最終話 天才死すとも偉人となれず


 薄暗い4畳半。


ボロボロになった白衣。


過ちは、再び繰り返された。


東大受験合格発表日…1回目の結果は10人の内9人合格、1人不合格。

完璧でなかった結果に、納得がいかなかったのかプライドがボロボロになり逃げ出した。


それから1年経った。


2回目の東大受験合格発表…1回目とは違い1人だった。なのに、その1人を不合格にさせてしまった。


あの瞬間…全てを失った気がした。それから何も手がつかない。


どれぐらいの期間が経ったろう。


1年ぐらいかな。


テレビ局の取材費で振り込まれたお金も段々と底がついて来た。

大嫌いな親父から受け取った宝くじの結果の当たり金、100万円。


当時は、親父に負けた気がしてそのお金には手をつかなかった。だが、全てを失った1年間は、そのお金に助けられていた。


認めたくないが、気に食わないが、結果は変わらない。大嫌いな親父に助けられたんだ。

親父のにやけ面が浮かぶ度にかき消したくなる。


残りの資金を考えるともう、そんなに長くは生きられない。


もう、めんどくさいな。


よし!今度こそ決めた!!


八木教授は立ち上がり、黒いボードペンを手に持ち、ホワイトボードの前に立つ。


ホワイトボードのペンを走らせ書き切る。


『天才死すとも偉人となれず』


そう。これが正解なのかもしれない。


さあて。死ぬ準備でも始めるかな。


そう思った時


「ピンポーン!」


家のチャイムが鳴る。


安定の居留守を使おう。と思ってた。


「速達で郵便でーす」


ドア越しから聞こえた。


ー速達で郵便?なんだ?


疑問が浮かび、速達の郵便を受け取った。


少し大きめのレター封筒。


差出人は…田中からだった。


急いで茶封筒の中を開けた。


1枚の便箋と一枚の写真が入っていた。


便箋の中身を読んだ。


ー八木教授へ


 お久しぶりです。

 この速達が届く頃には間に合ってると思います。

伝えたい事があります。

2月25日19時に放送されるブジテレビの番組を観てください。

 

ー田中より


八木教授は、とっさに部屋の時計を確認した。

18時59分。

急いでテレビを付けブジテレビのチャンネルを回す。


19時になり番組が放送される。


『プライド〜特別編〜』


番組内の司会者テレビ越しに語りかけてくるように感じた。


『今回のプライド特別編は!!2年近く前に師匠と2人3脚で東大受験合格を目指し、茶の間生中継土下座バトルを繰り広げ、屈辱の土下座を全国に晒し、東大受験本番の合格発表で無念の不合格をしてしまった田中くん』


テレビに映る懐かしき映像、屈辱だった映像、無念だった映像の田中と八木教授、新海教授と鈴木がシーン毎に変わるがわる出てきていた。


八木教授は画面に食い入った。

そして、次の瞬間に映し出された映像で衝撃の事実を知る。


映像に映し出された田中が東大赤門前に立って話していた。


『実は、去年の東大受験不合格の大雨の日に赤門前で離ればなれになってしまい、音信不通になってしまった八木教授に、この番組を借りてメッセージを送らせていただきます!八木教授!!実は、あの日以来、やっぱり東大合格諦めきれなくて、死ぬ気で勉強して、今年東大受験して、合格しました!!』


映像に映し出された田中は、笑顔で受験番号『2567』と書かれた紙を両手で掲げた後に、合格発表板に書かれた『2567』の番号を指差した。


『あの腐ってた浪人生から東大受験を目指そうと思い、合格出来たのは、八木教授のお陰です!!本当にありがとうございました!!』


画面越しの田中は深々と頭を下げていた。


八木教授はその姿を見て、テレビの電源を消した。

頬から涙が伝って来る。徐々に涙の勢いは増していく。


「おめでとう…」


八木教授はポツリと呟いた。

茶封筒の中に入っていた写真を見つめた。

東大合格通知を持って赤門前に笑顔で立っている田中の姿が写真に写っていた。


八木教授は、その写真を涙ながらに強く両手で握りしめて


「ほんとに…おめでとう…」


と声を振り絞って言った。


『ピンポーン!』


再び、家のチャイムが鳴った。


ドア越しに少年の声が聞こえてきた。


「2年近く前に家のポストに入っていたこの『東大合格ぜってえさせるってばよっ!天才!八木教授塾!1ヶ月トライアル期間無料!お肌に合わなければ返品返金します!』ってチラシを見て来ました!今年高校3年生になるので、本気で東大合格したいって気持ちはあるのでよろしくお願いします」


ドア越しに聞こえる少年の言葉を聞き、八木教授は、ボロボロの白衣の袖で涙を拭い、新たに与えられし道に向かって歩き始めた。


はは。


またかよ。


まだ、死なせてくれねえのかよ。


神はまた、俺に最後のチャンスをくれんのかよ!


分かったよ!


今度こそは、必ず成功させる!!


八木教授は、笑みを浮かべ、扉を開けた。


いつぶりだろう。輝く光が差し込んで来るように感じた。


ドアの先には、1人の少年が立っていた。


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天才?八木教授の課外授業 山羊 @yamahituzi

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