君の名は?(その1)

 魔王城謁見の間にて。

 その最奥に位置する巨大な玉座に、同じく巨大な体躯を誇る一人の男が座っていた。

 魔を束ねる者どもの王、この城の主である魔王である。

 2メートルを優に超える筋骨隆々とした巨躯は、見た人間どもに恐れを抱かせるに違いない。


「参謀! 参謀はいるか!?」


 魔王が太い喉を震わせ、部下を呼ぶ。

 玉座のある謁見の間は、人間の家が数軒丸ごと入りそうなほどの高さと広さを誇っている。

 その間を、磨き抜かれた大理石の柱が樹齢数百年の巨木のように立ち並んでいた。

 魔王の呼び声に合わせて、大理石の柱の陰から参謀が姿を現す。


 牛の頭蓋骨に酷似した頭部を持つ参謀は、その双眸に眼球はない。

 本来ならば眼球が収まるべき空洞には、代わりに青白い炎が燃えていた。

 いつもと変わらぬ見慣れた顔に、いつもと変わらぬタキシードに身を包んだその魔族を見て、魔王が若干呆れを含んだ声を上げる。


「何だ参謀、そんな所にいたのか。いるならいると、いつものように返事をせんか」


「……」


 主である魔王の言葉に、しかし参謀は答えない。

 青い炎の双眸を揺らめかせるだけだ。


「おい、参謀。何とか言ったらどうだ?」


「……」


 黙りこくったまま立ち尽くしている参謀を見て、苛立ちを覚えた魔王が若干声を荒げる。

 頑強なブラックミスライルで出来た玉座の手すりが、魔王の手に込められた力でギシリと音を立てた。


「参謀。お前、話聞いてんのか。返事しろつってんだ」


「お呼びでしょうか魔王様」


 突然、目の前の参謀からではなく玉座の隣から聞きなれた声が投げ掛けられた。


「おわっ!?」


 予想外の方向から声を掛けられ、魔王が驚いて振り向く。

 そこには、いつもと変わらぬ牛の頭蓋骨顔をした参謀の姿があった。

 参謀の足元には、ここに現れる時に使ったのであろう転移魔法陣が磨き抜かれた竜石質の石床に輝いている。

 玉座の隣でいつものように佇む参謀と、柱の脇で立ち尽くしている参謀。二人の参謀を交互に眺め、魔王が首をかしげる。


「……は? 参謀が二人?」


 豊かなあご髭を撫でて二人を見比べている魔王に、玉座の隣の参謀が答えた。


「いえいえ魔王様。こちらは姫君にございます」


 柱のそばで立ち尽くしているもう一人の参謀を白手袋をはめた手で示し、参謀が答えた。


「え、マジで!?」


 目を見開き、驚愕の声を魔王が上げる。

 それほどまでに二人の参謀は酷似していたのだ。

 体格、容姿はおろか着ているタキシードに手にはめた白手袋まで何もかも同じだ。

 はた目には、まったく見分けはつかない。


「はい。姫君はどうも肉体操作と変身能力に長けておられるようでして。この通り体格容姿はもちろんの事、服装に至るまで完全に変化をなされるようです」


 参謀がもう一人の参謀に歩み寄り、うやうやしく一礼をする。


「姫様、どうかお戯れはそのあたりで」


「……」


 参謀の言葉に、もう一人の参謀の輪郭がぐにゃりと粘土細工のように歪む。

 180センチほどもあった背丈はどんどん縮まり、伸びていた手足も頭部も全て来ていたタキシードの中に引っ込んだ。

 上着とズボンが、共にパサリという乾いた音を立てて落ち、取り込んだ洗濯物のように丸く形を作る。

 はめていた白手袋も、一瞬宙を舞った後ですぐに床に落ちた。

 魔王が視線を床に落とし、丸まっている服へと投げかけた。


「おお?」


 モゾモゾと、先ほど床に落ちたタキシードの中で何かが動く気配がする。

 すると、シャツの襟首の部分からニュっと可愛らしい子供の顔が姿を現した。

 艶やかな長い黒髪に、血色のいい肌。

 そしてクリクリとした大きな瞳からは、先ほどまで化けていた牛の頭蓋骨顔をした参謀の痕跡はどこにも無い。

 子供が床に落ちたズボンをそのままに立ち上がる。


 参謀と同じサイズのタキシードは子供の体のサイズにはまるであっていない。

 タキシードの上着から頭と足首だけを出して立ち上がった子供は、はた目には極寒の地に住むペンギンのようだった。

 ソデの中に完全に隠れてしまっている腕をパタパタさせている仕草も、ペンギンらしさに拍車をかけている。


 上着の裾の部分をスカートのようにひるがえし、ズボンを床に脱ぎ捨てたまま、子供が玉座に歩み寄る。

 無表情な子供の瞳が自分を見上げるのをみて、魔王が思わず感嘆の声を漏らす。


「凄いな。まったく見分けがつかなかった」


 脇に立つ参謀も、眼窩に燃える青白いの炎を揺らめかせながら賞賛の言葉を送った。 


「ええ。まだお言葉を覚えておられないので話すことはできませんが、しかし見た目では全く判別できないほどにお化けになられます。さすがは先代魔王様の孫娘、といった所でしょうか」


「参謀。お前今サラっと順番一つ抜かしたよな? そこ『魔王の娘』じゃダメだったん?」


 問い詰める魔王の言葉を遮って、参謀が問いかける。


「そんなことより魔王様。姫君のお名前はいかがいたしましょう。まだお名前が何もついておられないというのは、栄えある魔の王族として問題かと思われますが」


「……お前、今露骨に話題そらしたな」


 魔王が顔をしかめて参謀の牛骨顔を睨みつける。

 普段と何一つ変わらない、何を考えているかわからない参謀の髑髏顔を魔王はしばしの間睨んでいたが、らちが明かないと思いなおしたのかため息をついて名前について考え込む。


「んー。改めて考えるとなると迷うな。何か良い名前無いもんかね? こう、強そうな、由緒ある感じの奴。俺そういうの考えるの苦手でさ」


 ふい、と首をかしげる子供を眺め、参謀が指を一本立てて提言した。


「そうですね。では天界の神が忌み嫌う大罪の内一つ、暴食より名を取ってグラトニーとか」


「んー、悪くないけど女の子だからな。ほら、学校でよく名前の由来とか聞かれるじゃん? 大きくなって魔界小学校とかで先生に名前の由来聞かれた時にさ『私の名前の由来は、いっぱい食べる子だそうです!』てな具合に説明すんの、ちょっと可哀そうなんじゃねえ? もっとこう、そうだな。カリスマ的なさ。有名人から名前取るのとかいいかもな」


 色々と注文をつける魔王に、参謀が瞳に燃える青白い炎を揺らしながら答えた。


「そうですか。では最近異世界でトレンドの鬼族から名を取ってムザンというのはいかがでしょう?」


「ダメだ! 小物臭い! なんか心狭そう! そんな名前つけたら性格歪みそうだ! 手下へのパワハラとか凄そうだし」


 魔王が首を左右に振り、謎の理由で強い拒絶を示した。


「魔王様、けっこうワガママですな」


 背中の後ろで手を組んで、参謀ぼやいた。



君の名は?(その1)……END

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