第8話 何度巡っても楽しめる理由

「はい」

「うん?」

「今日バレンタインだから」


 二月十四日夜。

 妻は旦那様にチョコレートを手渡した。

 手作りなんて高度なスキルを持っていないため、毎年買ったものではあるけれど、それでも人のごった返す催事場で窮屈な思いをしながら吟味したものだ。

 つき合っていようと結婚していようと自分がやりたいからやる。そのスタンスを変えるつもりはなかった。

 それに対して旦那様は、


「忘れてた……」


 そもそもバレンタインデーだということさえ頭になかったらしい。

 妻の誕生日やつき合った記念日など、特別な日付というものをほとんど覚えられない旦那様のことだ。

 多分意識していないだろうと思っていたけれど、ここまで綺麗に忘れられていると、リアクションが新鮮で面白味すらある。

 ともあれ差し出されたプレゼントを目の当たりにして、ようやく自覚したらしい。

 チョコレートを受け取る前に、妻の顔を見て手招きする。

 何だろうと首を傾げつつ隣に座ると、盛大なハグをお見舞いされた。

 繰り返すけれど、まだ妻の手はチョコレートを持ったままなのだ。


「箱!チョコの箱が潰れる!」


 小さく叫んで旦那様を促させ、ひとまず受け取ってはもらえたものの、やはり強めのハグは続いた。

 どうやら大層喜んでくれたようで、こちらとしても渡し甲斐があるなと笑みがこぼれた。

 毎年繰り返されるイベントでも、こうやって心から驚き嬉しがってくれると、やっぱり便乗してよかったなと思う。

 きっと来年も楽しいバレンタインになるだろうと、早くも一年後のことを想像する妻だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る