恋愛結婚は糖度過多が通常運転です。
青桐美幸
第1話 優しい手つきにときめく夜
一緒にお風呂に入る時、必ず旦那様の髪を洗っている。
元々は、つき合っていた頃に「頭洗って」とお願いされたのが最初なのだけれど、今では何のやり取りもなく当たり前のように行っている。
が、ついこの間、唐突に旦那様から質問が飛んできた。
その日も一緒にお風呂に入ることになり、準備に手間取り遅れてやってきた妻にシャワーヘッドが差し出された。
「奥さんが来るまで先に身体洗ってた。髪洗ってくれるんでしょ?」
「うん」
「でも何で毎回してくれるの?」
「自分にできることで喜んでくれるならやってあげたいから」
「そうなの? 奥さんの特権だからかと思ってた」
そういう考え方はなかったな、と少々意外に思いつつ切り返す。
「旦那様は私の髪洗ってくれないけどね」
「だってどうやったら良いかわからないし」
「ちなみに、旦那様に髪を乾かしてもらうのが憧れだったりするんだけど」
「絶対無理!下手にやってドライヤーの熱で髪傷めたら駄目だし。女の子の髪は大事にしないと」
(ここで女の子扱いしてくるのはずるいよなぁ…)
と、複雑な思いを抱きながら旦那様の頭をわしわし洗った。
旦那様が浴室を出てから数十分後。
1人でゆっくりお風呂タイムを済ませた妻がパジャマを着てリビングに行くと、傍らにドライヤーを置いた旦那様がいた。
「自分で髪乾かしたの?」
「うん」
「偉い!」
普段は自然乾燥に任せており、風邪を引くからと妻が強引に乾かしているのにどういう心境の変化だろうか。
疑問を残しながらも純粋に喜ばしかったので、旦那様の頭を撫でてあげた。
すると、いつもは嬉しそうにされるがままになっている旦那様が、すぐに距離を取ってドライヤーを手に持った。
「こっち来て」
「ん?」
「髪乾かすから」
「…してくれるの?」
「うん」
「ほんとに!?」
旦那様が自分で髪を乾かした以上の驚きだった。
先ほど何気ない願望を口にしたことで、妻を喜ばせようと思ってくれたのならこんなに嬉しいことはない。
相手の気が変わらないうちにと、いそいそと旦那様の前に座って身を委ねた。
旦那様はとても優しい手つきで髪を梳いてくれた。
手のひらが、指先が通るたびに、うっとりして自然と目を閉じてしまう。
プロである美容師の他に、こんなに気持ちよく髪を触れる人がいるなんて知らなかった。
結婚式が終わってから一度も切っていない髪は長すぎて大変だろうに、文句1つ言わず丁寧に扱ってくれた。
本人が言っていた通り、ドライヤーの熱が当たりすぎないように気をつけながら少しずつ乾かしていく。
多少乱暴にしたところで傷みはしないのに、髪の生え際から毛先に至るまで入念に確認していた。
あまりにも幸せで、いっそこの時間がもっと続けばいいのにと思った。
「乾いてないところない?」
「うん。ありがとう」
お礼のハグをしていると、
「自分にできることで奥さんの喜ぶことをしてあげたいから」
妻が言った台詞と似たような言葉が返ってきた。
同じことを考えてくれたのならそれもまた嬉しいことだ。
ともあれ、これで「髪を乾かすのは妻が喜ぶこと」だと認識したはずなので、これからもちょくちょくお願いしてみることを密かに決めた夜だった。
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