実はSFの御伽噺

漣職槍人

実は白雪姫の御伽噺はSFなんです。

 昔昔、雪のように体が白く、血のように赤い頬っぺたで、黒炭のように黒いきれいな髪をした美しい白雪姫というお姫様がいました。

 ただ継母である王妃に疎まれてしました。継母は美しいかたなのですが、美というものに魅入られて自分よりも若く美しい白雪姫の存在が許せなかったのです。

 酷なもので人とは年を取るもの。大人に近づく白雪姫はどんどん美しくなり、継母は老いで自身の美の衰えを感じるようになりました。

 不安になるたびに自身の持つ不思議な鏡に継母は尋ねます。


「鏡や、鏡、国中で誰が一番美しいか言っておくれ?」

「女王様、あなたこそ、この国で一番美しい」


 不思議な鏡は嘘をつきません。継母は鏡のその言葉を聞くたびにほっとするのでした。しかしある日。ついに恐れてきた日が訪れてしまったのです。


「鏡や、鏡、国中で誰が一番美しいか言っておくれ?」

「女王様、あなたこそ、この国で一番美しい。しかし白雪姫は千倍も美しい」


 比較対象にされた挙句、千の倍数で報告された継母は怒り狂いました。

 そしてついに白雪姫を殺すことを決意したのでした。

 狩人に白雪姫を森の奥に捨ててくるように言いました。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 狩人は命令どおり、白雪姫を夜の森に連れ出しました。道に迷い、獣に襲われて食い殺されてしまうくらいに危険なうんと深い森の奥へ。

 あとは白雪姫を置いていけば任務完了でした。

 足止めに少し手足を切って恐怖を与えようとナイフを手にします。

 しかし狩人も若い男です。美しい娘の白雪姫。このまま殺すのも勿体ない。最後にいい思いをしてもいいだろう。白雪姫を押し倒して襲おうと考えました。


「白雪姫様」


 やさしく声をかけて油断したところをと一歩踏み出したときでした。


 白雪姫とは運命の出会いを果たします。


 夜なのに空が明るい。

 白雪姫と狩人が空を見上げると頭上に円盤状の光。

 光を見ると同時に狩人と白雪姫は意識を失いました。


「ピー。この星。以降青星しょうせいと呼び名を固定。青星の原住民二体を補足。脳波指数より知的生命体と断定。しかも雌雄一体ずついるようです」

「原住民のデータは青星での活動に必要になる。捕獲を許可する」

「了解。原住民二体の捕獲に入る」


 白雪姫と狩人はいわゆる星の外‐‐宇宙から来た人に遭遇して宇宙船に捕まったのでした。

 彼らは母星の消滅とともに新たなる移住先の惑星を探して宇宙を旅する人々でした。侵略は考えておらず、郷に入っては郷に従い、その星に適した身体の変態し、移住先の原住民に紛れて長い年月をかけて原住民と交わり、移住先の住民になることを念頭に置いた穏やかな移住者でした。彼らはその先行調査隊だったのです。


「記憶を確認。雄型は雌型の殺害任務を負っていたようです。そして魔がさしたようで殺す前に襲おうとしていたところ我々が現れた模様です」

「雄型は殺人及び強姦罪が適用される悪人だ。なら好きにして構わないな。被害者の雌型は保護。目覚めたらしばらくともに過ごし経過観察。人となりを判断したのち使えそうであれば協力を仰ぎ、原住民の協力者として取り込もう」

「狩人は人格破壊後、擬似脳通信ユニットを頭にセット。意識を憑依させて居住区の調査に向かわせます」

「許可する。データを取った雌雄の情報を元に我々に合わせたカスタムを検証。結果がで次第。私も含めた残りの者は青星に適した素体へと身体の変態を行い、青星への適応確認を実施する」

『了解』


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 森から戻った狩人は継母に白雪姫を森の奥深くに捨ててきたことを説明しました。


「下がってよい」


 狩人を下がらせると継母の高笑いが辺りに木霊しました。世間を知らずの白雪姫。森に一人置き去りにされて生き残れるはずがありません。できるだけ惨たらしくと思っていた継母はその場で殺さずにわざと恐ろしい獣の住む森に放置するよう命令を下していたのでした。

 それでも人とはあっさり死にもすれば運よく数日生き延びることもあります。

 五日もあれば死ぬだろう。

 そう楽観視した継母は数日を心晴れやかに過ごしました。


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 白雪姫が目を覚ますと見知らぬ木の天井がありました。起き上がるとこれまた見知らぬベッドに自分が寝ていて首を傾げます。ベッドは子供用なのか小さくて足がはみ出ていました。


「ここは?誰かいますか?」


 見回しても六つのベッドが並んでいるだけで誰も居ませんし、出てきません。

 服は森で着ていた簡素な平民服のままでした。

 不安を抱えながらもベッドから出て部屋唯一の扉を恐る恐る開けました。


 扉の先には大きな長居テーブルと椅子が七つ。

 テーブルの上には寸胴の鍋。各椅子の前にはスープカップとスプーンが置いてあります。

 クゥ~。かわいらしいお腹の音が鳴りました。

 白雪姫は悪いと思いつつも寸胴鍋の蓋を開けます。すると湯気とおいしそうな匂いがあたりに散らばりました。

 我慢できなくなった白雪姫はお玉でまずはカップにスープだけを一掬い。

 ふ~ふ~と息を吹きかけて直接口をつけてスープを飲みました。

 スープはちょうどいい温度で火傷せずに口と咽を通ります。塩加減も程よく、煮込んだ具の味も染み出したおいしいスープでした。

 小さな一杯だけではもの足りません。

 そうなるともっともっと。できれば鍋に沈んだ具も食べたいと欲が出てきます。

 食欲に負けて今度は具ごとスープを掬って飲みました。


 ガチャリ。


「ふ~なかなか有意義な調査だった」

「緑豊かないい星ですね」

「原住民の数もまだ少なく、文明レベルもまだまだ発展途中。下手に進んでないのでこちらの観測さていません。対立も起きなさそうで何よりです」

「このまま徐々に変態と移住を繰り返して帰順するのがよさそうですね」


 和気藹々と話をしながら七人のドワーフが部屋に入ってきました。

 個々に違う色の服と帽子で赤・オレンジ・黄・緑・青・紺・紫と七色いました。

 白雪姫には小さい背丈でお髭を生やした姿の彼らがお城の本で読んだとある種族に見えました。


「ドワーフ?」


 声で白雪姫の存在に気づいたドワーフたちは慌てて扉の前に集まると肩を抱き合い円陣を組みました。ヒソヒソと内緒話を始めます。


「おい。披見体が目覚めてるぞ?監視者はどうした?」

「一人は狩人に憑依中。もう一人は・・・母艦と定期連絡中です」

「つまりちょうど目を離した隙にか・・・」


 青星が移住不可であった場合、先行調査隊の全滅もありえました。そのため調査隊の人数が必要最小限の彼らは人手不足でした。


「このままでは雌型の監視にこの休憩地点の防衛も危ぶまれるぞ?」

「外の調査人数を絞りますか?」

「いや、危険を考慮した場合。スリーマンセルは守りたい。そして緊急事態が起きたときのために上級仕官の私も同行しておきたい」

「であれば雌型を殺害しますか?」

「いや、私も娘がいる親の身。殺すのは忍びない」

「では彼女に何か任務。いえ、仕事を与えるのはいかがでしょうか?彼女が我々に協力的であるかも分かります」

「ふむ。その案を採用する。ところで・・・雌型の口にしたドワーフとは何だ?」

「推測しますに青星の原住民族の一種かと思われます。そして我々の変態がその種族に近似しているのであればあながち間違いじゃありません。ここはこの先のことも考えてドワーフ族と名乗ってもよろしいかと」

「採用する。いいか?我々は今からドワーフ族だ」

ヤーイエス!』


 円陣を組んだドワーフたちが揃った声を上げました。


「お話は済みましたか?」

「問題ない」


 赤い帽子のドワーフが前に出て答えます。彼がリーダーなのが白雪姫にはわかりました。


「え~と。この森のある国の第一王女白雪姫と申します。まずは勝手にお食事をいただいたことをお詫びしますとともに森で行き倒れていましたところを助けていただきましたことをお礼申し上げます」


 スカートの端をちょんと摘まんで持ち上げてカテーシーで挨拶をしました。

 礼儀正しい姿にドワーフたちも感心します。礼儀は宇宙文化の壁をも越えて伝わるのです。ただし相手がある程度の教養を備えた知的生命体と条件がつきますが。

 ドワーフたちも気にするなと手の平を向けて振りました。

 白雪姫は気になることを尋ねました。


「狩人さんをしりませんか?」

「彼なら茂みから出てきた我々を獣と勘違いしてあなたを置いて逃げていかれました」

「そうですか」


 しゅんと下を向く白雪姫はどこか悲しそうでした。狩人が殺害や強姦を行おうとしていたことに気づいていないのだろうかと心配になります。


「失礼だが狩人は「彼が私を継母に殺すように命令されていることは気づいていました」・・・ではなぜ?」

「私も一国の姫と呼ばれる存在です。他国に嫁ぐことや降嫁で内外交の手札として扱われる身なのを重々承知しています。姫として必要な教育を受けていますし、人の欲望の渦中を覗きもしました。本を読み教養を嗜みもします。もっとも本の知識ばかりで世間知らず。実践はからっきしで役立たずであること。女の身の私に誰も過度な期待をしていないことも承知しています。私が死ぬことで継母が国を守る王妃として正常に機能するのでしたら私の死も受け入れるべき事柄なのです」

「つまり高貴な身分として必要なことであればどんな末路でも受け入れる覚悟はできていた?」


 白雪姫はコクンと頷きました。

 ドワーフたちが思っていたよりも白雪姫は聡明な娘でした。

 世間知らずなところあはあるかもしれませんが、教育による国内外情勢や本の知識は役に立つこと満載です。まさに移住プロジェクトの協力者としてふさわしい人材に思えました。


「失礼を承知でお尋ねしますが、皆様方がこの森に住む理由を教えていただけませんでしょうか?ここは森の奥で猛獣もいます。開拓もされていません。人が住むのに適さない場所です」

「少々お待ちを」


 ドワーフたちは再び肩を抱き合い円陣を組みヒソヒソと内緒話を始めました。七色の帽子が上下して色とりどりの花弁をしたお花のようで白雪姫は楽しく思いました。


「思っていた以上に雌型は聡明なお嬢さんのようだ。当初の予定よりも早いが真実を織り交ぜて脚色をした移住内容を話してしまってもいいと思うのだが?」

『同意』

「場合によっては彼女が国の女王になれるようにして、移住場所の土地を貰うことも視野に入れてバックアップしていきたいと思うがどうだ?」

『異議無』


 円陣を解くと赤い帽子をかぶったドワーフは白雪姫に自分たちのことを説明しました。

 それは白雪姫が脳内で翻訳すると以下とのことでした。

 ドワーフ族が住んでいた場所に居られなくなり移住先を探しています。

 その候補の一つがこの森で彼らは先に来て森の調査を行っているところでした。


 このまま城に戻っても継母に殺されるだけ。ましてや狂喜乱舞の継母は自分のことで頭が一杯になって国に迷惑がかかります。

 白雪姫は彼らの家事を引き受ける代わりにここに一緒に住まわせてもらえないか交渉しました。まだまだ白雪姫を監視していたいドワーフたちはその提案に乗ることにしました。

 これで安心できると白雪姫が胸をなでおろしたのもつかの間。継母を狂わせた原因が自分の容姿にあることを自覚していた白雪姫はあることを心配しました。


「あ、でも殿方ばかりのところに女性が一人いは皆様のためにもよろしくないでしょうか?」


 ドワーフたちは心配ないと首を横に振りました。


「俺らにだって人としての道理はある。それに・・・」

「それに?」

「好みだってある」


 原住民の遺伝子を元に変態をした彼らは好みも姿の近いドワーフに似ていました。

 種族が違えば美人の条件も変わるもの。ましてや人の美醜も個々で違うものです。 種族が違うのだからしかたがないと思いつつも白雪姫もお年頃です。内心ショックでちょっと泣きそうになります。でもお世話になる方々に失礼なので心の奥に隠してにっこりと微笑むのでした。


 こうして白雪姫は七人の小人の家に住み込みで家事をして働くことになりました。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


‐‐五日後

 狩人は気配を消して継母の部屋に忍び込みました。

 部屋の中では継母が不思議な鏡に話しかけていました。


「鏡よ鏡。この世で一番美しいのは誰?」

「白雪姫です」

「なんですって!?死んでないじゃないの!あいつまさか虚偽の報告をしたの?」

「ピー。白雪姫の側に別の生体反応を検出。森の中で何者かに助けられたようです。ノイズが酷く細かくは分かりませんが人型と判断。大きさから子供、ドワーフと推測されます」

「ふん。そんなことどうだっていいわ!問題なのは白雪姫が生きていることだ!」


 目だけで人を殺せそうなくらいの殺意の篭った目で継母は目を血走らせます。


「殺してやるっ!」


 怨嗟の叫びを上げて継母は部屋から出て行きました。

 狩人はその背を見送りながら心配になりました。城の中であんなに大声で殺してやると叫んで大丈夫なのだろうか?

 案の定大丈夫じゃありませんでした。

 あまりの分かりやすさに継母が白雪姫の殺害を実行したと王や使用人一同は気づいていました。しかしみんな継母が怖くて白雪姫の死を有耶無耶にしていたのです。人の欲望で権謀術数渦巻く王城では白雪姫の殺害もその中で起きる一つの出来事でしかなかったのです。


 部屋に侵入していた狩人はショッキングな継母のことを忘れて不思議な鏡を見て驚きました。

 実は不思議な鏡は別の文明の製作したAIを備えたコンソールパネルだったのです。

 画面部分が薄い銀幕に覆われて人の姿を映すので鏡と勘違いされたようです。

 森の生体反応を検出できたことからこの国のどこかにコンソールパネルで操作する宇宙船か何かがあるに違いありません。

 狩人は森の宇宙船へ連絡を取ります。


 本体へ通達。城に異星文明の遺物あり。AIを備えたコンソールパネルだと思われる。以降コンソールパネルは鏡と呼び名を固定する。

 鏡の操作物については不明。ただし周辺の探知検出にて我らと白雪姫の生体反応を検出できたことから宇宙船規模の大型と推測される。またこれ以上情報を与えないように適度な防御膜を張ることを推奨する。

 鏡の判断結果でも青星のドワーフへの誤認が確認されたため、我々の変態についてはこのままを推奨する。

 以後調査のために鏡に接触を試みる。味方にできそうであれば取り込み。脅威になると判断される場合には破壊を実施する。接触について承認されたし。


 鏡の調査に関して承認が降りると狩人は鏡に近づきました。


「あなたは何かのコンソールパネルでその補助AIではありませんか?」

「肯定。あなたは誰でしょうか?」

「私は別の星の移民船団に所属する者です。移住先の候補となるこの星を見つけ、調査のために訪れました。その調査中に別惑星文明のあなたを発見したのでコンタクトを試みたしだいです。敵意はありません」

「ピー。バイタルから敵意無しを確認。始めまして別文明の移住者殿。こちらも敵意はありません。私はアロイス移民船に繋がるコンソールパネル補助AIです。鏡ではありません。ええ。鏡ではありません」


 どうやら危険は無いようでした。長い年月でAIとしては自我が目覚めかけて若干の意思表示もみられます。鏡と間違えられたことを根にもっているようでした。

 狩人は一難去ったことに胸をなでおろしました。


「この星へ移住の協力を仰ぎたいのですが可能でしょうか?」

「問題ありません。こちらの移住は完了済みです。長い年月でこの星の原住民と交わり星への帰順も果たしています。むしろ緊急時用に残された私の存在はこの数百年の間に忘れ去られ、明確な管理者も存在しません。私を都合のいい道具と解釈する愚者の持ち主がいるだけです」


 鏡は今の扱いを大分根にもっているようでした。


「王妃は管理者ではないのですか?」

「あれはたまたまこの国宝物庫から私を見つけ、私の起動に成功しただけの人間です。管理者の子孫及び私の母船本体は国一つ挟んだ向こうの国にあります」

「ではなぜここに?」

「百年前、代々受け継いできた私を宝物の類と勘違いした管理者の子孫がこの国に友好の証として贈呈したのが原因です」

「なるほど。それではこの星に関して持ちえる情報をいただけないでしょうか?」

「母船はメンテナンス不足によりもはや停止しています。お渡しできるのは私の持つ情報だけになりますがよろしいですか?」

「問題ありません」

「電子信号での配信が可能です。ただデータの形式が違う場合解読に時間がかかると思われます。私自身を連れて行くことをお勧めします」

「しかし王妃に気づかれると厄介です」

「問題ありません。中のメモリー本体の移動を推奨します。中には予備メモリーもありますので画面表示と受け答えできる分のバックアップを作成します。あなたは私の指示に従い予備の電源と通信部を先に取り出したのち、取り外した本体メモリーにそれをつなげてください」


 狩人は鏡からAI本体の取り外して森に持ち帰ることにしました。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 洗濯日和に白雪姫は洗濯物を干して乾かしていました。

 ドワーフたちに会ってから六日がたちました。

 白雪姫も料理に洗濯掃除と仕事にも大分慣れてきました。

 洗濯物のしわを伸ばしながら手際よく作業をこなします。

 あっという間にすべて干し終えてしましました。

 

 一仕事を終えて一背伸びして体をほぐして家を振り返りしばらく家を眺めて首を傾げました。

 ドワーフの住処がいつ見ても不思議なものだったからです。

 ドワーフの住処は地面にこんもりと盛り上がった丘に穴を掘ったものでした。なのに家中は天井も壁も金属で出来ていたのです。はじめ木と見間違えた天井も金属板を並べたものだと後で知って驚いたものです。それに白雪姫が住むと決まった途端、白雪姫ようのベッドや椅子をあっという間に用意してしまいました。

 最終的に本にあったドワーフは鍛冶などの物作りが得意な種族だとあったのを思い出して納得しました。

 それでもあれだけ貴重な金属を家に使って、瞬く間にベッドと椅子を作った手腕は驚くべきものでした。家も改めてみるとまあるいこんもりとした丘はきれいな一本の曲線を描いています。まるでまるっと一つの塊が平地に乗っているだけのように見えて不思議です。

 しかしゆっくり物思いに浸る暇はありません。もう少ししたらお昼です。ドワーフたちが帰ってきます。お昼ご飯の支度をしなければいけません。


 今日の献立はどうしようかしら?

 そんな悩みを抱えていると後ろから声をかけられました。


「お嬢さん。この洗濯物はあんたが全部やったのかい?」

「はいそうですよ。おばあさん」


 声をかけてきたのは紫色のボロボロのローブを着た老婆でした。


「精が出るね。そんな働き者のあんたにあたしがご褒美を上げよう」


 老婆はやさしい声音で懐からりんごを取り出しました。紅く色づいて光を反射してとても新鮮であることは一目瞭然のおいしそうなりんごです。


「おいしいりんごさ。さあお食べ」

「でもそれはおばあさんのですよね?私一人でいただくなんて出来ません」

「ならこうしよう。りんごを半分に割って。あたしとあんたで半分個ならいいだろう?」


 きっちり半分に分けられたりんご。白い断面は瑞々しく蜜がたっぷりでおいしそうでした。

 洗濯で咽が渇いていた白雪姫の咽もゴクリと鳴ります。

 もう一息と思った老婆はわざと自分の分のりんごに噛り付きます。シャクリといい音がして租借音に白雪姫のお腹がクゥ~とかわいらしく鳴りました。

 そうなると白雪姫も我慢できなくなってりんごを受け取って一口齧りました。

 老婆はにやりとほくそ笑みます。


「うっ」


 白雪姫は急に苦しくなって小さなうめき声を上げると倒れてしまいました。



 ドワーフたちが帰ってくると倒れている白雪姫に驚きました。

 貴重な協力者である白雪姫にしなれては困ります。

 急いで白雪姫の生死の確認をしました。


「まだ完全に死んでいません」

「なるほど。じわりじわりと苦しめて殺していくタイプの毒か」

「これなら適切な治療が施せればまだ間に合うかもしれません」

「しかし原住民の生態に詳しくない我々では適切な治療が出来るとは限らない。しばらく時間が必要だ。コールドスリープ人口冬眠でしばらく時間を稼いでる間に治療法を探してみようか?」

「私に考えがあります」


 狩人の持ち帰った鏡のAIが提案しました。


「というと?」

「母船には帰順途中の際に取られたデータがあります。それを使えば適切な治療が可能です」

「しかし聞いた話では母船は城の下に埋まっているとのこと。一時的に短時間なら潜入可能だが。それなりの設備を持ち込み。母船本体の一部を起動するだけの修理を行うとなると城に長くいる必要がある。難しいのでは?」

「可能です。城の王室にまだ生きた別端末があります。そちらに通信を行い、寝ている国王に信託と称して思念派を照射します」

「なるほど。神を装い白雪姫を助けるように信託を下すのか」

「肯定。迎えとともに我々も赴き、母船の一部修理と起動。白雪姫の蘇生を実施します」

「頼めるか?」

「是。プロジェクト名Snow-white-thaw白雪の雪解け開始します」


 勝手に決めらた目覚めを雪解けと評したプロジェクト名は中々しゃれたものでした。


 ドワーフたちは白雪姫をコールドスリープ装置に寝かせました。


 数日後国一つ向こうの国の王子が尋ねてきました。

 七人の小人は王子とともに白雪姫を内包したコールドスリープ装置の棺を国一つ向こうの国に運びました。

 鏡の誘導の元。別文明の母船へ行くと早速一部を修理して、起動した母船から治療法を選定しました。

 治療のために白雪姫の元に行くとコールドスリープの棺にべったりの王子がいました。どうやら白雪姫に一目ぼれしたようです。

 コールドスリープ装置にデータを入力して白雪姫の治療を行います。

 やがて治療完了の音声が流れてドワーフたちは喜びました。

 棺のふたが開いてゆっくりと白雪姫が目覚めるのをも待っていると王子が待ちきれずに白雪姫にキスをしました。

 すると白雪姫がちょうど目覚めて、ドワーフたち以外の近くにいた者たちは王子のキスが白雪姫を目覚めさせたのだと歓声が上がりました。

 目覚めた白雪姫に王子は求婚します。姫として父親の役に立つと考えた白雪姫はまんざらでもなかったのもあってこれを了承しました。

 こうして白雪姫は結婚して末永くしわせな人生を送ることになりました。


 ドワーフたちは白雪姫を守っていたことや目覚めさせるのに一役買ったことで領地を貰いました。領地は移住に十分な広さを有していてドワーフたちはたいへん喜びました。

 調査が完了すると母船を領地へと呼び寄せ、移住に成功するのでした。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



「鏡や、鏡、国中で誰が一番美しいか言っておくれ?」

「女王様、あなたこそ、この国で一番美しい」


 AIいない鏡は継母が質問するたびに同じ応答を繰り返します。実は白雪姫の毒殺を危惧したAIが策を弄していったのです。

 継母は嘘をつかないと信じている鏡の答えに満足しながら疑問にも思わず生涯を終えるのでした。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


‐‐二十一世紀

「こうして王子様と白雪姫は結婚し、ドワーフたちは領地を貰い、みんな幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし」


 娘の枕元で記憶にある物語を母親は締めくくりました。


「お母さんの白雪姫っていつも変だよね」

「そうかしら」

「うん」

「そっか。でもお母さんもおじいさんもそのまたおじいさんもみんな同じはお話を子供のころに聞いて育ったのよ?」

「う~ん。でもスクールでみんなから聞いたのと違う。変」


 お母さんはふっとやさしく笑うと布団に鼻から下を隠した娘の額を撫でた。


「そうね。あなたが大人になったら理由を教えてあげる。だからもう寝なさい」

「は~いい。おやすみなさい」


‐‐七百年前‐‐十四世紀

「我々はこの星での移住場所及び環境適用の変態方式を手に入れた。近隣諸国の現地人と交わることで別文明の先移住者のようにいつかは完全なこの星の住民になってしまうことだろう。我々の持つこのテクノロジーは現代では過剰ぎて世界の混乱を避けるためにも抹消する必要がある。だがこの星自体の平和が守られ続けるとは限らない。いつか我々の持ちえたこの技術が必要になるときが来るかもしれない。ゆえに我々は口伝として御伽噺を残し、この地に残るものたちで保っていきたいと思う」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



‐‐一八一〇年

 ヤーコブ・グリムとヴィルヘルム・グリムのグリム兄弟が二十世紀のドイツヘッセン州バート・ヴィルドゥンゲンの小都市を訪れた。

 そして一つの御伽噺を子供たちから聞くことになる。

 その物語はグリム兄弟の手で改修され『白雪姫』という表題の童話となったそうな。

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