ウエディング・ヘル(その7)
「ラ、ラ、ラウレティア!? お前、まさか元に戻ったのか!?」
半月ほど前に、魔王城でゾンビへと変わり果ててしまった娘の姿を間近で見ていたために、ザンフラバは驚きを隠せない。
ゾンビとなり腐れ果て、生前の面影すらうかがえなかった顔立ちも、醜く青緑色に変色していた肌の色も、腐った体液をヨダレさながら垂らしていた耳まで裂けた
大口もそこには無かった。
魔界随一とさえ生前囁かれていた美貌をラウレティアは取り戻していた。
生前と一つだけ変わっている所があるとすれば、それはつむじから一本だけ飛び出しているアホ毛だろうか。
身にまとう純白のドレスと相まって、ラウレティアは花嫁の理想を具現化したかのような華やかさを誇っていた。
「よかった。本当に、良かった。父さんな、本当に心配したんだぞ。元に、元に戻れたんだな」
涙と鼻水を流し、驚きと喜びに顔面をぐちゃぐちゃにさせている父親に、花嫁ラウレティアは優しく語り掛けた。
「もちろんですわ。偉大なる魔王様の下で性根と同じく歪んだ体を縫い合わせて頂き、オツムと同じく腐った肌は特殊塗料で誤魔化して頂き、生まれ変わって最ッ高にハイな気分ですわ。さ、お父様も大恩ある魔王様の足元にひれ伏してケツをペロペロ舐めてくださいまし。私が毎朝しているように」
ニッコリと微笑みを浮かべてラウレティアが衝撃告白をする。
愛娘の突然のスキャンダル発言に父であるザンフラバが今度は怒りと驚きに顔をゆがめて詰め寄った。
「な、な!? 魔王、てめえ嫁入り直前のウチの娘になにさせとんじゃあああ!? 殺す! もう殺す! お前は殺す! 絶対殺す! 今殺す! 殺してやるぞクソ魔王!」
「ちょ、ちょ! まてって! 俺そんなアグレッシブなサービス受けた覚え、一度もねえぞ!? 誤解だって!」
まったく身に覚えのない事を告げられ、魔王が両手と首を横に振る。
「ああー、じゃあ何か? ウチの娘があんな下品な嘘つくってか!? そんな育て方してきてねえぞ俺は!」
ザンフラバは尚も糾弾を辞めない。
それは当然だ。
長らく娘とは暮らしてきたが、昔の記憶のどこを探ってもこのような嘘をつく娘の姿は出てこないのだ。
「ウソでございますわ」
「は?」
娘のいきなりな虚偽の告白に、ザンフラバが怪訝な顔をする。
「私は下品なウソつきですわ。愚かで下劣で下賤なエルフの子種がシーツの染みになり、ママの割れ目に残ったカスが私ですわ」
「ど、ど、どうしたんだラウレティア!?」
娘の口から今まで聞いたことも無いようなド直球の下ネタが飛び出したことに、父であるザンフラバが何事かとうろたえた。
「どうにかしたんですよ、ザンフラバさん」
その声は、二つの声が混ざった奇妙なものだった。
声の出どころは二つ。一つは目の前のにこやかに笑う愛娘、ラウレティアから。
そしてもう一つは自身の隣に立つ牛の頭蓋骨顔の魔族、つまり参謀の口から発せられていた。
「あ、あ?」
ザンフラバが事態を飲み込めず、娘と参謀の顔を交互に見比べる。
「今は私がラウレティア姫の一挙手一投足を操っています」
手を背中で組んで答える参謀の言葉にダークエルフの王は次第に事情を理解し、そして理解したからこそ顔を朱に染める。
「参謀。テメェ、このザンフラバを侮辱してんのか?」
娘が操られ、自身がおちょくられた事に憤慨するザンフラバに、参謀が静かに語りかける。
「はい。貴方が魔族の長であり、我が魔王国の国主である魔王様を侮辱されるのでしたら、同じように。誠意には誠意を。侮辱には侮辱を。武力には武力をです。貴方が望むものはどれですか?」
「チッ……」
依然状況は何一つ変わっていないことに、ぬか喜びをさせられたと感じたザンフラバが舌打ちをする。
理解の色を示し始めたザンフラバに、参謀が言葉を重ねる。
「娘さんの件ですが、あれから色々と調べまして。アンデッドになりたての為、自分の体を魔力で操る術が身についていないゆえの低知能と衝動的な行動でした。今は私の魔力で体の動きを補助、操作をしている状態です。このまま補助を続ければ、ウチの死神の目算では大体10年程度でヴァンピーアとして、ほぼ生前と同じ見た目と知能を取り戻せるとの事です。多少の欠損はあるようですが、記憶も大半は戻るようですよ?」
「……10年か」
10年。
長寿を誇るエルフ種族にあって、その期間は大して長い物ではない。一般的なエルフの寿命は数千年。人間との間に生まれたハーフエルフでさえ数百年は生きるのだ。
ましてやザンフラバのように魔力に優れた高位のエルフの寿命は数万年にも及ぶ。
彼らの長い生涯において10年という時は長い物ではない。
「そして、何よりの利点は娘さんの遠隔操作が可能な事です。自発的行動は今はまだ危険すぎますが、それまでの10年間は視覚聴覚情報を共有することが出来ます。これは諜報の面で非常に有利であり、貴方が考える国家簒奪の計もやり易くなることでしょう。貴方が今後とも変わらぬ忠誠と親愛を魔王国に、魔王連合国の一国として誓うのでしたら、我々としてはこれまでで得た技術を譲り渡す用意はありますよ」
参謀の提言を、ザンフラバが口の端を歪めてあざけった。
「ハ、何を上からモノを言っている。こっちはな、お前らのバカ大将に呪印を刻み込んであるんだ。魔王の生殺与奪権を握ってるのは俺だって事、忘れてんじゃねえぞ」
絶対的優位にあることを主張するザンフラバに、即座に参謀が言い返す。
「その呪印の制約内容は式典が無事成就するか否かで判別されるものですよね。よって無事婚姻の儀が済めばあなたの小賢しい呪印が消える事。そして何よりあなたの娘であるラウレティアの生殺与奪……と言っても既に死んでますが、肉体は私の遠隔魔法の制御下にある事をお忘れなく。今すぐ浄化の術なり火炎術式を娘さんの体内で発動させても良いんですよ?」
「てめえ……」
自分と同じく相手もまた強力な手札を持っている事実を指摘され、ザンフラバが呻いた。
「つまり我々とあなたは今、相互確証破壊の関係となっています。互いの破壊を求めるより互いが幸せとなる道を共に歩みませんか?」
「……チッ。相変わらず小賢しい野郎だ」
参謀からの提案に、ザンフラバが腹立たし気に舌打ちする。
「悪辣さで知られるダークエルフの王からそのような言葉を頂けるとは光栄ですね」
瞳に灯る青い炎を揺らめかせ、参謀が皮肉を返した。
ザンフラバが参謀から顔を背けた先、自身が入ってきた扉へと目を向けると数人のエルフの騎士たちがガチャガチャと金属音を響かせ部屋に入ってきた。
金属音は、騎士たちが着こんでいる全身鎧が立てているものだ。
騎士たちは、馬に乗ってでなければ移動できないような全身甲冑を着こんでいた。
頭の先からつま先まで全てを包み込んでいるこの鎧は、全て鉄で作ったならばその重量は恐らく40キロを超える。
馬にでも乗るのでなければマトモに歩く事さえ困難なはずだ。
これはエルフの騎士たちが底抜けの体力を持っているからではなく、重量を軽減するための魔石や特殊鋼材がふんだんに使われているためだろう。地上では貴重な軽重量鋼材のミスライルも、この地底ではさして珍しいものではないのかもしれない。
「王のお越しだ。一同、控えよ!」
槍を手に持った一人の騎士が声高に叫んだ。
ウエディング・ヘル(その7)……END
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