第18話 2日目...7

「ヘマをしたな」


 わき腹を小突くとミックが苛立たしげにヘアバンドを投げ捨てた。


「うるせーよ。まだ耳鳴りがしやがる……ぜってー逃がさねえあいつら」

 リカルドは笑った。「どうするんだ?」

「いま手配した」


 ミックのSNSの発言が送られてくる。4人の情報への賞金。


「このID、暗記したのか?」

「まさか。ナビゲーターから録画してた映像を回してもらったんだよ」

「へえ、そんなこともできるんだな。だがまあ、あんまり無駄遣いするなよ。減ってるライフの分も使わなきゃならないんだからな」

「大丈夫さ、残高を見てみろよ」


 リカルドは驚いた。残り1000万ユーロほどだった自分の口座に、さらにその倍額が振り込まれていた。


 ドネートのシステムは知っているが、なにか腑に落ちないものを感じてリカルドは前髪の先を神経質な手つきでいじった。「どこの物好きだ?」

「さあ? 俺たちが歓迎されてるってことだろ? 倒せないボスキャラ。プレイヤーに恐怖を与えてゲームに緊張感をもたらしてくれるってわけだ」


 歓迎されている──本当にそうだろうか? 自分たちのやっていることはルール上でこそ許されているとはいえ、横紙破りに近いものであるように思える。金にあかせてゲームを荒らしているに等しいし、参加にしてもほとんど無理やりに近い形だった。


 案外とそうでもないのだろうか。毎回、自分たちのようなプレイヤーは少なからず参加しているということだろうか。


「なあ、こいつを見てくれ」


 埒があかないとリカルドは考えるのをやめてミックが送ってきたものを眺めた。先ほどのIDから引っ張ってきた4人の情報。


「だから無駄遣いを──」

「いいから読んでみてくれって。一人は……まあ、どんづまった一般人って感じだが、残りはすごいぞ。シリアルキラー、マフィア崩れ、テロリストだぜ? 笑える組み合わせじゃないか?」

 リカルドは懸念を頭の中に押し込んで笑みをつくった。「確かに。こんな連中どうやって集めてきたんだ? 俺たちみたいにどこかでこのゲームのことを知って、自主的に参加したのか?」


 小耳に挟んだ程度なんで本当かどうかは分からないが、と前置きしてミックが言った。


「ゲームの出資者がそれぞれ自分の裁量で引っ張ってくるらしい。まあ、こんな危険な遊びが露見しても困るし、自分まで辿られる一番の切っ掛けになりそうなところは他人任せにはしないよな。弱みを握るか金で釣るか……そんなところじゃないか? それにしてもこの子、見た目だけなら可愛いくないか?」


 ニコル・ユアンのプロフィールを見る。手足が長くしなやかな体つき。好みの別れるだろう奇抜な髪の色は置いておくとして、その興味で見開かれた瞳が印象的だ。単なる映像だというのに何もかもを見透かされそうな気分になる。


「自分の目玉をプレゼントしたくなってくる?」リカルドは笑った。

「ほんとに惜しい。これで頭がおかしくなけりゃ最高だったんだが。ただまあ、殺すのに気がねしなくていいのは助かるな。言ったとおりだったろ? こんなものに好き好んで参加するやつはろくでなしだって」

「そうだな。なあ、このマエシマってやつ、俺が殺してもいいか?」

「あー、そいつか……」ミックが顔をしかめて自分の耳をさすった。「きみ直々の指名なら譲るのもやぶさかじゃないが、何か気に障ったのか?」

「面構えがね。どうも卑屈で生理的に受け付けない」


 本当の理由は違う。参加目的が気に食わない。父親の借金のため? 随分とご立派なことだ。どういうわけか苛立ちが募る。


「なあ」

「うん?」リカルドは眺めていたコンソールから視線をミックに戻して曖昧な笑顔を作った。「どうした?」

「参加してよかったろ?」

「ああ」




 ******




「なるほどね。これが彼なりの親心の表し方というわけだ」ゼーラ・ユルマズが鼻を鳴らした。

「どういうことです?」

「これだ」


 下着姿の上にブラウスを羽織っただけの格好で自室の鏡台の前に座ったゼーラが、眉と睫毛を整える手を止めて手元のラップトップPCの画面をボディーガードの方へ向けた。


「見ろ、リカルド・ダンヌンツィオとそのチームメンバーに2000万ユーロずつ振り込まれている」


 そうしたのはもちろんリオネッロ・ダンヌンツィオだ。管理者の権限を持つゼーラにはそれが見えているが、当の息子は父親からの支援などとは露ほども考えていないに違いない。


 クラークが口元を歪めて笑った。「なるほど、確かにルールに則っていますな」


 お行儀のいい観戦者たちは、こういった著しくゲームバランスを崩す行為を好まない──なにせ賞金額を大きく超えた支援だ。しかも相手は自分の息子とその友人、縁故が理由なのは誰の目にも明らかだった。


「彼の発言力、それから対象が血縁だというのも差っ引いてギリギリ苦情が直接届かないラインだな。もちろん、それを分かったうえでのことだろう。まったく狡いことだ」

「その辺りはさすがですな」クラークは訳知り顔で頷いた。「それで、どうされるのです?」

「どうって?」

「貴女のお気に入りの彼らが目を付けられたようですが」

「ああ、それか。追加の金は入れないよ。システム管理者として手助けなどもってのほかだ」


 ゼーラはつまらなそうに言って化粧落としに戻った。


「理由をお聞きしても」

「聞きたいのか?」


 ゼーラが鏡越しに厭らしい笑みを自分の灰色の髪のボディーガードに送った。ジェフリー・クラークは長い年月で分厚くなった面の皮で受け流す。


「ええ。是非とも」

「つまらんおっさんだ」

「ロートルに初心な反応を期待されても」

「ふん、まあいい。支援をしない理由だが、ここで私が張り合ってリョージくんに肩入れしても勝って当たり前だろう? そんなのつまらんじゃないか。分かりきってることには何の面白みもない」

「私は占い師ではありませんが、女難の相が見えるようですよ。ミスター・マエシマには同情します」

「色男になる素質があるということだな。それに私が支援しなくとも、何人かが彼らに目を付けたようだ」


 リョージ・マエシマとそのチームメンバーの口座にちらほらと金を入れる人物が現れる。リオネッロの横暴に対する静かな反抗心というところだろう。ゼーラは画面の向こうの少年に呼び掛けた。


「状況としてはまったく悪いというわけじゃないぞ、リョージくん。是非とも自力でこの難局を乗り切って私をあっと言わせてほしいね」

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