第6話 1日目...6

『スキルというはこのゲームに付け足された外連味であり、もっと好ましい表現をするならジョーカーです。Tipsによれば実銃の撃ち合いでは到底起こりえないようなことが実現できるらしく、そんなわけで、中には受けたダメージを回復するなんてものもあるんじゃないかなーと思った次第でして。ゲームだったら定番じゃないですか? 回復魔法』


 先ほどのナビゲーターの発言の中にあった爪の意味するところがようやく理解できる。


「なんか、あんたも詳しくは知らないって口ぶりに聞こえるんだが」

『実はそうなんです。我々ナビゲーターの所持している情報っていうのはあくまでプレイヤーが知り得るものとほぼ同等であって、このゲームの核心部分について把握しているわけではないんですよ。せいぜいルールを事前に読み込んでいる程度で、担当するプレイヤー以外にどんな参加者がいて、どのような身の上で、どういったスキルを所持しているかなどこれっぽっちも知らされておりません』

 亮司はふと思い付いたことを口にしてみた。「フェアな勝負をさせるため?」

『お、妙に鋭い。実は過去に不正へ関与したナビゲーターがいたそうで、俗にいう必勝法というやつをプレイヤー側に漏らした方がいらっしゃったようですね。初めから知らなければ、そういう心配もないってわけでして』


 嫌な方向に妄想が膨らむ──的外れではない自信がある。その公平さとやらは恐らくプレイヤーに向けてのものではない。


「こういうことを言いたくはないんだが、あんたが情報を出し渋ってないって保証は?」

『それをしてこちらにどういうメリットが?』

「俺が右往左往するのを見て楽しめる」

『うーん、そこまで悪趣味ではないつもりなんですが』

「さんざん人のことをおちょくっておいてよくその台詞が出てくるな?」

『じゃあ、そうですね、ひとついいことをお教えしましょう。各ナビゲーターには担当するプレイヤーがゲーム終了時まで生き残っていた場合のインセンティブが用意されているんです』

「インセンティブ?」


 聞いたこともない単語に亮司はオウム返しをした。


『報酬が貰えるってことです。そちらの手にする金額の10%程度でしかありませんが、それでも相当な大金だとは思いませんか? 我々も遊びではないというわけです。信じる気になりましたか? 貯金残高38万円のミスター・マエシマ』


 亮司は握り固めた拳を壁に打ちつけようとして、寸前で思いとどまる。


「学生にしちゃ貯めてる方だろうが。だいたい、親父の入院費で──」

『ですから事情は存じてますって。まー、世間話はこれくらいにしておいて、とりあえずはご自身のスキルでも確認してはどうです?』


 亮司は緊張で凝り固まった自分の首をひと揉みして、階下への警戒を怠ることなくメニューから自分のステータスを選択し──表示されたスキルの詳細に顔を強張らせた。


【スカベンジャー:死亡したプレイヤーのインナーに直接触れることで所持していたスキルを奪うことができる】

【奪われたプレイヤーのスキルは消失する】

【奪ったスキルを使用できるのは取得して24時間】

【回数に制限があるスキルの場合はその残数も元のスキルに準拠する】

【1度に1つまでしかスキルを持つことはできない】

【すでに奪ったスキルを所持している状態でさらに強奪した場合、それまで使っていたスキルが上書きされ消失する】


 亮司の示したリアクションとは正反対にナビゲーターは喉を鳴らす。『どうです? それが、ここに留まることをお勧めした理由のひとつです。これ、中々いいのを引いたんじゃないですか? まー、他のスキルを知らないので適当に言ってますけども。準備や使用に際して癖はありますが、いまは偶然にもおあつらえ向きの状況ときてます』


 ナビゲーターの言いたいことはこうだ。下に行けばチームメイトの死体からよりどりみどり。


「なるほど、確かにな」

『いやー、いきなり瀕死になったときにはどうしたものかと思ってたんですが、完全にツキに見放されたって感じでもなさそうじゃないですか? あっさり死んじゃった頼りないチームメイトたちでしたが、その不甲斐なさは彼らの死体でもって埋め合わせをしてもらうことにしましょう』

「そうだな」

『あっはっは』

「あんたは、本当に人の神経を逆なでするのが上手いな」

『じゃ、やめときます?』


 亮司は歯を食いしばって指が震えるほど自分の頭に強く爪を立てた。


「行くのはもう少し待ってからだ。まずは外へ出て行った連中に今の状況を伝えないと」


 チームには通信機能があるということを今しがた思い出した。クラッチ、グレース、バリーの三人に危険を知らせる必要がある。


 宙に表示されたコンソールを操作する亮司の指が不意に止まる。メニューを選択中に、とある異変に気付いたせいだ。


「おい、俺の所属が変わってるぞ、なんかの不具合か?」


 チームナンバー〝00014〟が表示されているべき欄には、新たに〝00083〟と記載されている。


『あー、それですか。リーダーがリタイアした時点でチームは一旦解散されるんですよ。その後は自動的に各人だけが所属するチームに編入されます。ミスター・フェルナンデスが亡くなられた時点で既に貴方の所属は切り替わっていました』

「……ってことは、元チームメイトに連絡はとれない?」

『個人間での通話は可能ですが、相手のIDを直接指定する必要がありますね。チームを組んでいればメンバーの情報から参照できるのですが──偵察に出られたお三方の個人IDを覚えていらっしゃいます?』

「分かってて聞くなよ、くそ」

『一応は不特定多数に向けての発信も可能ですが、正直いまそれを行うのはお勧めできませんね。その手段っていうのがよりによってSNSのようなもの──というより、そのものなんですよ。それによる発言には匿名でないユニークなIDを伴うわけで。加えて言うなら、メッセージを発信したところで元チームメイトたちがそれに気付くとも限りませんよ。当然っちゃ当然ですけど』


 メニューから件のSNSはあっさり見つかった。もうすでにいくつもの発言がなされている。誰々を何人殺したというトロフィーのひけらかし。内通の誘い。賞金の使い道といったどうでもいい世間話。ふざけた無意味な文字の羅列。亮司はフキダシをかたどったアイコンに触れて発言の入力ウィンドウを呼び出した。


 亮司がコメントを書き込もうとする前にナビゲーターが口をはさむ。『あのー、私の話、聞いてました?』

「ああ」

『わざわざ知らせる必要ありますかね? 彼らの方でも薄々感づいてると思いますよ。なにせ所属からはじき出されてチーム機能が使えなくなっているわけですからね』

「そうかもな。それで、怪訝に思って様子を見に戻るかもしれない」


 ナビゲーターが畏まった咳ばらいをした。


『えー、先ほども言いましたがミスターに死なれると私も困るので、お分かりになっていないはずがないとは思うのですが、念のために、僭越ながら忠告をさせていただきます。このゲームは単にプレイヤー同士が撃ち合うってだけじゃなく、実のところ椅子取りに近いものじゃないかと私は思っています。他のプレイヤーを騙して、信頼して、裏をかいて、時には協力して、僅かな生き残りの枠に収まりましょう、ってな具合です』


 ナビゲーターの言わんとすることは亮司も理解している。自由にすぎるチームの編成、脱退、最終的に9割のプレイヤーが死ななければならないという終了条件、ここに加えてコミュニケーションツールが用意されているというのは──どう考えても混乱、波乱の予感しかしない。


『交渉するにしても戦うにしても、今後は情報が大きな意味を持つことになります。さて、ここで貴方がそのSNSで現在の窮状について書き込みをおこなったとしたらどうなるでしょう。すぐさまそのコメントから発言した人物が特定されることはないかもしれませんが、時間をおけばそれもどうなるか分かりません。いま貴方の立場はいま非っ常ーーーーに弱いものとなっています。これが何を意味するか? 足元を見られるってことです。いま言ったようなペナルティを負ってまで、たかだが会って10分程度のろくに会話も交わしていない相手に誠意を尽くす必要があるのか、このゲームにミスターがいったい何を賭けているのかも含めて、もう一度よーくお考えいただきたいところですね』

「分かってる。これはあくまで自分のためで、別に善意から助け舟を出そうってつもりじゃない」

『一応聞いておきますが、どういう理屈でいま取ろうとしている行動が貴方の利益になるんです?』

「果たすべき義理ってのがあるだろ」


 ナビゲーターは通信機の向こうでドリンクを飲んでいる。空になった容器の底の液体をストローで吸い上げる音。


『あー、もう一回お願いします。ネイティブでない私には日本語の冗談はちょっと難しいみたいっすね』

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