第3話 生い立ち②

「この話をするのは初めてですね。……本当は、貴方は私が産んだ子ではないのです。貴方の母親は皇妃様で、父親は私の弟なのです」

「しかし、皇妃様は辺境伯のお家柄の方で幼き時より陛下の許嫁だったと」

「ええ、それには間違いございません。しかし、語られていない真実があるのです。皇妃様……いいえ、レア様は私の弟と駆け落ちしたのです。許されない恋でした。辺境伯のレア様と男爵の我が弟では身分の釣り合いが取れなかったのです。それに加え、陛下に囲われた『花園』――皇帝の許嫁候補として集められたご令嬢のことをまとめて指す言葉――の一角を担われていたご令嬢でしたから、結婚できるはずがなかったのです。二人はそのことをよくわかっていたのです。だから、身分を捨て、苦しい生活とわかっていても庶民として生きることを選びました。私の実家は当然弟と絶縁し、レア様のご実家も同様でした。しかし、私は弟がとても可愛かったのです。だから、私のお父上には内緒で弟夫婦と交流をしておりました」

「私も彼のことが好きだったからね。ティアナに協力したんだ」

 養父が付け加えるように言った。

「そうこうしているうちに、貴方が生まれます。そして、数ヶ月に一度、貴方は私たちの元に預けられていました。私の弟が殺され、レア様が連れ去られた日も貴方は私たちの元に預けられていたのです。もし、預けられていなければ、貴方はきっと殺されていたことでしょう」

「話は以上だ。来週から貴族学院に通うだろう?その前にお前の出自を知らせておかねばならんと二人で決めたのだ」

「そうだ、忘れていたわ。レオ、これを持っていきなさい」

 私は養母から手渡された手紙の束を胸に抱き、一礼してその場を静かに去った。地面がぐわんぐわんと揺らぎ、全てのものが形を失っていくような感覚だった。

 自室へ帰り、早速手紙を読み始めた。どうやら、父から姉の養母に宛てた手紙のようだった。日付が最も古い手紙から読み始めた。


 一五五年五月七日

 愛する姉さんへ

 僕はとうとう運命の人と出会った。一目惚れでした。彼女はとても高貴なお方で名前を書くことすら憚られる。僕の身分とは到底釣り合わない。それに、次期皇帝の許嫁候補たちが集う花園の中で最も有望視されているお方だ。だから、一言話せるだけで僕は十分なのです。いつか、諦めますから、今だけは許してください。      

                                 我が儘な弟


 五月七日は確か、皇妃の誕生日だ。辺境伯のご令嬢の誕生日祝賀会が開催されていたに違いない。そこに、たまたま父が紛れ込んでいたのだろう。


 一五五年五月二十日

 愛する姉さん

 この世で起きる奇跡が集結した日がまさに今日でした。再びあのお方に会うことができたのです。しかも、彼女の方から話しかけてくださった。僕はあまりの光栄さに一度叫び掛けたくらいです。僕はもうすぐ死ぬのでしょうか。また彼女と会えたらいいなと、貪欲になってきている自分に嫌気が差してきました。また手紙を書きます。

                                  貪欲な弟


 案外、父に脈があったようで。喜んでいる様子がありありと伝わってくる手紙だ。


 一五五年六月一日

 愛する姉さん

 皇子がどうやら僕とあのお方の間に何かあるのではないかと勘繰られておられる。たった二回のパーティーで会って話しただけなのに、敏いお方だ。彼女に迷惑をかけないようにしなければなりません。姉さんも、どうかご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

                                  怯える弟

 

 こんな調子で手紙が永遠と続いた。私は途中で読むのが面倒になり、最も日付が新しい手紙を開けた。

 

 一六二年四月二五日

 愛する姉さん

 もしかすると、これが最期の手紙になるかもしれません。貴族時代の友人が、皇帝陛下がレアを取り戻すために水面下で動いているという情報を耳に挟んだらしいのです。決行するとすればレアの誕生日かと読んでいます。僕が殺されることは間違いないでしょう。そして、我が息子レオの命も危ういです。だから、僕の子を姉さん夫婦の養子として引き取ってもらえませんか?こんな時が来るかもしれないと前々から用意していた架空の戸籍に一度この子を登録します。そこから、姉さんは養子縁組を組んでください。そうすれば、足がつくことはありません。どうか、お元気で。最後まで姉さんに甘えてばかりの僕をどうかお許しください。愛しています。そして、僕はレアの愛のために死んでいきます。さようなら。

                                     弟


 気づけば私は涙を流していた。必死に止めようと試みたが、無駄だった。次から次へと溢れる生暖かいものは頬を伝い、シャツに染み込んでいった。

 養父の言葉通り、それから一週間後に貴族学院に私は入学した。何の不自由もなかった。幸にして勉学も実技も才能があったらしく、誰からも尊敬されるような質だった。

「レオはいいな。子爵家でそれだけ才能もあって、おまけに顔も良いときた。知ってるんだぞ、この間もお前の靴箱に手紙が入ってたのを」

「はは、目敏いな」

 廊下を歩きながら、学友と話していると、確かに女学生からの視線をよく感じた。それに気づいて学友はチェッとまた拗ねた。

 二年後、私が十四歳の時、第一皇子が貴族学院に入学した。皆、ひと目顔をみようと皇子の教室に群がっていた。私も誘われたが、行かなかった。がどんな顔をしているのか興味がなかったわけではないが、それ以上に憎らしかった。私から全てを奪っておいてのうのうと生きている皇子たち皇族が。この頃からだったと思う。私は自分の胸に明確な仄暗い復讐心を宿し始めていた。そして、卒業後のことについてよく考えを巡らせるようになった。貴族学院を卒業すれば養父母の実家にも多少は示しがつく。だから、動き出すなら卒業後だと考えていた。特に不思議な武術を使うと噂の東方の山の頂付近に住む師匠の弟子になりたいと考えていた。東の武術であれば、この西の国にはまだその技術が伝わっておらず、攻めやすいと考えたのだ。そこで、卒業式を終えたその足でその山を目指すことに決めた。卒業式の後に子爵邸に戻れば子爵として生きなければならないことは間違いない。それは、皇帝暗殺計画を企てる私にとっても、そんな息子がいるという「子爵」にとっても困ることに違いなかった。

 学友らは皆、貴族学院で将来の嫁を見つけ、早速家に入らせるなどしていたが、私はそういったことを全くしていなかった。周囲から何度も勧められるが断り続けるため、女に興味がないという噂が立ったがそれは否定した。

 十五歳。いよいよ卒業となった。惜別。嘘ではなく、本心だった。皆と肩を組み、将来どこかで共に仕事をしようと言って別れた。そして、私は当初の計画通り、そのまま子爵邸に戻ることはなかった。その足で剣と知略の達人がいるという山へ向かったのだ。そして、私はそこから三年間、過酷な修行を積むことになる。

 

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