家族が増えるよ! やったね魔王様!(その2 結)
牛……いや愛娘を魔王城から帰し、参謀が再び玉座に座る魔王へと向き直る。
「残念ながらお見合いは破談となったため、お世継ぎの問題は何一つ進展する事が出来ませんでした。魔王様、童貞のくせに結構わがままですね」
「童貞関係ないだろが! てかお前……ぶっちゃけ娘、牛じゃね?」
目を細め、胸の内の素直な疑問を魔王が問いかける。
「まあ、生物学上は確かに牛でございますが。法的にはちゃんと魔族ですよ?」
「あ、やっぱりそうか! おかしいと思ったんだ!」
得心がいったとばかりに魔王がポンと手を叩く。と同時に新たに生まれた疑問に首を傾げた。
「……てことは参謀。お前牛から生まれてきたの?」
「はい。私共の種族は、オスのみが突然変異でこのように魔力を宿した姿で生まれてくる者がおり、メスはそのまま牛でございます。戸籍上は我ら魔族を生んだ母牛は、魔族として登録されておりますが」
相変わらず背筋を伸ばしたまま直立不動で参謀が答えた。
「ふーん、変わってんなあ。ん?」
ふと浮かんだ疑問に、魔王が眉をひそめた。
「どうかされましたか、魔王様」
「いや。そういや俺、父ちゃん居たけど母ちゃん居なかったからな。どんなんだったかなって。参謀、お前父ちゃんの代から仕えてたじゃん。母ちゃんどんな奴だったとかなんか知ってる?」
「いいえ。私はそもそも魔王城に仕え始めたのはごく最近の事でして」
問いへの答えは、魔王の予想外の物だった。
「は? なにいってんだ参謀。お前、少なくとも俺より長く魔王城いるだろ。俺が生まれる前から父ちゃんの横で参謀やってたわけだし」
子供の頃参謀の行う授業を嫌い城を抜け出した記憶から、つい3千年前に四天王や参謀たちと一緒に雪合戦をした時の記憶など、過去から今に至るまで共に過ごした思い出を振り返り、魔王が尋ねた。
だが、参謀はゆっくりと首を横に振る。
「いえいえ。私どもは一族で代々仕えております故、そのように見えるだけかと。そもそも私どもの寿命は1万年程度しかございませんので、長命な魔王様方に身一つで代をまたいで仕える事は出来ません」
「そ、そうだったのか。って事は、俺の知る参謀って何世代にもわたって代替わりしてたんだな。まったく知らなかった」
完全に今まで同一人物だと思っていた魔王が目を見開いて参謀をまじまじと眺めた。
「はい。特に先代魔王様の介護を申し付けられてからというもの、死傷者が相次いだため代替わりが激増しまして。現在我が一族はお家断絶の危機に瀕しております」
無表情、というか表情を読み取ることが出来ない牛髑髏の顔で、淡々と参謀が自身ののっぴきならない状況を語る。
「あ、ええと、その、すまん。気づかなくて。四天王とかもぶっ倒れて俺もメイド長も死にかける中、参謀は体丈夫だよなーとおもったら、そんな事なかったのな」
視線を明後日の方向に向けながら、魔王が謝罪の言葉を口にした。
「はい。私の祖父に、叔父が5名、兄が3名、弟が6名、いとこが10名、はとこが13名ほどが参謀として先代魔王様の介護にあたり、おしめを替える際に死亡しております」
「ご、ごめんな、なんか。一族郎党ジェノサイドしちゃって。でも、ほら! 俺はそんな事しないからな! 安心して勤めてくれ!」
予想以上に凄惨だった参謀一族の過去にビビった魔王が、取り繕うようにひきつった笑みを浮かべる。
「はい。私の父は去年の冬、四天王と共に魔王様と雪合戦をした事が原因で腹をブチ抜かれて死にましたが、もうそのような事は無いと信じております」
「あ、あー、うん。ほんと申し訳ない。こんど国費でお香典送るわ」
魔王が両手を合わせて参謀に頭を下げた。
「ありがとうございます。これで父も浮かばれます」
遠くを見つめる参謀を見て、魔王が強引に話題を変える。
「お、おお。そうだ、話戻すけど母ちゃんの事とか、参謀の家になんか伝わったりしてない? そもそも俺、結婚しようにも同じ種族にあった事ないからどんな相手がいいかとか、その辺わからんのよ。そう、だから童貞でもしょうがない! 俺悪くねえし!」
「そうは言いましても、私どもの一族にも魔王様の母君の事は伝承も記録も何一つ残されておりませんので」
「はあ? そしたら俺、どっかで拾われてきたとか? 実は父ちゃんと血が繋がってなかったり?」
母がいない場合想定される可能性を魔王が口にした。
「いえ、そんな事はございません。魔王様は先代魔王様と確実に血は繋がっております。何せ、先代魔王様から魔王様はお生まれになったのですから」
「は? 父ちゃんから? どゆこと?」
わけがわからん、と魔王が玉座で足を組み頬杖をつく。
そんな魔王に参謀は説明をつづけた。
「ある日突然、先代魔王様が何の前兆も無く玉座で苦しみだしましてな。何事かと家臣が駆け寄った所、いきなり先代魔王様の腹を裂いて魔王様がお生まれになったとの事が、私共の記録『魔王公記』に残されております」
「なにそれ怖い。てことは、もしかすっと俺もある日突然なんの前兆も無く腹からいきなり子供がゲフウウゥゥゥッッ!?」
玉座に座る魔王が突然盛大に青黒い血を吐き出し、腹を抱えてもだえ苦しむ。
逞しく六つに割れた魔王の腹筋が縦に裂け、中から体を突き破って魔王自身の青黒い血に濡れた、細い腕が一本突き出した。
続いてもう一本の腕が魔王の腹を破って突き出され、まるで扉でも開くかのように魔王の腹をミリミリと引き裂いていく。
「うっぎゃあああああ! なんじゃあああああこりゃあああああ!?」
何の前兆も無くいきなり自分の腹から腕が飛び出て、体内から体が引き裂かれる激痛に魔王が絶叫を上げて身をよじる。
両腕に続いて、魔王の腹から血に濡れた小さな頭と長い黒髪が、肩が、胴体が現れる。
それに合わせて魔王の体は下腹から胸にかけて引き裂かれていた。
引き裂いた張本人は、最後に魔王の体から足を抜き出して、とうとうその全身を現す。
玉座からは魔王の血が大量に零れ、絨毯をぐしゃぐしゃに濡らし、更に石畳に黒い大きな血だまりを使っていた。
魔王の血に濡れそぼった絨毯に、腹を突き破って出てきた何者かが二本の足で降り立った。
「おお、これは」
参謀が感嘆の声を上げる。
玉座の前には、魔王の腹から胸までを引き裂いて出てきた身長一メートルと少しほどの子供が立っていた。
魔王の青黒い血にこそ濡れているが、その肌の色も外見も、人間の子供そっくりだった。
「やりましたな魔王様。これでお世継ぎの問題は見事解決です」
「ア……アホ言ってないで……はよ、手当を……」
白目をむき、今にも倒れそうな魔王が息も絶え絶えに呟く。
「かしこまりました。来なさい、お針子たち!」
参謀が指を鳴らすと、絨毯に魔法陣が浮かび上がり、中から縫い針と糸を持ったメイド服に身を包むお針子たちが姿を現す。
「そこは普通……医者とかだろ……」
魔王のかすれ声をよそに、お針子たちは玉座で死にかけている魔王へと近寄り、手際よく針と糸で傷口を縫い合わせていった。
大きな目を瞬かせ、子供はスンスンと鼻を鳴らしながら物珍し気に謁見の間を見回している。
そんな子供に参謀が近寄り、あやすように両腕を子供の脇に回して自分の顔の高さまで持ち上げる。
「ふむ」
一糸まとわぬ姿の子供を眺め、参謀が告げた。
「魔王様、どうやらお世継ぎは姫君のようですな」
と、子供の顔が小さく形のいい鼻を中心として放射状に亀裂が入った。
亀裂に沿って、子供の顔面がまるで薔薇が開花するかのように、大きく大きく開いていく。
その様子は、獲物に食らいつく寸前のサメのようにも思えた。
事実、放射状に花開いた子供の顔は、その肉の花弁の縁にはナイフさながらの鋭い牙がズラリと並んでいる。
「ぱふぁ」
肉と牙の花弁の中心から空気を吐き出すような音が聞こえ、開いていた花弁がサメが口を閉じるかのように参謀の顔面全体を勢いよく包み込む。
バツン、と参謀の頭が子供の顔面に食われ、首から上が綺麗になくなった。
食いちぎられた首の断面からは参謀の赤い血が噴水のごとく吹き上がる。
子供を抱えあげていた腕から力が抜け、ぶらりと垂れ下がって頭を失った参謀の体が絨毯に崩れ落ちる。
一瞬で参謀を食い殺した子供がストン、地面に降り立った時には、その頭部はもう元の人間の表情に戻っていた。
小さな口を開いて喉を鳴らし、ケプ、と可愛らしくげっぷをする。
「さ、参謀ーーーー!!」
腹を縫われている最中にもかかわらず、いきなりの惨劇に魔王が手を伸ばし叫ぶ。
「呼びましたかな、魔王様」
魔王の座る玉座の隣から、聞きなれた声が投げかけられる。
参謀の足元には、先ほどお針子が現れたのと同じ転移魔法陣が光を放っていた。
「あ、あれ?」
タキシードを着こなし、牛髑髏の頭に青白い炎を宿した双眸。いつもと変わらぬ姿の参謀が魔王の隣に立っていた。
「前任者が死んだために、新しく代替わりしました参謀です。どうぞよしなに」
子供に食い殺され絨毯に倒れ伏している参謀の死体と、いつもと変わらぬ調子で隣に立つ参謀を交互に見て、魔王が腹を縫われながらぼやいた。
「あ、うん。なんつかーか、やっぱタフだなお前ら一族」
家族が増えるよ! やったね魔王様!(その2 結)END
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