女神を恨むオフィスレディは今日も闘う。
ゆうり
プロローグ
「ここはどこ……?」
肩にかかる髪は天の川の星々のような銀色で、焦げ茶色の土に伏した体は随分と小さかった。どこの言葉とも知れない言葉がまるで日本語のように口から出てくる。不可思議な現象に思わず鳥肌が立ったが、つい先ほどのことを思い出すと、歯がぎりぎりと言うほど歯ぎしりした。
「復讐してやる……! クソ女神、エーヴァリッタ……!」
この世界を敵に回してでも、神々を敵に回してでも、アイツを殺す。
---
事の始まりは昨夜に始まる。
上司からのセクハラとパワハラに耐えながら出版社の総務部に勤めていた私には、高校生の時から付き合っている彼氏の蒼がいた。昨日は三ツ星のホテルにあるフランス料理店で夕食を食べ、そのホテルの部屋で白ワインを飲んでいた。
私も蒼も今年で27歳。そういうこともあるのかもしれないと予感して、白ワインを一気に煽った時だった。
「■■、こっちを向いて。」
優し気な声は変わらないが、そこにはやや緊張したような蒼の顔があった。
そして、その右手に握っているのはキラリと美しい輝きを放つダイヤモンドの指輪。
予想としていたとはいえ、感動のあまり涙腺が緩む。
「僕と、結婚して欲しい。」
その顔は、当たり前だけど真剣そのもので、そしてちょっと張りつめていて、それが何よりも愛おしかった。
「ええ、もちろん。」
緊張していた顔が花開くように輝く顔になるのを私は涙でぼやけた視界でとらえていた。なんて、幸せなのだろうか。何年も何年も待ち続けたこの日が来ると、嬉しさとともに達成感すら溢れてくる。
上司のセクハラやパワハラに耐えなくてもいい、愛しい人と死が分かつまで一緒にいられるのだから……
幸せでいっぱいの夜に、愛しい人の寝顔を見てベッドに潜って目を閉じた。
そこは、綿で包まれたように柔らかで温かいところだった。
目を開けるとまるでギリシャ神話の神々のようにキトンを身にまとい、ふわふわと宙に浮く女性がいた。
クレオパトラもびっくりの絶世の美女だった。
濡れ
思わず見惚れてしまったが、うなじに嫌な汗をかいて我に返った。それは多分、彼女の瞳の奥を見たからだと思う。
濃赤の双眸の奥は親しみどころか悪意に染まっている気がしたからだ。
「あなた……気に入らない色をしてるのね。大嫌いな色だわ。吐き気がする。」
最初に言われた言葉がそれだった。色とは何のことだろうか、髪か瞳かそれとも肌か。
でも吐き気がすると言われて、勝ち気な私はむかっと来た。
「初対面の人にいきなり失礼じゃないですか? 大体色ってなんの色なんですか。」
私がそういうと、目の前の女性は呆れたような顔をしてため息をつき、首をふった。それが更に私のいら立ちを誘う。
「これだから人間は理解が乏しいのね。あら失礼、9世界の中で唯一マナが届かない
私の尊き名はエーヴァリッタ、すべての世界の魔を司る『魔の女神』と呼ばれる神で、なにより主神ラテス様の正妻!」
いきなり何を言い出すんだろうこのイカレタ社会不適合者。
勝手に興奮して勝手にははは、ひひひ、ふふふ、へへへ、ほほほと綺麗に笑いの五段階を登っていった自称・魔の女神はようやく落ち着きを取り戻してこちらを見る。
「
その自称・魔の女神の言った言葉が私はいまいちうまく呑み込めなかった。
「私は元の世界で暮らすことはできない……と?」
「それすらも理解するのに時間がかかるのね、これだから人間は無能よ。なぜ我らの母神はこのような愚かな生き物を生み出したのか意味が分からないわ。」
はっきりとは答えなかったが、この社会不適合者の言葉のニュアンスは肯定を示していた。
私は幸せな日常を掴みかけた夜に、なんてことに巻き込まれようとしているのか……!
「ふざけないでください! 私は今日プロポーズされて、幸せをつかみかけたんです、こんなところで死んでたまるもんですか!」
私が叫ぶと自称・魔の女神は……フッと嘲笑した。
「プロポーズ? 幸せを掴みかけた? あんたはもう
何を言ってるんだ? このオンナは。
ホテルもろとも、皆死んだ、蒼も……死んだ?
「あれは爽快だったわあ、私に頼んだリィンも幼い女神とはいえ馬鹿よねぇ。美しい私がいちいち人間に許可とって
私が混乱している間にもあのオンナは愉快そうに次の大量殺人の計画を立てている。なぜそんなにも愉快なのか。気持ち悪い、吐き気がするその声をやめろ。その息遣いも、うきうきと愉快そうに歪んだ顔も、すべて気持ち悪い。美しくなんてない、まるでバケモノのように醜い生き物は、きっと、いや絶対に女神などではない。
私が、狩るべきバケモノだ。
「殺してやる、お前を、絶対に殺してやる!!!」
血涙を流してはなった怨念のこもった私の声を、ヤツはまたもや嘲笑で一蹴した。そして、余裕のある顔をくしゃりと醜く、不快そうに歪めると、右手をかざしてこう言い放った。
「本当に本当に不快な色だわ。
私の体……おそらく魂だろう……が粒子となって空間に溶け、下に沈む。殺意に満ちた私の粒子は赤黒く染まり、ヤツの嘲笑した顔ばかりが脳裏を駆け巡った。
---
そして気付くとこの田園風景が広がる焦げ茶色の丘の上に伏していたのだ。
殺意でいっぱいの今は、ヤツの名前を呼ぶだけで、歯ぎしりが激しくなり、握りしめた手からは爪で傷つき、手から血が流れていた。
「殺してやる、殺してやるからな……クソ女神」
丘の下から誰かを呼ぶ声に気付くのは、ほんの数秒経ったあとのことだった。
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