お前が死んでやっと俺が始まった

鳳つなし

死に顔

 一通のメールが届いてそこに表示された名前に吐き気を催した。

 小中学校で同じ学校だった武本和也というヤツが死んで、お別れ会に呼ばれたのだ。

 まだ26歳で早すぎる死だ。だからこそ俺みたいなのにも声がかかったのだろう。

 俺はその日を待ち望み、感情を昂らせた。今までは忘れ去ってしまおうとしていた気持ちを。

 思ったよりも立派なお別れ会だった。高校大学の友人、職場の人間など、ちゃんと別れを惜しむ人が大勢いた。

 一応挨拶をと思いご両親に頭を下げると、俺の顔に気がついたようで、一歩前に出た。

「この度はご冥福をお祈り申し上げます」

「桑原君? 来てくれたのね、ありがとう。きっと和也も喜んでるわ」

「いえ、そんなことないでしょう。それより、皆さんに、ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」

 お別れ会ということでマイクが立っており、故人の話で弔おうというわけだ。

「ええ、ぜひ、お願いします」

 暢気な母親だ。俺があの頃、どんな想いをしていたのかも知らずに。

「ええ、どうも、私、武本和也君と小学校ではサッカークラブ、中学校ではサッカー部と一緒に汗を流しました、桑原春人と申します。その頃の思い出を少しばかりお話させていただこうと思います」

 周りからちらほらと拍手が鳴る。俺をこの場に誘ったサッカークラブの連中も手を打ち鳴らす。

「武本和也は私なんかよりずっとサッカーが上手でした。才能もあったでしょうし、私よりもサッカーを楽しんでいたのが、彼の上達に力を貸したのでしょう」

 それは確かだ。俺より断然、サッカーはうまかった。かつての仲間たちも、この話に笑顔でうなずいている。

 しかしここからは、笑顔を消してやろう。笑うのは俺だけで十分だ。

「特にクラブでは練習を重点的にやっていて、その道具の準備や片付け、コート整備なんかは一切やらず、私や他の弱いヤツに任せていました。それが上達のコツなんでしょうかね?」

 次第に周囲の表情が曇り始める。そりゃそうだ。ここは故人を敬い、弔う場なのだ。それを今、俺が覆そうとしている。

「一種のパシリってヤツです。まあ武本だけじゃなく、そこに座ってる田宮や岡部なんかも、私をいいようにコキ使ってましたけど、武本はその中でもひどかった。片付け途中のボールを遠くに蹴飛ばして、私に取ってこいと言う。私は文句を言わず、走り回ったお陰で持久力はつきましたが、サッカーは一向にうまくなりませんでした」

 ざわつきはするがまだみんな動かない。きっとこれから良い話に変わっていくと期待してるんだろう。

「中学に上がり、私は親が続けろというのでサッカー部に入りました。そこにはやはり、サッカーの上手な武本がいました。体は大きくなり、力は強くなる。そうすると、男というのは力で、暴力で立場を示そうとするのです。案の定、私は暴力をふるわれました。サッカーとは関係のない痣ばかり増えました。武本はボールじゃなく、私をよく蹴り飛ばすようになりました。すごく楽しそうにしてましたよ、私が苦痛で顔を歪めるのを見てね」

 さすがにこの状況で黙っているような親ではなかった。父親の方が俺に高圧的に喋りだす。

「どういうことだ。これは和也のお別れ会なんだぞ! なにを考えているんだ!」

「わかってます。だから、最後だから、こうやって言い残したことを言ってるんですよ!」

 俺は強気に言い返すと、顔を真っ赤にして、俺からマイクを奪おうとした。

「離しなさい!」

「言葉より先に手が出ましたね。そういうところはお父さん譲りだったってわけですか?」

「なんだと!?」

「お父さんやめて!」

 母親は涙を流しながら、父親を止めた。

「もしかして、お父さんには話してなかったんですか? 中学三年でやっと暴力が学校側にバレて、一度教師に説教されて、お母さんは家まで謝罪に来たんですよ? これは事実なんです」

 どうやら本当に、父親には内緒にしておいたようだ。どういう家庭事情なのかは知らないが、父親は信じられないという顔で、母親の顔色を伺うが、母親は目を背けた。

「暴行は三年間みっちり続きまして、学校側にバレたのは部活終わりに武本が俺の首を絞めている最中のことでした。ちょうど先生が通りかかって、サッカー部の同学年みんなが集められて、一人一人事情聴取することになりまして、その後、いじめを率先してやっていたヤツらの各家庭に電話で報告したようで、その日の夜、そこのお母さんと武本和也がやってきて、菓子折りを持って深々と頭を下げましたよ。うちの親はいいんですよーなんて軽く返してましたけど、俺が許すわけないでしょ? 菓子折りと頭下げるだけで俺の何年もの苦しみが和らぐとでも思ったら大間違いだ!」

「それについては申し訳ないことをした……しかし、わざわざこんなことまでしなくたって、和也も反省して……」

「反省? そりゃあそれから数日は大人しくしてましたよ。痣が残るような暴行もしなくなりました。けどもう俺の居場所はサッカー部だけじゃなく、中学校にさえありませんでしたよ。いじめを知らなかった同級生たちからは弱者だと見られ、同じサッカー部員には腫れ物扱い、教師は俺を可哀想な子としか見なくなった。そして陰で俺に陰口を言い、嘲り、除け者にした武本和也。卒業式の日。俺はやっと解放されると思ってた。少しでもいい思い出にできればいいなと、淡い希望を持ってましたけど、最後まで武本和也は邪魔してきましたよ。最後に校門でクラッカーを鳴らして卒業を祝ったかと思ったら、そのクラッカーの紙くずを丸めて、俺のポケットに突っ込んだんです。俺はその日、誰ともお別れの言葉を交わすことなく家まで帰りました。今の話を聞いて、彼が反省していたと心から言えますか? それとも、お宅では反省のしるしがクラッカーの紙くずをポケットに押し込むことだって教えていたんですか?」

 ここまで聞いて父親は顔を真っ青にして膝から崩れ落ちた。ショックだっただろう。すごく気分がいい。

 しかしここまですれば周りが黙っていない。数人の男が俺を強制的に退場させようと、腕を掴んで引きずり出そうとする。

 俺はまだ諦めない。まだ言い残してることがある。

「武本和也は地獄に落ちている頃でしょう! 彼が輪廻に戻り生を受けないことを切に願います! 彼に対して言葉を残すなら、『俺の手で殺せなくて残念だ』ということですかね。そしてもう一つ、ここにお集まりいただいている中で、私をいじめた記憶のある人が数名いることでしょう。その方々は、どうぞその日が来るのをお楽しみに。人はいつ死ぬか、わかりませんから。あなた方の訃報、心よりお待ちしております」

 俺の言葉は最後まで会場に届いただろうか。俺が喋り終えようとする頃には、男たちに会場から引きずり出されていた。

 俺は大の字に寝転がり、目を閉じた。

 これでまたしばらくは、生きる理由が見つかった。

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