ウエディング・ヘル(その1)
「いやあ、それにしてもめでたい! そうかそうかー。お前んとこの娘、とうとう嫁に行くのか。まあ美人だったもんなあ。四六時中求婚されてたみたいだし」
魔王城謁見の間。
脇に参謀を従え、玉座に座る魔王が上機嫌で笑う。
眼前には、砂漠で過ごす者のような蜂蜜色の肌をした一人の美青年が居た。
「ええ、そうなんですよ。娘もワガママでして今まで中々首を縦に振ること無かったのですが、今回の相手は気に入ってもらえたようで。とうとう結婚と相成りました」
絹を流したかのような白銀の髪を揺らし、美貌の青年が魔王へと言葉を返す。
切れ長の目に気品を感じさせる柳眉と、彫りの深い整った顔は、ここ魔王城の女給達がすれ違う度に感嘆の声を上げるほどのものだった。
一見すると砂漠にすむ人間のようにもみえるが、彼は人間ではない。
その大きな種族的特徴として、耳の先端部が尖り天を向いている。
ダークエルフ。
長きにわたり魔界に住むエルフたちの総称である。
清廉な空気の森林を好む通常のエルフたちとは住処が違い、瘴気の濃い魔界の山林に好んで住居を構える一族だ。
その一族の長でありダークエルフを取りまとめているのがこの青年、サザンランド深林国国王、ザンフラバである。
見た目は若々しい美青年だが、その年齢は5万飛んで50歳と上級魔族として見てもそろそろ高齢の時期に差し掛かっている。
来賓と話をしている魔王たちの玉座から少し離れた大きな柱の辺りでは、メイド長の死神と、ようやく生後一週間経った魔王国の姫君であるペケ子が暇そうに突っ立っていた。
来賓を迎え入れる為、魔王国姫君であり第一王位継承者であるペケ子もいた方が良いだろう、という安直な考えで呼び出されたのだ。メイド長はその護衛である。
生まれた初日に仮にも上級魔族である参謀を一撃で葬り去ったペケ子に、果たして護衛が必要かと言うとはなはだ疑問だが。
「ひゃっひゃっひゃ! 嬢ちゃんヒマそうだねぇ。みかんでも食うかい?」
黒いローブを纏い大鎌を背負った骸骨というド直球で死神な外見をしているメイド長が、懐から黄色くおいしそうに完熟したみかんを一つ取り出す。
骨ばった、というか骨そのもの手に乗せられ差し出されたみかんを、ペケ子は物珍し気に眺め、顔を近づけてスンスンと匂いを嗅ぐ。
柑橘系の香りがお好みでなかったのか、ペケ子は顔をしかめていやいやした。
そして、みかんへと人差し指を向けると、ドス、という何かを突き刺す音が響く。
「ありゃ? 嬢ちゃんみかん嫌い? おいしいのになあ」
死神が、槍の穂先のように伸びたペケ子の人差し指と、串刺しにされて中空に縫い付けられたみかんを眺める。
一メートルほどの槍と化し、みかんを貫いたペケ子の人差し指が、音もなく元のサイズへと戻る。
指の先端は貫いた拍子にみかんの果汁で濡れていた。
指に着いたみかんの香りを嫌がってか、ペケ子は床に人差し指を懸命にこすりつけていた。
「あー嬢ちゃん、ばっちいばっちい! 指拭くならほれ、おいちゃんのハンカチつかいな」
懐から今度は青いハンカチを死神が取り出して、屈みこんでペケ子へと差し出す。
ペケ子は死神からハンカチを受け取ると口に持っていき、そのまま食べた。
「あちゃー」
死神が顎をカコ、とならして苦笑した。
玉座の方では、脇にたたずむ参謀が来賓であるダークエルフの長、ザンフラバに向かい話しかけていた。
「相手はどこの御方でしょう。今まで求婚を断り続けてきたエルフの姫君の心をついぞ射止めた方となると、さぞ名の知れた御方かと思いますが」
参謀の問いかけに、魔王もうなずいた。
「ああ、気になるな。お前んとこの今回嫁に行く姫さんって、かの有名な美姫にして才媛、ラウレティアだろ? なんか吟遊詩人が姫さん題材にしてしょっちゅう歌作ってるからな。悪魔も魅了したとか出し抜いたとか。ある意味魔界のアイドルだもんなー。相手誰なん?」
魔王と参謀の二人からの賞賛交じりの問いかけに、気を良くしたザンフラバが得意げに答えた。
「地底に住まうシャドウエルフ達の国、ダグサ黄光国を束ねる王、ミディールです」
ザンフラバの答えに、魔王が驚きの声を上げる。
「は? マジかよ! あそこ完全に鎖国してただろ! よく交流持てたなー」
参謀もダグサ黄光国の名を聞き、顎先に指をあてて言葉を紡ぐ。
「これは驚きました。かの国の王妃様が奇病でお亡くなりになったというのは話には伺っていたので、次の妃はどなたかと思ってはいましたが、そうですか。ザンフラバ様の娘さんでしたか」
牛の頭蓋骨さながらの顔面をした参謀は、その空洞の瞳の奥に青い炎をゆらめかせながら言葉を続けた。
「地底のエルフを束ねる長と、魔界のエルフの姫のご成婚。これは大きな結びつきが生まれましたね。森のハイエルフ達の心中たるや穏やかではないでしょう」
エルフ族は、この世界の創造神である女神ジルオールを信奉し人と共存の道を歩むハイエルフ達と、女神に仕えることを良しとせず魔族として生きるザンフラバのようなダークエルフ達との間で長年互いに激しく争う民族対立がある。
そして地底に住むシャドウエルフ達は基本的に地上の物事に対しては我関せずの態度を貫いており、人と魔族との決戦とも言うべき天魔大戦にも参加をしていなかった。
エルフの第三勢力とも言うべきシャドウエルフが魔族側であるダークエルフと婚姻関係を結ぶ事は、確かにエルフという種族内での勢力図を大きく動かしかねない一大事だろう。
とはいえ、表情のほとんどが骨格な参謀はいつもの牛の頭蓋骨顔のために、まったく驚いているようには見えなかったが。
「ふん! あんな女神や人間どもに媚びへつらうクソエルフなど、エルフの風上にも置けんよ」
ザンフラバが端正な顔をゆがませて、苛立ちまぎれに吐き捨てる。
「我々エルフの矜持は『正しくある事』だ。ならば弱肉強食、力こそが我々生きとし生けるものの唯一の法であり正義なのだ! 何が女神だ! 何が託宣だ! 姿も現さぬ部外者風情の語る世迷言を疑いもせず、人間共に力を貸す奴らハイエルフ達のどこに正義がある! 何が正しいかも己で決めることの出来ない者の語る正義はな、盲信と言うのだ!」
魔界に住まうダークエルフと、天界や人間界に住まうハイエルフは文化的対立があるだけでなく実際に種族間を二分しての殺し合いにまで発展している。
先代魔王時代に勃発した魔王歴最大の戦争、天魔大戦。
かつて、この世界を管理すると言われる女神ジルオールより、あらゆる能力を授けられた一万人の勇者が魔王国に攻め込んできたことがあった。
人類と魔族の覇権を掛けたこの魔界歴最大の大戦で、ダークエルフ一族は魔王国連合軍に、ハイエルフ一族は勇者達率いる人類連合軍に助力し、互いに殺し合っていた。
元々文化的にお互いがそりの合わない種族同士であったが、決定的な断絶はここからだろう。
ちなみに、イナゴの群れの如く大量発生した勇者たちは、魔族側にも多大な被害を出しながらも一人残らず先代魔王の手により駆逐された。
天魔大戦以後、種族の存亡を賭けたような大規模な戦いは先代魔王が勇者化して襲いかかって来た事例を除けばひとまず無くなり、魔界と人間界には平穏が訪れている。
まあ結局は、散発的にこの世界を管理する女神より勇者が魔界に送り込まれ、魔王はその命を狙われている事に変わりは無いわけだが。
「して、どのようないきさつでご縁を持たれたのです? シャドウエルフ一族は隠者の一族。かの天魔大戦の時でさえ地中に引きこもり戦いに加わらなかった不干渉を貴ぶ者たちです。王女ラウレティアさまの美貌はさることながら、それだけで一族を束ねる王が婚姻を結ぶとは思えません」
参謀の冷静な指摘に、ザンフラバが口の端をニイと上げる。
「ふふん、恩を売ったのよ。恩を」
「お? さてはお前、なんか悪い事したのか?」
同じく悪そうな笑みを浮かべる魔王だったが、ザンフラバはそれを即座に否定した。
「まさかまさか。とある寄生虫による疫病が流行っていたので、その特効薬となる薬草を大量生産して流通させたのですよ。農業に薬学は我が国の専売特許ですからね。以後、我が国とのみ、交易を開くようになりまして。今後さらに密な関係をということもありまして、此度の縁談の話が持ち上がったというわけです」
「ほほう、それは良縁ですね。おめでとうございます」
素直に賞賛の言葉を参謀が送った。
「ま、その寄生虫を媒介する川貝を持ち込んで繁殖させたのは、我が国の間者なのですがね。気候的にもあちらの国に適していたようで、ちょっと放っただけで後は勝手に大繁殖ですよ。まさか、王妃まで罹って死ぬとは思いませんでしたがね」
くっくっく、と美しい顔をゆがませて、ザンフラバが嗤う。
「川貝が媒介する寄生虫でパンデミックを起こすほどとなると、天魔大戦中に生物兵器として開発された悪名高いオオイリガイですか? なんでも体内で大増殖しながら全身を食い荒らして宿主を殺す、恐るべき線虫をその身に宿してるという」
参謀の指摘に、ザンフラバが首を縦にふる。
「ご明察。あの線虫に寄生されたら通常の薬草や治療法では救う手立てはない。どんな医者も、高名な僧侶も、お手上げだ。瘴気が濃く、さらに日光も存分に降り注ぐという特殊な気候条件でのみ育つ薬草を使った我が国特製の駆虫薬が無ければな」
「ああ、ラッパのマークのセイロカンな。あれ効くよなホント。天魔大戦中は良く飲んでたわ。くっせえけど」
魔王が、自分の国にも大々的に流通している虫下しのロングヒット商品を思い描き、答えた。
「なるほど。彼らシャドウエルフは鎖国しており天魔大戦を経験しておらず、そのため人造の寄生虫に対しての知識も対抗策も何もなかったわけですね。そこを上手く突いたと。お見事です。魔族たるものかくあるべし、ですね」
参謀が、両眼に灯る青白い炎を揺らめかせる。
ザンフラバは、我が意を得たりとばかりに胸をそらした。
「ククク、騙された方が負けなのだよ。戦いは魔力、そして知略だ。その双方を兼ね備えている我が一族こそがエルフの頂点に立つのにふさわしい」
「まー俺としても同盟結んでる所が力持ってくれる方が良いしなー」
ガンバレーと気軽にエールを魔王が贈った。
「ありがとうございます。魔王連合国の一員として、これからも末永くお付き合い頂ければ幸いです」
同盟国とはいえ、なんだかんだで魔族の統治する国の中で一番の軍事力を誇り、数々の国を取りまとめているのは魔王国である。
ザンフラバは一歩下がって魔王に謝辞を告げた。
「ところで魔王様。我が娘ラウレティアも魔王様にご挨拶がしたいとの事で待たせてあるのですが、一目お会い頂けないでしょうか?」
ザンフラバからの問いに、魔王は気軽にうなずいた。
「あ、そう? んじゃ折角だし会っとこうかな。よし、じゃあ転移魔法陣使えるようにちょいと結界緩めるな」
玉座から立ち上がり、魔王が指を鳴らす。
「それでは。ラウレティア、お目通りの許可を頂けたぞ。来なさい」
落ち着いたザンフラバの声に合わせて、玉座の前の絨毯に複雑な紋様が浮かび上がり、淡く光を放つ。
遠く離れた地へと一瞬で降り立つ転移魔法陣である。
本来ならば侵入者対策の為、参謀などの一部の者しか転移魔法陣での入城は許可されていないのだが、今は魔王が侵入者を弾く結界を一部解いていた。
淡く光る魔法陣から現れたのは、金色の豊かな髪をなびかせ、同じく豊かな胸の前で腕を組む美姫、ラウレティアだった。
親譲りの、いやそれをはるかに上回る女性として完璧なまでに美を体現した花のような容姿に、思わず柱に寄りかかっていた死神も声を上げる。
「ひょー! こりゃあ別嬪さんだ。並みの男じゃ見ただけで倒れちまうわ」
琥珀色の肌に、白のドレスを身にまとったラウレティアが魔王に向かい優雅に一礼した。
ウエディング・ヘル(その1)……END
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