魔王様の異世界征服計画!(その2 結)

 魔王城謁見の間にて。

 参謀が玉座に座る魔王に向かい、異世界の状況を伝える。


「魔王様、例の異世界を征服するとのことですが。あちら側の兵力は、砂漠にある『何とかスタン』とかいう一国だけで約100万人ほどの兵員を所有しているそうです。我が軍の10倍以上ですね。中には一国だけで600万人もの兵力を有する国もあるようで……」


 次々と参謀から重ねられる規格外の情報に、魔王がうめき声をあげた。

 マトモな住居も作れず洞穴に暮らし、その全人口もこちらの兵員以下の数しかいないとタカをくくっていたのに、しばらく見ない間に魔王城より遥かに高い超高層建造物を建てまくるだけの技術力を手に入れ、人口も当時の数万倍にまで増加させ、ただの一国の兵力だけでこちらの10倍以上の兵員がいるという状況になっていたのだ。

 大誤算も良い所である。

 魔王の額には怒りと焦燥からか青筋が浮かび上がっていた。


「あと、彼らは遠い空のかなた、山を越え雲を突き抜け青空すら眼下に置き去りにした超々高度にある星々の世界に国際宇宙ステーションという空中浮遊基地も建設しているそうでして。並のドラゴンではとても辿り着けない高さにまで居住空間を作りつつあるようです。同じ場所で渡り合えるのは、それこそ伝説に名を遺す核滅竜ゾディアークか先代魔王様くらいかと」


 参謀が光学魔法を用いて中空に映像を映し出す。

 魔王の座る玉座から視点が高くなっていき、魔王城全体を見渡せる上空に、更に切り立った山々の山頂に、山々を飛び越える鳥たちの高さまで視点が映る。

 映し出される高度は更に上がり、雲を超え、青空を突き抜け、ドラゴンの群れを眼下にオーロラのカーテンを映し出し、更に更に高く上り、白い車輪を組み合わせたような国際宇宙ステーションを映した所で映像が止まった。


「な、な、なんでちょっと前まで地べた這いずりまわってたウジ虫が、いつの間にかドラゴンより高い場所に巣を作るまでになってんだよ! 発展速度イカれてんだろ! そんなに生き急いでどうすんだ! もっとその、スローライフを楽しめって! どんぐりとか地面に埋めて、キャホキャホはしゃいでろよ異世界の人類!」


 玉座から身を乗り出し、唾を飛ばしながら魔王が文句を言う。


「人口の増加、国の勃興、文明の発展、その全てが異世界の人類は目覚ましいスピードで進歩していっておりますね」


 懐からハンカチを取り出し、頬に飛んできた魔王のツバを参謀が拭う。


「ぐぬぬ。で、その異世界に人間どもの国は何ヵ国くらいあるのだ」


「ええと、325ヵ国ほどあるようです」


「マジかよ! ありすぎだろ! てか、国別れすぎだろ! これ一つの世界、一つの種族内だけでの話だろ!? もっと仲良くしろって! おてて繋げよ!」


 滅茶苦茶な異世界の有様に、思わず魔王らしからぬツッコミを魔王が入れた。

 そんな魔王の考えに沿うようにと参謀が補足説明を入れる。


「あ、連携もちゃんと取ってるみたいですよ。何でも『国連』という組織に325ヵ国中193ヵ国ほどが集まって様々な取り決めをしているそうです」


「ふっざけんな! 仲良しクラブかよ! もっと喧嘩しろ!」


 さっきまでとは真逆の事を言って魔王が怒鳴り散らす。

 ふと参謀が顎に手を当てて考え込むようなしぐさをする。


「まあ、国同士が集まる大きな組織があるとは言っても、何だかんだで四、六時中どこかしらの国同士で揉めてはいるようですが」


「そらみろザマァ! 愚かな人間どもめ、同士討ちで滅ぶが良いわ! はーっはっはっは!」


 何故か勝ち誇ったかのように哄笑を上げる魔王に、参謀が釘を刺す。


「しかし魔王様。それも所詮は同族間、人間同士での争いの話です。我ら魔族という共通の敵が現れた場合、人間どもが手を取りあい大兵団を作る可能性は否めません。現に我々の世界では人種族は国の垣根を超えて一致団結し、エルフやドワーフ、ノームにハイエルフといった様々な種族と共謀し、魔族に挑みかかり天魔大戦が過去に起きたわけですし」


「うぬぬ……」


『天魔大戦』という単語を聞いて、魔王が先程までの勢いを失う。

 この世界に住む者なら誰もが知る、人と魔族の間で起きた魔界史上最大の戦い、天魔大戦。

 魔界人間界共に大きな傷を負ったこの戦いがまた引き起こされる可能性があると言われると、いくら考え無しの魔王と言えども流石に二の足を踏む。


「まあそれ以前に我が魔王国連合軍7万程度の総動員兵力では、相手側の325カ国中の一国にすら及ばないわけですけどもね」


 参謀の冷静な物言いにプライドを傷つけられたのか、魔王が負けてられるかとばかりに大声を上げる。


「ああ!? 戦いってのはな、数だけで決まるもんじゃねえ! 魔力がモノを言うんだよ! 石斧ぶん回すしか脳の無い、魔法も使えねー貧弱下等生物がいくら群れた所でアリ同然! ご自慢の高い建物もろとも、叩き潰してくれるわ!」


 自分に言い聞かせるかのように勇ましい事を言う魔王に、参謀が口を挟んだ。


「それなんですが魔王様。彼ら、魔法こそ使えませんが、その分『科学』という技術を発展させていたようで。武器も石オノからは大分形を変えております」


「なんだ? ウチの所の人間どもみたいに弓矢や大砲程度は扱えるようになったか? だがそれだって魔法が無けりゃどんだけ数揃えたところで……」


「ボタン一つ押すだけで、誰でも山を消し飛ばしたり島を吹っ飛ばせるような武器を持ってるようです。我が魔王国連合国の中で言えば……そうですね。西の森林に住むノーム達の治める小国家群、ミクロノーマシア連邦などは森林もろともまとめて蒸発するんじゃ無いでしょうか」


「……え? 今なんて? 山を消し飛ばす? 島を吹っ飛ばす? 国が蒸発する? 弓矢の話はどこに吹っ飛んでっちゃったのかな? マジで言ってんのソレ」


 魔王の頭でイメージしていた武器とのあまりの格差に、あわてて参謀を問いただす。


「はい。事実です。何でも『かくへいき』と呼ばれる太陽の力を人工的に作り出した武器のようでして。その武器群で強いものですと、ひとたびボタンを押せば半径1キロ以内は生物だろうが木だろうが岩だろうが山だろうが全て蒸発し虚無へと還し、半径2キロであらゆる建造物を全て倒壊させ、半径4キロ地点であらゆる生物を猛烈な熱により焼き殺し、その爆風は200キロに渡る範囲で被害を及ぼし、更にその範囲以上の地域を長きにわたり毒の雨を降らせて苦しめるとか。しかも遠く海の向こうの国へも、正確にその武器を飛ばすことが出来るそうです」


 参謀からもたらされる信じがたい情報の数々に、流石の魔王もゴクリと唾を呑んだ。


「……そ、それは恐ろしいな。でもアレだろ? それってほら、ウチで言うとこのさ、クソ女神が勇者のために作った伝説の剣みたいなもんだろ? そんな魔界にも何本も無いような武器を例に持ち出すとか、ずっこくねえ?」


 魔王が参謀を指差して指摘する。

 が、魔王の指摘に参謀はゆっくりと首を振った。


「いいえ、その『かくへいき』の最大の恐ろしさは在庫の数でして。どうも1万5千発ほどが世界各地にあるそうです」


「は!? なんでそんないっぱい作っちゃったの!? あぶねーじゃん! あいつら互いに喧嘩してんでしょ? バカなの? 死ぬの? 何かのはずみでその武器持ってる国同士が喧嘩したら、どっちの国もぶっ飛んじゃうじゃん!」


 異世界の、あまりの惨状に魔王が思わず異界の人間たちを諭した。


「そうですね。ちなみに1万5千個の『かくへいき』を全弾発射した場合、あちらの世界に存在する全ての街を焼き払い80億人ほどいた人類全員を根絶やしに出来るそうでして。彼らが本気で魔界に攻撃してきたら、魔王様やハイエルフ、ダークエルフ、そしてヴァンパイアといった一部の高い魔力を持つ魔族以外はみんな焼け死んじゃうんじゃないですかね。私もちょっと危ないです。メイド長は大丈夫でしょうが」


「さ、最悪の場合、滅びはしないまでもこちらも相当な深手を負うという事か」


「いえいえ魔王様、農業や畜産業、漁業に携わっているゴブリンやオーク、ノームにドワーフ、コボルトや人間といった者たちが軒並み消し飛ぶ上に、毒の雨とやらのせいで飲み水も穀物も汚染されてしまうので、生き残った我々も恐らく文明を維持することが出来なくなります。そうですねえ、その場合は洞穴を住居にし、石斧を持ってわずかに生き残った獲物を追いかけまわす、そんなスローライフを送る破目になるかもしれませんね」


「ほ、ほおー」


 今まで歩んできた歴史を全力で逆走して石器時代に戻りかねないという事実を聞き、魔王の頬に冷たい汗が流れた。


「しかし戦いの勝敗を決めるのは魔力ですからね。島を吹き飛ばし、山を蒸発させるような誰でもお手軽に使える武器が1万5千発ほど眠り、325ヵ国の内の一国と比較してさえ我が軍の兵力を十倍も上回る相手ではございますが、魔王様の魔力があれば何とかなるはずです。早速兵士達をかき集めて戦の準備をしてまいりましょう。どうせ負けた所で洞穴に住んで石斧ぶん回すしか能の無い、貧弱下等生物となり果ててゆっくりスローライフを送る程度の事ですしね」


「ちょ、ちょ、ちょっと待て参謀。すこーし落ち着こうか」


 踵を返して立ち去ろうとする参謀を、魔王が慌てて呼び止めた。


「おや、どうしました魔王様」


「いや、ほら。やっぱさ、平和って大事じゃん。今、四天王も入院中だし戦争するよか内政に力を入れるべきだと思うの。娘も産まれたばっかだし。あとほら、あれだ。あーお腹痛い! お腹痛いなー! これはちょっと戦争どころでは無いかもしれん! 安静にしなければ!」


 大げさにお腹を押さえて魔王がうめき声を上げる。

 まあ実際数日前には魔王の腹どころか胸まで大穴を開けてペケ子が出てきているわけだが。

 玉座でお腹を押さえてうなっている魔王を眺めて、参謀が口を開いた。


「なるほど。怖くなったから逃げるわけですな」


「……お前さ、俺がせっかく包んだオブラート全部引っぺがすのやめろや」


 苦々し気に睨む魔王に、参謀が素知らぬ顔で答える。


「同盟国からの縁談の申し入れは、争いにならぬよう私の方で文面作って返しておきますね。平和は大事ですし」


「あーわかったわかった。お前に任せるよ、参謀」


 あっちに行け、とばかりに参謀に向かって魔王は手をひらひらと振った。



魔王様の異世界征服計画!(その2 結)……END

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