なカーテンが両脇に束ねられている大窓へと視線を移し、参謀が言葉を重ねる。
「太陽の灯ではなく地底世界の天面に繁茂するツキアカリ茸の作り出す幻想的な風景は、正に絶景。これも全て、ミディール様にお招き頂いたが故の体験。本日は魔王様以下私共一同を来賓として呼んで頂き、まことに有難うございます」
「……ふん」
すらすらと賛辞を述べ一礼する参謀を、つまらなそうにシャドウエルフの王が一瞥する。
頭を下げる参謀を無視して、ミディール王は同じエルフの王であるザンフラバの眼前へと足を進めた。
「お久しぶりです、偉大なるダークエルフを束ねる王にして我が義父ザンフラバ様。本日は遠路はるばるこのような場所までお越しいただき、感謝いたします。争い堪えぬ地上を治める事の疲れ、せめて穏やかな地底にいる間は、日々の重圧を忘れることが出来るよう私共でおもてなし致します。どうぞ、望む事があれば何なりと申し付けてください」
膝をつき、礼を尽くしてザンフラバを立ててシャドウエルフの長が挨拶をする。
魔王や参謀に対して見せた不遜な態度とはあまりにかけ離れた仕草に、不意を突かれたザンフラバの声が珍しくどもる。
「お、おお……こ、これは、ご丁寧に。娘もあなたのような王に嫁ぐことが出来て実に幸せでしょう」
「魔界一可憐とも言われるラウレティア姫を我が妃として迎え入れるという良縁を得ることが出来たのは、私としても正に僥倖。同じくあなたのような魔界を統べる器を持つ王と縁を持てた事もまた幸運でございます」
暗に眼前の魔王を『お前は魔界を統べる器に無い』と蔑むミディールに、魔王の表情に苦いものが混じる。
参謀が手で制していなければ、呪いの事も式典の事も全て忘れて殴りかかっていた事だろう。
花嫁であるラウレティアは、未来の夫に同意するかのようにほほ笑みながら首をゆっくりと縦に振っていた。もっともこれは参謀が操っての仕草なのだが。
ダークエルフの長であるザンフラバが、義理の息子となるシャドウエルフの王に向かい同じように膝をついた。
「どうかお顔をお上げください。矮小な身である私をそこまで認めて頂けることは有難い限りですが、今の私はこの魔王様に靴を預ける身です。寛大な貴方が私に手を差し伸べてくれたように、どうか私が身を置く魔王連合国にも同じように手を差し伸べて頂けませんか?」
形の上では魔王連合国に加盟しているザンフラバが、双方のメンツを立てた提案をする。
もっとも従っているのは形の上だけで、内心は魔王連合国への忠誠などカケラも無いのだろうが。これは別にダークエルフに限ったことではなく、魔王連合国と付き従う同盟国との関係は実利があるかどうかだけの物なのだ。
ザンフラバの言葉を受けて、地底のエルフを束ねる王であるミディールが言葉を返す。
「考え無しに蛮勇を振るう地上の魔族どもはいざ知らず、あの天魔大戦に参戦し勇猛果敢に戦い抜いたダークエルフのあなた方は我らエルフの誇りです。他の有象無象の戯言ならば聞くに値しませんが、ダークエルフの長たるあなたのご要望とあれば、断る理由は持ちません」
魔王に冷たい目線を投げかけ、ミディールが答える。
ザンフラバの言葉なら聞くが、魔王に従うつもりは無い。
同じエルフの長へと投げかける口調こそ丁寧であったが、内容としてはそのような物だった。
「そうだ。式典を始める前に我が義父ザンフラバ様と、我が妃ラウレティアに一人紹介をしておきたい者がおります。ティティス! 隠れてないで来るがいい!」
立ち上がったミディールが、居並ぶ騎士たちに向かい声を上げる。
「は、はい、父様」
騎士の背中に隠れるように立っていたエルフの子供が姿を現す。
「この先、お前の義理の祖父となるザンフラバ様と、我が妃となりお前の母となるラウレティアだ。あいさつをしろ」
「ティティスと言います。ど、どうぞよ、よ、よろしくお、お、お願いします」
父親と同じく艶やかな金髪に雪のように白い肌を持つエルフの子供がどもりながら挨拶をする。
子供が頭を下げると、絹のように艶めく髪がサラリと流れ瞳を隠した。
それを見ていたラウレティアの頬が僅かにひきつり、つむじのアホ毛がピクリと動く。
「おや?」
参謀が不思議そうに声を上げ、ラウレティアに目を向けた。
ラウレティアは変わることなく微笑みを浮かべたままだ。
先ほどの僅かな変化はもう見てとれない。
瞳の青い炎を揺らめかせ、参謀が変わらぬ様子のラウレティアを見つめる。
「ティティス、お前は相変わらずのグズだな。もっとはっきりと話すことはできないのか」
あいさつの仕方が気に入らなかったのか、ミディールが我が子に向けて辛辣な言葉を投げかける。
「す、す、す、すいませんお父様。ゲホッ、ゲホッ!」
父親からの叱責を受けて子供が胸を押さえてせき込む。
「失礼。我が息子は体が弱い上に気も弱いもので。いつこの世から旅立つかわからぬ身ですが、顔くらいは覚えてもらえると助かります」
自分の子供への愛情などまるで感じられない物言いだった。
実際、どうとも思っていないのだろう。
未だ苦しそうに咳を続ける我が子を気に掛ける様子は全くない。
「いつもはここまで咳もうるさくはないのですがね。ちょうど今はツキアカリダケが一年で一番繁茂する時期で。毎年胞子に喉がやられるようなのです。まったく、軟弱と言うか情けないと言うか。これが我が世継ぎとは、本当に失望させられる」
言っているうちに次第に不甲斐ない息子へのいら立ちがこみ上げてきたのか、ミディールの口元が苦々し気に歪み始める。
ティティスと呼ばれたエルフの子供が口元を押さえ、再びせき込む。
目に浮かぶ涙は、咳込んだ事だけが原因では無いだろう。
あまり良くない雰囲気を感じたザンフラバが、パンと手を叩いて話題を変えた。
「そうだ。世継ぎと言えば、魔王様の世継ぎも今日は来られているのですよね。どうでしょう魔王様、折角ですからお顔合わせを……」
「お? おお。そうだな。ウチの世継ぎにも挨拶させるか。おーいペケ子、あれ? どこ行った?」
いきなり話を向けられた魔王が先ほどから妙に大人しいペケ子の名を呼ぶ。
が、ぐるりと部屋を見渡してみても、先ほどまで暴れまわっていたはずのペケ子の姿は見えなかった。
「おい、嬢ちゃん。なんか魔王様が下で呼んでるぞ。ほれほれ、起きた起きた。おやつの後のお昼寝は、いったん終了な」
部屋の天井から死神の声がする。
「ペケ子様、そこにおられたのですか」
参謀が見上げると、シャンデリアをハンモック代わりにすやすやと眠りこけているペケ子と、それをあやして宙に浮いている死神の姿があった。
先ほど食べたケルベロスの石像に影響でも受けたのか、ペケ子の頭には犬の耳が生えていた。
「おーいペケ子! ちょっとこっち降りてきて挨拶しろ! エレガントにな!」
父親兼母親である魔王の野太い声を受けて、先ほど生えたばかりの犬耳がうざったそうにピクピクと動く。
続いて眠い目をこすり、くぁぁと大あくびをして煌びやかなシャンデリアの上に立ち上がったペケ子が、下で何やら騒いでいる魔王を見下ろした。
コキ、と首を鳴らし、シャンデリアを天井に吊るしている丈夫な鎖を掴んだペケ子を見て、死神が叫んだ。
「あ、バカ! 嬢ちゃんそれはやめ……」
死神の制止の声もむなしく、ペケ子が鎖を引っ張る。
シャンデリアを支えていた鎖はペケ子の怪力によって甲高い音を立てて引き千切られ、重力に従い落下する。
下に置かれていたテーブルがセットのイスと共に轟音を上げて砕け散った。
ガラス片や装飾に使われていた宝石、テーブルやイスの木材の破片が飛び散る中からペケ子が悠々と姿を現す。
「……失礼。こちらの修繕費用は我が国で受け持ちますので」
爆弾でも投げ込まれたかのような惨状をさらす部屋を見て、参謀が賠償を申し出た。
ウエディング・ヘル(その8)……END
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