第一章 四月その12

カーリングシミュレーションで黒崎諒に勝負を挑むが案の定、完膚なきまでに叩きのめされ、僕はため息をつく。


「そもそもどこにストーンを投げればいいのか分かりません」


野山先輩にタブレットPCを返しながら言う。


「全ての成長は己の身の丈を知ってから始まる。自分に戦術の知識が全くないってことが分かった。一歩前進じゃないか?」


野山先輩がくくくっと笑う。


「例え司令塔役のスキップでなくても、戦術の理解はないとね。強いスポーツチームはなんであれ各自が戦術と役割を理解しているだろう?」


と、黒崎。


…確かに。チームプレーの中で何が嫌われるか。例えばチームの成績を顧みずに自分の成績のみ固執すること。それを言っているのかな?


「時間を見つけていろいろな試合の動画を見てみな?ただし、このショットすげー!って見るんじゃなくて。自分ならどうするか?画面の中に入って考えながら、ね」


言うとふわわ、とあくびをして、キャスケットをさらに深く被り、野山先輩は寝てしまった。


本当に変わった人だ。


僕と黒崎は連れ立って教室に向かった。


黒崎がおもむろに僕の顔を見てニヤリと笑う。


「ハナさん…野山先輩はかなり変わってるけど、教えるのは上手なんだ」


「旭先輩も同じこと言ってたな」


そして突然、黒崎は軽くローキックを僕の足に向けて放つ。


「痛って!」


実際大して痛くないのだが驚いて僕は思わず叫ぶ。


「…それに、気に入った相手にしか熱心に教えない」


からかうような、瞳が眼鏡の下からこちらを見ている。


僕も負けずに蹴り返す。


「シミュレーションのお返しだ」


野山先輩が見たら、きっと邪悪な笑みを見せるだろう。


そんなやり取りで黒崎との関係は決まった。

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