第12話 2日目...1
目覚めはベッドに衝撃を受けてのことだった。
亮司はびくりとして跳ね起きる。いま寝ているベッドの足側のフレームが、半開きになったドアにガンガン叩かれている。
「リョージくん、起きてる? 8時だよ」
ドアの隙間からニコルの声。血の気が引く。
昨晩、寝る直前に部屋のドアが電子ロック式になっており、手動ではどうやっても鍵がかからないことに気付くことができて本当に助かった。ベッドを移動させてバリケードにしたのが就寝直前。おかげで寝ている間にサイコパスが部屋へ侵入するという最悪の事態を防ぐことができた。
亮司は急いでゴーグルと銃に手にとってジャージを羽織る。迎え撃つ準備が完了し、ゆっくりと片手でベッドを引いた。
ドアを開けたニコルは亮司の格好を見て呆れた声で言った。「なんで臨戦態勢? まだ開始まで2時間あるよ? この時間だとまだその銃から弾は出ないでしょ?」
「知ってる。鈍器の代わりくらいにはなるかと思っただけだ」
「寝込みを襲ったりなんかしないって」ニコルが両手を広げて何も持っていないことをアピールする。「大体、インターバル中に他プレイヤーに危害を加えたら退場なんだからやらないよ。もしかして知らなかった?」
「道理の通じる相手ならその言葉が信用できるんだがな」
それについては初耳だったが亮司は知っているふうを装った。ニコルは腰に両手をやって心外であることを表現する。
「私、これまで人生で嘘ついたことなんて数えるほどしかないよ。趣味がちょっと変わってるからイコール嘘つきっていうのはそれこそ道理に合わないとは思わない?」
「確かにな」亮司は頭を下げた。「俺の今の発言は先入観から来る不適切なものだったかもしれない。そこは謝る。それはそれとして、あんたが信用できないってのは嘘偽りのない俺の本音だ」
「えーそうなの? まあいいか。じゃあこれからリョージくんの信頼度のパラメータをじっくり上げちゃおうかなー?」
「それが上がるかどうかを決めるのは俺だ」
一階に降りる。ナビゲーターの言葉通り死体はどこにもなかった。それどころかニコルが撒き散らしたフロアの血もきれいさっぱり掃除されている。二人は従業員用のキッチンから食器を持ってきて昨日殺し合いをしたセンターテーブルの上に並べ、かき集めたスナックやシリアルをざらざらと盛った。
「リョージくん何かいい作戦ある?」ニコルが言った。
「そっちこそないのか? 一応、リーダーはあんただろ」
「あんまり考えてない」
3本しかないシリアルバーのうち2本をニコルが掴む。亮司はチョコバーの乗った皿を自分の方に引き寄せた。
『この期に及んで無策とかマジで呆れるほどの大物ぶりですね』ナビゲーターの今日の最初の発言は昨日と同じく皮肉の混じったものだった。
「だから考えてるだろうが。そっちもいま起きたのか」
『ミスターがビビってベッドから飛び上がったときにはもう起きてましたよ。準備完了してナビの席についたのは今しがたですけどね』
「いまナビゲーターと話してるんだよね? リョージくんのナビゲーターってどんな人?」
ニコルがテーブルに両手をついて身を乗り出す。近づかれた分、亮司はのけ反った。
「なにかと小うるさい奴だ。そっちは?」
「静かな感じの人。あんまり話してくれないんだよねー、必要最低限のことしか口にしないっていうか」
「嫌われてるんだろ。あんたは自分が他人からどう見えるかよく考えた方がいい」
しかし、このゲームで勝つにはどうすればいいのか。3人殺す。生き延びる。これを達成するために必要なものは?
恐らく、人数だ。結局のところこのゲームはベースが銃での撃ち合いで、そうなると戦力をそろえた方が俄然有利に決まっている。
ただし、多ければそれなりの問題も出てくる。真っ先に思いつくのはメンバーが順当に撃破数を稼げなかった、あるいは偏ってしまった場合。
亮司はヘッドセットのマイクを口元に寄せた。「なあ、チーム内での撃破数の融通って出来るのか?」
『可能、との記載はルールにはありませんね』
亮司はコンソールからチームメニューを確認。それらしき項目は無い。ニコルの方に目をやる。こちらからでは見えない何かを操作したあとに首を横に振った。つまり、よほどうまく事が運ぶか運に恵まれなければ、大勢でつるんでもそのうち不和が生じるということだ。相手も生きている人間、しかも死に物狂いだ。誰がどのタイミングで敵を倒すかを完璧にコントロールできるとは考えられない。
だからと言って少人数が有利とも思えない。本当に最悪のケースだが、自分たちだけが撃破カウント未達で、他のプレイヤー全員が条件を満たしていた場合──よってたかって圧殺される。全員が3カウントを稼げばゲーム終了ということは、裏を返せばカウントが足りない人間を殺せばそれで終わる。
「不可能とは書かれていないってことは、スキルで出来るのかもね」ニコルが言った。
「ありえる」
もしそんなものが存在するのなら相当な求心力になる。行く末を保証し、安心を与えればチームの結束力が増す。
「まあ無いものねだりをしたところで仕方ない。他になにかキーになりそうなものは──」
「これ」
ニコルが下を指さす。ほとんど空になった朝食の皿。
「ああ……」亮司は皿の残りかすを摘まんで口に入れた。「そりゃ、そうだよな」
「私がここに来たのもそれが目的だしね」
ゲームどうこうの前に水と食事が無ければ人間は生きていけない。亮司が飲み終わった水のペットボトルをふらふらさせてゴミ箱を探したが、何もこんな何処とも知れぬところで律儀にマナーを守る必要もないと思い直し、キャップをはめ直してテーブルの上に置いた。ニコルがそれを横からかすめ取ってつま先でリフティングする。
亮司から質問が飛ぶ前にナビゲーターが答える。『食料は各チームの開始拠点のほか、各地点にランダムで設置されます。で、誰も手を触れなかったものは交戦可能な時間が終わると回収され、深夜にまた別の場所に設置されます。インターバル中での回収はできないっていわけですね。ちなみに、これを手に入れる以外に食事にありつく方法はありません。いくら〝スキル〟でも空腹を満たすことはできないでしょうからね』
水なら水道のものがあるが、もしあたりでもしたらゲームで生き残ることはほぼ不可能になる。亮司はスポーツをやっていた経験から、人間の肉体と精神がどれほど痛みに弱いか知っていた。
朝日が出てもうだいぶ経つ。そろそろ気温も上がってきた。今日も日中は熱くなりそうだった。「まずは安全な水を確保するか……つっても、闇雲に探すのもな」
「それならもうすぐ分かるよ」
ニコルが得意げに笑った。つくづく、邪気が感じられない。天真爛漫とさえ言っていい。だが、間違いなくこの女は自分の目の前で死体を嬲って目玉を抉り出した人間と同一人物だ。
「どうして?」亮司は訊いた。
「情報買ったの。開始時間になったら送られてくるんだってさ。昨日、口座を見たら10万$振り込まれててさー。もしかしてファンが出来ちゃったかも? やっぱこのセーラー服が刺さったのかな? リョージくんの方は?」
「うるせえな、0だよ。まあ俺が観戦者でも俺みたいなやつに金をやろうなんて──」
ニコルがじっとこちらを見ている──亮司は思わず言葉に詰まった。その視線があまりにもまっすぐであったため、思わず顔を背ける。ニコルが口元に三日月をつくった。
「それじゃあ出発の準備しよっか。今日こそ誰か殺したいね」
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