第五章 八月その29

僕は黒崎に支えられながらタクシーに乗り込む。


助手席にリューリも座る。


「わへいの家、ハナさんの家の側の昔ペンションやってた所だよな?」


「…そう。案内出来るか?」


「途中までは大丈夫だ」


「私が案内出来るから。寝てなさい」


僕と黒崎が話していると、ぴしゃりとリューリが言う。


…確かにリューリの言う通り、今は寝ているのが一番だろう。


なんとか歩けるし、自分で水分は摂れるようにはなったが、頭の痛みは相変わらずで身体には酷い倦怠感があった。


タクシーが僕の家に到着する。


黒崎が予め主任からお金を預かっていたのだろう。


黒崎が支払いをし、領収書を受け取っていた。




家の前に行くと、ハクセキレイの親方が飛んできて首を傾げながら僕を見る。


「ただいま、親方。ごめんね。大丈夫じゃなかったわ」


「…何に話しかけてるんだ?」


黒崎が不思議そうに言う。


「ハクセキレイの親方だよ」


親方は僕の顔を見つめた後、黒崎とリューリにお辞儀をするように頭を下げた。


そして尾羽をぴょこぴょこさせて飛び去った。


僕が風除室と玄関の鍵を開ける。


「…広いな。初めて入ったよ」


黒崎が珍しそうに言う。


「どこに運べば良い?お前の部屋どこだ?」


「二階よ」


リューリが歩き出す。


「…鍵を受付から持っていってくれ」


僕が言うとリューリはぴんと来たらしく、玄関脇の受付から迷わず202号室の鍵を取る。


そして先導すると、鍵を開けてくれる。


「…鍵、かけてるのね」


「…また誰かさんが勝手に入るかもしれないからね」


「鍵の場所知ってるから意味ないわ」


「…」


そんなやり取りを黒崎は黙って聞いている。


「ベッドは上か?」


「無理ね。下のベッドの荷物をどかしましょう。黒崎君手伝って」


「ちょっとここに座ってろ」


二人でベッドの荷物を片付けてくれた。


…重ね重ね申し訳ない。


黒崎が上のベッドからシーツと枕を運び込んでくれた。


「私、水を持ってくるわ」


リューリがとんとんとん、と階段を降りていく。


「…リューリさん、来たことあるんだな?」


「…一度、ね。食事してっただけだよ」


「…そうか」


それ以上黒崎は何も聞こうとはしなかった。


やがてリューリが水と、絞ったタオルを持ってきてくれる。


水を一口飲み、ベッドに横たわるとようやく落ち着くことが出来た。


「…僕は妹迎えに帰るけど…リューリさん、どうしますか」


さりげなく、黒崎が帰宅を宣言する。


「もう少し、様子見てるわ」


「ありがとうございます。わへい、行くからな?」


「本当にいろいろありがとう。助かった。…今度何か奢るよ」


「…ならカーリング場のトマトジュースでいい。リューリさん失礼します」


そして、リューリと二人きりになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る