確率 (短編)
うちやまだあつろう
確率
男はスーパーマーケットに入ると、「弁当」と書かれたコーナーから白い箱を取った。厚紙で作られた箱はテープで封されており、外から中身を見ることはできない。
男はスマートフォンを取り出すと、箱に印刷されたコードを読み込んだ。
「大当たり3%か……。まぁ、悪くないな。」
男はそう言って箱をレジに持っていくと、会計を済ませて外へ出た。
公園のベンチに座り、早速テープを切る。そして、箱から慎重に中身を取り出した。姿を現したのは、至って平凡な日の丸弁当である。
「あーぁ。外れた。」
男は割り箸を割ると、不満げな顔で弁当を食べ始めた。
時は2XXX年。時代は戦争よりもビジネスだ。あらゆる分野のあらゆる企業が、他社よりも高い利益を求めて、様々な手法を産み出していた。
そんな激しい売上競争の末に、とある会社が始めた方法が「買い物くじ」だった。
自社の商品を見えないように個包装し、それを定価よりも少し高く売り始めたのである。
もちろん、それだけで買うような人間は居ない。その会社は、商品の中に一定確率で「当たり」を忍ばせたのだ。
すると、どうだ。多くの人が「当たり」を求めて購入し、売上は鰻登り。瞬く間に大企業に成長し、世界でも指折りの年商を挙げ始めた。
こうなると、他の企業も黙っていない。「買い物くじ」は、すぐに多くの分野を飲み込んだ。
やがて、スーパーマーケットには中身の見えない商品だけが並ぶようになったのである。
男は大して旨くもない飯を飲み込むと、鞄から小さな箱を取り出した。目を瞑って、念じながらそれを開ける。
「おっ!8%引いた!」
中から出てきたのは小さな饅頭だ。但し、普段は買わないような、ちょっと高級な饅頭である。男は満足げに饅頭を眺めると、ひょいと口に放り込んだ。
こうして、たまに当たるというのが「ミソ」なのだ。「なんだ、当たるじゃないか」と消費者に思わせてしまえば、販売会社の思う壺。
「こすい商売しやがって。」
と男は思っているのだが、当たるかも、とついつい買ってしまうのが「確率」の魔力である。
公園の広場では、数人の子供たちが箱を開けては一喜一憂している。その向こうでは、サラリーマンが同じように弁当を開けてため息をついていた。
今、この世界は「確率」に満ちている。なんと、近年では一定確率で優秀な人材と巡り会える「シャッフル採用」というものまで出てくる始末だ。
なんとも変な世の中になった、と思うかもしれないが、結局のところ人生も運次第。その確率が示されているのだから、まぁ悪くないと思えなくもない。
一つの弊害としては、人々が多くの出来事を「当たり」と「外れ」で判断するようになったことだろうか。
男は饅頭をよく味わっていると、スマートフォンが鳴った。画面には、お世辞にも美人とは言えない妻の写真が現れる。
実は、この妻も「婚カツくじ」で出会った相手だ。それなりの確率で、理想通りの相手と巡り会えるというものだ。その代わり、出会ったら必ず結婚しなければならない。
これは国が試験的に始めた事業だったのだが、やってみると大ヒット。もし、気に入らなければ離婚すればいいのだ。
結果、数字の上での未婚率は急降下し、政治家はニンマリと笑っていることだろう。
「はいはい、もしもし。」
『あなた、何やってるの!早く病院に帰ってきてよ!』
電話の相手は妻である。
「今から行くよ。」
『今日産まれるかもしれないのよ!』
「分かってるって。」
『そもそもあなたは……』
男は適当に流すと電話を切った。
正直、妻のことは愛していない。偶々「婚カツくじ」で出会った相手だ。本当ならば、若くて美人な妻が欲しかったのだが、まぁ外れたものはしょうがない。きっと向こうも同じように思っているので、お互い様だろう。
男は重い腰を上げると、駅に向かって歩きだした。
病院に着くと、ちょうど産まれるところらしい。男は無事に出産に立ち会うことができた。赤ん坊は健康で、妻も笑顔を見せた。
「……赤ちゃん見せてくださる?」
「はい、もちろんです!」
荒い息を整えながら、妻は助産師に抱かれた小さな顔を覗きこんだ。すると、見たとたんに大きくため息を着いた。
「あら、外れね。男の子じゃないの。私女の子が良かったわ。」
確率 (短編) うちやまだあつろう @uchi-atsu
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