十一話

「選ぶために、この世界を知って貰おうと思っての。」


 そう言うと山中は、部屋に置かれている機械を触り始めた。

 すると、何も無かったはずの空間に惑星の映像が浮かび上がる。

 その惑星は、暗い中で青く力強く、その存在を示していた。

 旧世代的な機械だが、それでも目の前の光景に心が躍る。


「これが地球じゃよ」


「これが......」


「私たちの母星......」


 そこには、我々人類が一度は捨て、夢見た惑星があった。

 地球は、今まだ見た歴史書のどれよりも美しいものだった。

 これまで何回も想像をし、どれだけ美しかったのか分からないほどの故郷に憧れて来た。

 それが今、目の前にある。


「この部屋は、見たい物や風景を立体映像で見ることが出来るのじゃよ。わしの趣味用じゃが、君たちが世界を知るにはちょうど良い。何か見たい物はあるかね?」


「海が見てみたい」


 宇宙船プロトタイプにいた頃から、憧れていた海を見てみたい。

 地球は大部分が地上ではなく、海で出来ていると聞いている。

 それを山中に伝えた。


「どれどれ、これでどうじゃ」


 山中がそう言うと、先ほどとは異なり、部屋が青一色に埋め尽くされる。

 視界に映るもの全てが透き通った青色に染まり、水面が揺らいでいる。


「これが......」


「海なのね」


 海と言うものは、塩水で出来ているらしい。

 海は、生命が誕生した場所らしい。

 そこは、とても深く底は想像出来ないくらい下にあるらしい。


 そんな知識では知っていた海と言うものを見て、俺は言葉では言い表せない感動を味わった。


「あ、あの、私は空を見てみたい」


 リツは、空を見たいと言った。

 宇宙船プロトタイプでは、天井に擬似風景を表示しているが、どう見ても偽物にしか見えない。

 だが、俺たちはそんな空の下で育って来た。


 仮初めの太陽の下、いつの日か見るであろう空に憧れて。


「あぁ、いいじゃろう」


 海から風景が変わり、海よりも明るい青色が広がった。

 そこには、水蒸気で出来た雲と呼ばれる物が浮かんでいる。

 ただただ広い空を、渡り鳥たちが自由に羽ばたいていた。


「すごい......」


「こんなのもあるのじゃよ」


 山中がそう言うと、激しい轟音と打ち付けるような音がする。

 轟音と共に空が光輝き、大粒の雨と呼ばれる物が上から下へと降る。


「ほれほれ」


 また映像が変わり、先ほどとは異なり太陽の明かりが消え空には月が浮かぶ。

 空には、月明かりだけではなく無数に光輝く物があった。


 無数に輝くそれは、それぞれ明るさや色が異なっている。

 一つ一つが己の存在を主張しているようで、とても煌びやかに見えた。


「あれは何だ?」


「星じゃよ。宇宙空間に無数にあるものじゃ」


 山中にそう言われて、思わず息を呑む。

 俺が今まで見て来た宇宙空間は、漆黒に染まり光さえも飲み込むような場所だった。

 こんな光輝くものなんて、何一つなかったのだ。


 この光景を見て、現実を思い知らされる。

 俺たちの世界は作り物で、山中の言う通りに宇宙船と俺たち人類しかいないのだと。


「とりあえずはこんなもんでいいじゃろう。ここまで来た人工知能には、選択肢を与えておるのじゃよ。」


「私たち以外にも来た人はいるの?」


 リツがそんな質問をした。


「あぁ、多くはないがおるのう。だが、皆寿命で死ぬ事を選択しておる。それに、ここと向かうでは時間の進む速度が異なるから、既に無くなっておるじゃろうな。お主たちがここにいる間は、時間の流れは同じになるから気にしなくて良いぞ。」


「そんな......」


 山中の話を聞いて、悲しくなる。

 俺やリツと同じく夢を抱き、外の世界にまで来た人類たちは、ここで何を感じたのだろうか。

 希望が絶望へと変わる中、それでも帰る選択をした人たちは、何を思ったのだろう。

 それを思うと、ただただ悲しくなる。


 だが、それと同時に世界の広さを知った。

 美しい光景と広大な海の存在を知った。

 今まで人類が求めて来た全てがそこにあり、夢見た全てがここにある。


「暫く考える時間が必要になるじゃろう。一度、宇宙船に戻ってから決めると良い」


 山中は、俺とリツが直ぐに答えを出せないだろうと考えたらしい。

 正解なんてない問題を、それでも考えろと言った。


 俺とリツは、一度帰ることにした。

 今すぐに答えを出せるわけが無く、考える時間が必要になるだろうと思ったからだ。

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