第27話 サドンデス...2
≪どう? どう? 盛り上がってこない? あのあとリョージくんが使った発火装置を回収したんだ。ガスもちょっとだけ残ってたし、容器に入れて持ってきたの。ここって倉庫だけあって段ボールやら木製のパレットが山積みになってたから、燃やして道すがら色んなとこに投げ込んでみたんだけど≫
倉庫内部で水が散布される音。スプリンクラーは動作しているが、建物の外壁にまで燃え移った炎までは消火がおっついていない。
『足を止めんな!』
ナビゲーターに尻を叩かれて、亮司は火の手から逃れるためにまだ燃えていない方へ向かう。そこへ、倉庫の屋上を走って一直線にショートカットしてきたニコルが上から弾を撃ちながら降ってきた。
行く先を塞がれた亮司は倉庫の壁の凹凸に手をかけて腕の力で無理やり方向転換を行った。積まれていた空の一斗缶と廃棄された材木を派手になぎ倒して物陰に転がり込む。
コン、コン、という壁を叩く音。それが何なのかについて亮司が考える前にナビゲーターが叫んだ。
『前に飛んで!』
無心でその指示に従う。頭から転がって一回転、二回転──背後の狭い路地で電子の爆発が起こった。インナーがびりびりと振動する。ライフの減少は軽微。
息をつく暇もない。亮司はミニマップを頼りにニコルの信号が出ている方へ銃を構え、ひたすら弾を撃ち続ける。燃え盛る倉庫から飛んできた火の粉でジャージが少し溶け、髪が焦げたが、そんなものを気にしていられる場合ではなかった。
『あの女、飛び降りながらグレネードを投げてましたよ。ちょうど、倉庫の壁の反射を使って貴方が逃げ込んだ先に落ちるように』
動きを読まれていたのか。それとも奴がそれを期待したのからそうなったのか。亮司は転がったときに口に入った砂利を吐き捨てて叫んだ。
「そっちも焼け死ぬぞ!」
≪大丈夫だって。リョージくんも燃えちゃうのだけはやめてね?≫
亮司は銃身を半分ほどジャージのズボンに突っ込んでその場で大きくジャンプした。倉庫の壁の出っ張りにつま先をひっかけて高さを稼ぎ、ルーフに手をかけて一息で屋根に上る。
高いところから辺りを見渡す。ニコルがやって来た方角の建物は半分以上が燃え始めている。あの中を突っ切るのは自殺行為でしかない。東ゲートまでの道のりは火の海で、南は本物の海。残りの選択肢は二つ。ニコルは立ちどまってこちらが行動するのを待っている。
グレネードに手を伸ばした亮司にナビゲーターが口を挟む。『いまマークした地点にぶつけてください。そっとですよ。お返しをしてやりましょう』
向かいの倉庫の壁にマーカーが表示される。亮司は肩と腕をほぐしてりきみを抜いて、息を止めた。
ボーリングの玉を転がすようなアンダースロー。壁に当たったグレネードがフォークリフトのルーフでバウンドして倉庫を下から狙うニコルの下へと転がる。
爆発と同時に亮司は北へ向けてスタートを切った。隣の建物まではおよそ5m──平地ならなんてことはない距離、そう自分に言い聞かせて屋根の上を全力疾走する。
道路を挟んだ向かいの倉庫へ飛ぶ。地上ではニコルがぴったり横につけて並走していた。射線が通らないためお互いに撃つことができないが、このままいけば貨物の集積エリアの終端でまた対峙することになる。
そうこうしているうちにまた倉庫の切れ目がやってくる。2回目の幅跳び──その着地で、長年放置されていた折半屋根が亮司の重量を支え切れずにぐしゃりとへこんだ。バランスを崩して屋根の上を転がる。板金を固定するためのビスがジャージ越しに肉に食い込んで冷たい感触が腕に残った。
「いってえ」
『ぼやけるなら全然大丈夫ってことですね?』
「ああ、そうだよ」
腕の出血から目をそらしてスキルを切り替える。【ダミー】を発動。【3分間のあいだ半径100m内に使用プレイヤーと同じ信号を発するビーコンをランダムに生成する】。マップに自分と同じ色の信号が無数に現れる。
『目くらまし、ってわけじゃないですよね?』
「ああ」
各信号は止まったり動いたりとそれぞれ個別の動きをとっているが、もとの位置があらかじめ割れているのなら、どれが本物かなど一目瞭然だ。もとよりそれを期待して使ったわけではない。
遠くから発砲音が聞こえる。亮司が出したビーコンがひとつ、またひとつと破壊され、ミニマップの表示から消えていく。
≪あっ、そーいうこと?≫亮司の意図に気付いたニコルが言った。
クローニンが言っていた乱入者がこちらに向けて段々と近づいてきている。彼らの目的は恐らく、自分たちが取得する賞金の水増しだ。殺せそうなプレイヤーを殺して最終的な取り分を増やす。そのためにニコルの告知を見てわざわざここにやってきた。
亮司は【ダミー】という分かりやすい目印を出してその連中を自分たちの方へと引き寄せていた。この期に及んで僅かなリターンのためにリスクを取りにくる度し難い連中。利用するのに良心の呵責を覚える必要すらない。
状況をかき乱す。1対1でニコルに付け入る隙がないのであれば、余計な情報を増やして奴の集中力を分散させる。
ニコルの反応を見るに遠ざかる気配はない。ここで自分を見失ってしまえばダミーと区別がつかなくなるからだ。
『上! 上向いてください!』
ナビゲーターの慌てた声につられて顔を上げる。夜空に星でも月でもない明るく光るなにかが浮いていた。
何だと思っているうちに光が段々と大きくなる。それが降ってきているのだと気付いて亮司は慌てて屋根の上から飛び降りた。遅れて着弾した光の塊が屋根の上で破裂する。
ニコルのスキルか。それとも乱入者のスキルか。
『規模からみて連発できそうな感じではないですが』
「どっちにしろ屋外じゃまぐれを起こせそうにない。なにか、よさそうな場所はないか?」
『大雑把な注文を……ここなんてどうです?』
ナビゲーターにルートが提示される。亮司は乱入者たちに向けてひた走り、その途中にある倉庫に入った。
倉庫の内部には4段か5段はある巨大な金属製のラックが所狭しと並べられている。ラックの棚板の上にはパレットが並べられ、その上には段ボールの箱がいくつも無造作に放置されていた。
亮司を追ってニコルも同じ倉庫へ。ラックのフレームと梱包済みの貨物の隙間からお互いに撃ち合う。
『3人組がやってきます』
ミニマップに表示された新しい3つの赤点は二手に分かれていた。倉庫の窓に一人、残りの二人は正面の扉の方へ。
倉庫内へグレネードが投げ込まれる。その爆発を皮切りに入り口から浴びせられる銃撃。亮司は逃げながらリュックの中をまさぐる。
ニコルが倉庫の奥の方へと向かっていた。先に邪魔者を処理するつもりでいる──亮司は襲撃者に背後から狙われながらもそれを追った。他の連中はどうでもいい。どうとでもなる。この女だけは何をおいてもここで殺さなければならない。
ニコルが走りながらオーバーハンドでグレネードを投げた。亮司はそれを横から狙い撃つが、倉庫内に遺棄されているフォークリフトに邪魔をされて弾が届かない。
グレネードは山なりの軌道を描いて倉庫の窓へ。まるであらかじめそうなることが決められていたように、グレネードがぶつかる直前に窓が開いた。そこから狙撃するべく顔を出したプレイヤーの眼前で光がはじける。
即死──ライフは一瞬で緑から赤へ。
仲間があっさり殺されて動揺が走った乱入者たちに向けてニコルが踵を返す。ラックの空いている部分を横切って巧みに射線を切りながら一気に近づく。
グラウンドゼロ。亮司もそこへ向かった。スキルを【フラッシュバン】に付け替える。
最後の1個になったグレネードを投げる。それは通常の爆発ではなく、殺傷能力のない閃光とヘッドセットが機能不全に陥る高音のノイズを発生させる。
突然ホワイトアウトした視界と耳鳴りのせいで乱入者がうずくまる。亮司は【フラッシュバン】を投げた直後にゴーグルを外しているため、スキルの影響を受けていない。今まで散々電子情報に翻弄されて身についた教訓。
それはニコルも同様で、初めて食らうスキルだというのに、既に自分のゴーグルに手をかけているところだった。
それでも一瞬だけ先んじた。亮司はラックの中でひときわ貨物がうずたかく積み上げられたものに目をつけ、そのフレームを思い切り蹴った。
ラックがゆっくりと崩れ落ちる。倒れたラックがその隣のラックを倒し、さらにその隣へとドミノ倒しが始まる。
ゴーグルを外したニコルの目の前にラックが迫る。普通ならこれで死ぬような──足がすくんでも仕方ないような状況で、ニコルは無表情のまま即座にラックに向けて突っ込んだ。降ってくるパレットと中身の詰まった段ボール箱の間を縫って倒れてくるラックのフレームを駆け上がる。
目を疑うような光景──それでも、亮司はそうなるだろうと思っていた。鬼門というのはこういう相手のことを言うのだろうと薄々感じていた。この女は自分にとってろくでもない結果を引き連れてくる。だからこれくらいはやってのけると半ば確信していた。
巨大な質量の倒壊で倉庫全体が揺れる中、亮司は自分で蹴り倒したラックの残骸の上を走っていた。崩れた荷物の山から這い出てきたニコルを見つけ、その頭に銃を突き付けて言った。
「恨みっこなしだ」
トリガーを引く。弾を撃ち尽くす。ニコルのライフが緑から赤へ。華奢な体がAEDでも食らったように大きく跳ねる。
静まり返る倉庫。貨物に押しつぶされたほかの連中が顔を出す気配は無い。これの下敷きになってまだ生きていられるとは思えない。
ようやく──終わった。背負っていた馬鹿でかい荷物をようやくおろした気分だった。塵と埃が充満するなか、膝から力が抜けた亮司はその場に尻もちをつく。外ではまだ火が猛威を振るっているため一刻も早くここから離れるべきだったが、今は少し休息が欲しかった。
胎児のように丸くなったニコルの死体。散らばった緑の髪がフラクタル模様を形成している。まるでよくできた昆虫の標本のようだ。
まだ血の気のある死に顔は穏やかなものだった。感慨は、無い。罪悪感も無い。達成感も無い。ただ、死体をここに置いていくべきかどうかについて考えていた。このまま放置すれば火事に飲まれて黒焦げになるだろう。同情するつもりはないが、忍びない、そう思わなくもない。
そうやってぼんやりと眺めているうちに、ニコルのライフのゲージがみるみるうちに伸びていく。死亡を表す赤から、生存を示す緑へ。
「あっ?」
困惑で間抜けな声を上げる亮司をよそに、ニコルがセーラー服をひるがえしながら跳ね起きて銃を撃った。
亮司は足をもつれさせて貨物の山から転げ落ちながら、それでもとっさに銃で応戦した。お互いに弾を何発か食らいながら距離を取り合う。
『どうして彼女は今までスキルを使わなかったのかと思ってたんですが』通信機の向こうでナビゲーターがお手上げと言わんばかりに盛大なため息をついた。『使わなかったんじゃなくて使えなかったってことですか。確かに、ゲームならこういうのもよくあるってやつですね』
「おい、ふざけんなよ! なんだそりゃ!」
倒壊したラックの裏に隠れたニコルが口をとがらせる。「いやいや、リョージくんのスキルの方がふざけてるでしょ。私の【リザレクション】は一回きりだし。っていうわけで仕切り直しってことでよろしく」
リュックの中にある回収してきたインナーは残り1枚か2枚──めまいがする。それでも亮司は精一杯の気を吐いた。「上等だ、何回でも──」
≪交戦時間が終了いたしました。現時点で生き残っているプレイヤーはただちにエリア〝I-9〟までお越しください。繰り返します。交戦時間が終了いたしました。現時点で──≫
慌てて時間を確認する。PM08:00:01、02、03──タイムアップ。
「あー、時間かけすぎたかー。やっぱりうたた寝したのがまずかったなー」
亮司はニコルに銃を向けてトリガーを引いた。弾は──出ない。思いもよらぬ幕切れ。軽い足取りで倒壊したラックの上を歩きながらニコルが肩越しに振り返った。
「どうしたの? 早く行こうよ。ここにいたら焼け死んじゃうよ?」
亮司は手に持った銃を近くにあったフォークリフトに思い切り叩きつけた。おもちゃの銃は半ばからへし折れ、壁に跳ね返って亮司の頭に当たった。
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