第十六章(陰謀)

統宮家の後継者争いは、一進一退の攻防が続いていた。望宮家に負けまいと統宮が心血を注いで築き上げた広大な統宮邸を舞台に、血で血を洗う壮絶な戦闘が展開している。壮麗な中庭には塹壕が掘られ、自慢の外壁は銃弾でボロボロになっていた。荒廃していく統宮邸は、没落していくこの一族の様を表しているかのようだった。

戦局は2日目の夜に一気に動いた。蒼々本島の西隣の島・弓島の鎮守宮が突如糾宮の支援を表明したのである。西から飛来したミューナの対地ミサイルが、充宮のいる大統殿に直撃した。統宮が威信をかけて仕上げた大広間は、充宮(みつるのみや)の命を飲み込んで崩れ落ちた。骨肉の銃撃戦は、僅か一発のミサイルで決着を見ることになった。


ボロボロになった統宮邸を掌握した糾宮(ただすのみや)一派は祝宴を開いていた。

「やりましたなぁ!僅か4日で勝利出来るとは!」

老執事が満面の笑みを浮かべる。糾宮もニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「これが血筋の差だ。年上というだけで思い上がったバカにはお似合いの最後だ。」

南洋戦争によって消滅した貴族層の血は、120年たった今も王族の中に生きていた。参戦を表明した弓島の鎮守宮は、糾宮の母方の従兄弟である。

「統宮様!」

見慣れない顏の兵士が声をかける。なんと良い響きだろう、と糾宮は思った。今日から自分がこの家の主(あるじ)だ。感慨に耽る糾宮に、兵士は驚くべき情報を告げた。

「帝王・皇后両陛下をお連れしました!」

「両陛下…?」

王宮は中立を保っていたはずだ。こちらが勝ったからと言って、すぐに二人が来るはずがない。

「とにかく、お通ししろ。」

「ハッ。」

二人を見て糾宮は違和感を覚えた。帝王も皇后も正装ではなく普段着のままなのである。

「急な行幸、驚きました。一体、如何なされたのです?」

「それはこちらの言葉です、兄上。」

皇后・輝宮の顔は見たこともないほど強張っていた。

「何故我々を王宮から奪ったのです?」

「奪った?」

妹が何を言っているのか、全く理解できなかった。糾宮は老執事に命じた。

「先ほどの兵士を呼び戻せ。事情を説明させろ。」

「ハッ。」

老執事が立ち上がった瞬間、別の兵士が息を切らせながら駆け込んできた。右手には書簡を携えている。

「大変です!望宮陸軍がこちらに向かってきます!」

「なにぃ…!」

老執事が書簡を開く。

「『王宮より帝王・皇后両陛下を強奪した逆賊に宣戦を布告する。2時間以内に両陛下を引き渡し、投降せよ。命令を無視すれば、我が軍が統宮家の全てを殲滅する。』…!」

勝利の余韻が一瞬にして吹き飛んだ。王国最強の勢力が敵になったのである。追い討ちをかけるように、別の兵士が駆け込んできた。

「陛下をお連れした兵士がどこにもいません!部隊から忽然と消え去りました!」

「まさか…。」

糾宮は絶句するしかなかった。弓島の鎮守宮は、望宮の娘婿でもある。


支援物資が大量に来ることが分かり、最南島の首脳部は胸を撫で下ろしていた。数万の兵を長期間養うだけの備蓄は最南島にはない。艦隊をしばらく維持することが可能になった今、最南島では次の問題が持ち上がっていた。口を開いたのはフォギである。

「煌宮様のおかげで当分は持ちますな。燃料も大量に確保出来ます。この際、翠北(すいほく)港を攻撃してみては如何でしょう?」

翠北港は元々翠の国の港だったが、黒の国の侵略を受けている。難民船『リプトス』が翠北港を脱出してから2ヵ月、既に陥落している可能性が高かた。ここを奪取すれば、南の大陸における橋頭堡を構築することが出来るだろう。

「私は反対です。」

ノノウの声は鋭かった。王族でなければ強く出れるんだな、とメルは思った。

「海上から発艦、空中給油を行った上で、どんなに燃料を節約して飛んでも翠北港で戦える時間は15分が限度です。深追いすれば、帰還出来なくなります。」

蒼の国が黒の国に対して最も劣っている部分が燃料の質だった。ノノウの計算では、ミューナが黒の国の燃料で飛行した場合、従来の9倍を超える航続距離が得られる。データを送った最南科学研究所からは、似たような組成の鉱物が王国北部の島で見つかっているとの報告が来ていた。

「近い将来、エネルギー革命が起きることは間違いありません。それまでは防衛戦に徹するべきです。」

アブエロも同調した。

「ワシも反対じゃ。これ以上メル様に危険な目に遭わせてはならん。」

フォギは語気を強めて反論した。

「我が軍に対する王国民の期待は日に日に高まっています。今なら先帝陛下の遺訓に背いても、文句は出ないはずです。」

故楽帝が出した『領土不拡大』の遺訓は、この戦争においても度々問題となってきた。君命を守るべきとする左派と、時代に合わない遺命は捨て去るべきと言う右派が王宮前の広場で一触即発の事態になったり、ネット上も双方の誹謗中傷に溢れている。

「守宮様はどう考えておられますか?」

メルはテーブルに置いてあったペンをゆっくりと手にとった。

「今は無理だ。戦いに次ぐ戦いで空軍は疲れきっている。特に、飛雲飛行隊と南二空(最南第二飛行隊)はしばらく休ませねばならん。」

輸送に関する王族命令書を書きながら、メルは話を続けた。

「第一・第二艦隊は壊滅、第三艦隊は指揮官がいないも同然だ。もしやるなら南一空(最南第一飛行隊)だが…。」

無理な戦いで兵を死なせたくはない。しかし、エネルギー革命が起きて新しい燃料が出回るまでに防衛戦を何回やらなければならないのか、その際に出る人的被害とどちらが軽微なのかを考えると、フォギの意見も頭ごなしには否定出来なかった。

「南一空は最南島の防衛の要だ。隊長のスィラも乗り気にはならないだろうな。」

「スィラ殿を口説き落とせば許可して下さいますか?」

フォギはなおも食い下がった。第一艦隊参謀として、ノノウには負けられない。一つでも多くの勲章が欲しかった。フォギの必死の形相を見て、メルはため息をついた。

「よかろう。やれるものならやってみよ。」

「宮様!」

声を荒げるアブエロに向かって、メルはまたため息をついた。

「分かっている、私は出ない。最近ようやく自分の重要性が分かってきた。」

「今更理解されるとは…メル様らしくありませんなぁ。」

ため息をつきながら安堵の表情を浮かべるアブエロを見ながら、メルはポツリと呟いた。

「…兄上が生きておられればな。」

ノノウは俯いた。ラディの死後も艦隊は快進撃を続けているが、メルが時折見せる孤独感はノノウを不安にさせた。何か手はないのか…ギュッと手を握りしめた時、メルのスマホが鳴った。

「悪いが、少し外す。」

部屋を出て行くメルを見ながら、ノノウは先程より大きな不安を感じていた。最南鎮守府ではなくメルのスマホに電話をかける人物はほとんどいない。

(話し相手はおそらく…)

テアだろう。メルが執務中の昼間にかけてくるということは、王宮に異変が起きたのだ。ノノウは昨日思い浮かべたシナリオを思い出した。

(まさか…本当に?)

ノノウはネットを開いてトレンドワードを検索した。帝王陛下誘拐、望宮軍、統宮邸包囲…上位3つを見ただけで、シナリオが現実になりつつあることを確信する。ノノウは慌てて立ち上がると、メルの後を追って部屋を出た。

「守宮様!」

振り返ったメルの表情は憔悴していた。

「陛下が誘拐された…。王国が大騒ぎになっている。」

「煌宮様との電話はまだ繋がっていますか?」

メルが頷く。

「スマホをハンズフリーにして下さい。お二人に、どうしても言わなければならない事があるのです。」


「これは全て、望宮様の陰謀です。今のところ、全て望宮様の思い通りに事が運んでいます。」

ノノウは断言した。焦っていても、メルの頭は冷静だった。

「確かに、黒幕が父上であれば話が通る。統宮様の残党が邪魔だからな。相続争いで弱体化させて、残った方を叩くわけだ。帝王陛下を誘拐したとなれば、討伐の大義名分も立つ。」

「でも、」

スマホから、テアの声が聞こえてきた。

「それなら、ルーちゃんを拐う意味がないわ。あの時、二人は別々の場所にいたのよ。何故そんなリスクの高い事をしたの?」

「そこです。」

ノノウは頷いた。

「望宮様の本当の狙いは、皇后陛下なのです。」

「何っ!?」

驚く二人を見ながら、ノノウは続けた。

「この戦いで皇后陛下が亡くなれば、まだ王子がいない帝王陛下の次の妃を探す事になるでしょう。望宮様は、煌宮様にこう持ちかけます。」

本当に言っていいのか、ノノウは一瞬逡巡した。

「『蒼侯選挙に立候補して欲しいなら、守宮を皇后とせよ。』」

二人は息を呑んだ。暫しの沈黙の後、メルが重い口を開く。

「…何故私なのだ。年齢なら、イーレの方が近いぞ。」

普段の守宮様なら、簡単に分かるだろうに。そう思いながらノノウは返した。

「ネームバリューです。二宮様の妃は煌宮様。これに対抗できる望宮家の人間は、守宮様しかいません。今、王家といえば、王国民は煌宮様をイメージします。そのイメージを守宮様に書き換え、王宮の力を望宮家に取り込むつもりなのです。」

「対抗だと…!」

メルの声に、珍しく怒気が入っていた。

「私はテアとは戦わん。そのような状況になるなら、私にも覚悟がある。」

「落ち着いて、まだ決まったわけじゃないわ。」

テアが嗜める。

「ルーちゃんを死なせる訳にはいかないわ。統宮様の娘ってだけで、殺されてたまるもんですか。」

テアは、ルフレにかつての自分を重ねていた。父親のせいで命を狙われるなど、あってはならないのだ。

「しかし、すでに統宮邸は望宮様の部隊に囲まれ始めています。糾宮様が両陛下を盾に立て籠もったら、隠密部隊を邸内に送り込んで帝王陛下を奪還し、後は全て殲滅するつもりでしょう。2時間の猶予は、そのためにあるはずです。」

「それまでにルーちゃんを取り戻さないといけないわね。スボンギさんなら、直宮派の隠密を手配できるかもしれない。」

「出来るだけ急がねばなりません。包囲が完成したら、潜入が非常に難しくなります。それに、相手はあの望宮家の隠密部隊です。」

望宮家の諜報網は国の細部に至るまで張り巡らされていて、迅速さにおいては右に出る部隊はない。既に手遅れかもしれないが、このまま座して状況を見守る訳にはいかなかった。次期連合侯との水面下の戦いが始まろうとしていた。



王都で一番高い建物『蒼都タワー』も、真夜中には真っ暗になっていた。報道のヘリが何台も周りを旋回していて、近くにある統宮邸を照らしている。それは『蒼都タワー』の最上部にいる影にとって、非常に好都合であった。

影は黒のスカーフで顔を覆い、全身に黒の服を纏っていた。わずかに『JO9』と書かれたバッジだけが、影の所属と個体番号を表している。影は風を読むと、タワーから空中にとび出した。漆黒のハンググライダーが、静かに目標へと近づいて行った。


籠城の意思を固めた糾宮は、帝王・皇后を自分の部屋に押し込めた。扱いこそ丁寧だが部屋の中まで兵士が配置され、物々しい雰囲気が漂っている。窓からは、屋敷を取り囲むたくさんの兵たちが見えた。ほとんどの兵隊が銃を携えている。統宮邸は軍事的な施設ではない。これだけの数で攻め込まれればひとたまりもないのは目に見えていた。

(テアちゃん、助けて…!)

父が暗殺され、兄の人質にされたルフレが頼れるのは、もはやテアしかいなかった。強く祈って胸に手を当てると、突然部屋の明かりが消えた。同時に意識も飛んだ。


催眠ガスが充満した真っ暗な室内に、ガスマスクをつけた黒い影が降り立った。影は帝王には見向きもせずに、倒れているルフレを抱きかかえた。そのままゆっくりと窓際まで歩いてゆく。

「…動くな。」

突然、背後から声が飛んだ。影が振り向くと、複数の男達が拳銃を構えていた。リーダーと思しき男のガスマスクが微かに動く。

「我ら望宮諜報部隊より手際良く侵入するとは見上げた奴だ。王妃と共に死ぬ前に、名を名乗れ。」

影の声は、ボイスチェンジャーで加工されて曇っていた。

「我が名は、JO9…」

「何…!?」

男達は一瞬動揺した。英帝の下で暗躍した伝説の隠密で、隠密の世界で知らない者はいない。JO9は、相手が動揺した一瞬を見逃さなかった。閃光弾が爆発し、部屋が光に包まれる。次の瞬間、統宮邸に火災のベルが鳴り響いた。糾宮の兵達がドアを破って部屋に雪崩れ込んでくる。兵は男達を見つけると、いきなり銃撃を始めた。激しい銃撃戦が展開される中で、JO9とルフレの姿は忽然と消え失せていた。


火災のベルと銃撃の音は、糾宮の所まで聞こえていた。

「騒がしいぞ、一体何事だ!まさか…裏切りか?」

軍の中に隠密(スパイ)が混ざっていた事が判明して以来、糾宮を始めとした多くの兵が疑心暗鬼に陥っていた。しかし銃撃音の要因は、裏切りよりも遥かに深刻なものだった。

「大変です!!銃撃戦は、両陛下の在わす部屋で行われています!」

「何だと!!」

部下の制止を振り切り、糾宮は部屋に向かって走った。兵士が廊下でごった返していて中々部屋まで辿り着けない。何とか部屋に辿り着いた時には、既に銃撃戦は終わっていた。部屋の光景を見て、糾宮は崩れ落ちた。自軍の兵士の屍に折り重なるように、帝王・白帝が血を流して息絶えていた。何度目を擦っても、頭を殴っても、現実は変わらなかった。糾宮は大声で叫んだつもりだった。その声すら、掠れていた。


あまりにも臭い匂いで、ルフレは目を覚ました。頭がガンガンする中で、懸命に記憶を辿る。

(そうだ。私、兄上の部屋に閉じ込められて、急に部屋が暗くなって…)

そこで記憶が途切れている。我にかえると、ルフレは自分が誰かに担がれていることに気づいた。

「あなたは誰?」

「気がついたか…。静かにしていろ。叫べば命はないぞ。」

どうやらボイスチェンジャーで加工されているようだ。くぐもった電子音が、薄暗がりの空間に響く。その声からは、敵味方はおろか、性別すら分からなかった。

「下ろして、歩けるから。」

若干足元が覚束ないが、歩けない程ではなかった。薄暗がりにも目が慣れてきて、相手が覆面を被っている事が分かる。ルフレは立ち止まった。

「その覆面を取りなさい。素性も分からない奴にはついていかないわ。」

「嫌だと言ったら?」

「仮にも皇后よ。覚悟はしているわ。」

帝王陛下とはぐれた今、自分がこれ以上王宮の足手まといになる訳にはいかなかった。舌を噛もうとした瞬間、聞き覚えのある声が響いた。

「ダメよ!」

「テア…ちゃん?」

あたりを見回すが覆面以外の人物は見あたらない。覆面はため息をつくと、観念したようにマスクを脱いだ。

「バレたくなかったんだけどね…。」

やれやれ、という顔のテアに向かって、ルフレは抱きついた。

「バカ…。どうして…。」

拭っても拭っても涙が止まらず、テアの胸に顔を埋めた。


ようやく心が落ち着くと、テアに聞きたいことが山のように浮かんできた。

「ここはどこなの?」

「下水管の中よ。歩きながら話しましょ。」

ポチャン、ポチャンと雫の音が響く。

「昔はよく週刊誌に追いかけられてね。姿を眩ますために、使ったことがあるの。」

メルと一緒に歩いたことは今でも鮮明に覚えている。お忍び用の服に染み込んだ匂いは、洗濯しても落ちなかった。

「陛下はご無事なの?」

「うん、望宮様の所にいるはずよ。」

頷いてはみたが、脱出後すぐに銃撃音がしたことが気になっていた。銃撃戦のおかげで注意がそれ、統宮邸のマンホールから脱出できたものの、帝王のその後はテアも分からなかった。

「どうして一人で…」

「ここね。」

テアは上を見上げると、ゆっくりと梯子を登り始めた。

「メルとマスコミから逃げる時に良く使ったのよ。ここで転んだら大変。3日は匂いがとれないわ。」

下水管の蓋を開けると、王宮の裏庭に出た。親衛隊は帝王と皇后を奪還しに統宮邸に向かったらしく、周りには誰もいなかった。統宮邸の炎上で、西の空が赤く瞬いている。不気味に光る空を見て、悪い予感がテアの頭をよぎった。


真っ赤に燃える統宮邸を、テレビが映し出していた。数日前まで一大勢力を誇り、王宮を牛耳った統宮が一族もろとも滅ぼされる。南海事件に始まる一連の混乱は、頂点に達しようとしていた。

「ノノウ、この先中央はどうなると思う?」

アブエロは非常に不安な表情を浮かべていた。

「内閣が倒壊し、議会が解散、上級文官が悉く処刑・失脚した以上、望宮様が蒼侯となって号令をかけなければ事態はまとまらないと思います。しかし、望宮様は蒼侯選挙への出馬を否定されている。おそらく王宮との駆け引きがあるはずです。」

「鍵を握るのはテアだな…。」

メルは親友を案じた。望宮を出馬させるために、王宮や直宮派は色々な譲歩を迫られるだろう。帝王の名代で直宮派の事実上のトップであるテアの負担が、かなり大きなものとなるのは間違いなかった。なんとかテアを支えなければ…。考え込むメルを我に返らせたのは、ニュース速報の音だった。テレビが、衝撃のテロップを映し出す。

『帝王陛下、叛徒糾宮に殺害される』

3人の動きがピタリと止まった。先帝の急死により僅か11歳で帝王となった白帝は、混乱の中で非業の死を遂げたのである。しばらくの沈黙の後、ノノウがポツリと呟いた。

「次期帝王は、二宮様ですね。」

となれば、皇后はテアである。政局は思わぬ方向へと動き出していた。炎上する統宮邸をテレビが再び映し出す。メルはじっと炎を見つめた。


いつもの2倍以上の時間をかけてシャワーを浴びると、ようやく下水の臭いがとれた。自室で入念にドライヤーをかける。テアのサラッとした長髪(ロングヘア)スタイルは、一時期、蒼の国のブームとなったこともあったが、多忙を極める今は手入れが鬱陶しく感じる事が増えている。そろそろイメチェンの時期かもしれない…。現実逃避中のテアを引き戻したのは、部屋をノックする音だった。

「入っていいわよ。」

訪ねてきたのはスボンギだった。

「…皇后陛下は、如何お過ごしでしょうか。」

テアは目を瞑ってゆっくりと首を振った。

「自室に閉じこもられたままよ。夕食も召し上がっていないわ。」

ルフレは僅か11歳にして、皇后としての自覚を持っていた。帝王を守れなかった後悔に打ちひしがれている彼女を、テアも慰めることは出来なかった。

「誤算だったわ。望宮諜報部隊が陛下を守れないとは思わなかった…。」

蒼の国一の諜報部隊と言われる部隊だが、今回の件は大きくその名を傷つけた。皇后を直宮派の諜報に奪われた上、帝王を守りきれなかったのである。

「気を落としている場合ではありません。望宮様から、明日の夜親しく歓談したいとの申し出が来ています。」

ついにきたか。『歓談』というのは建前で、希宮派と直宮派の事実上のトップ会談である。髪を結う手に力が入った。

「華宮(イーレ)を使いによこすように伝えて。」

「ハッ。」

スボンギが急いで部屋を出て行く。

「こちらも、秘策を用意しないといけないわね…。」

テアは机の上に置いてあったスマホを手に取った。望宮の巨大な力を前にしてどのように立ち向かうのか。次期皇后としての手腕が問われようとしていた。

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